『龍馬暗殺の黒幕は歴史から消されていた』が「夕刊フジ」(12.2.17付)にて紹介されました。

2012 年 2 月 17 日 金曜日

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闇に葬られていた日記が語る衝撃的新事実!!
暴かれた黒幕と新撰組の近藤勇らが複雑に絡み合った背後関係。巧みに仕組まれた暗殺の実行過程が詳らかに…。
「本書は、龍馬らの暗殺事件関係の資料類の再検証を行ったものである。そして、特にその中の『寺村左膳道成日記』の読み直しを通して、そこに眠っていた、これまで語られることのなかった新事実を見つけ出し、近江屋事件の真実や真相、真の黒幕を解き明かし、事件の歴史的な評価をしたものである。寺村左膳とは土佐藩の山内容堂の側用人で大政奉還の建白書の草稿を執筆した人物である。(「まえがき」より)

「本書では、事件当時や明治、大正時代に改ざん・隠ぺいされ闇に葬り去られていた重要な史実から、幕末京都の50日を中心に、今までの歴史の通説の問題点を解き明かし事件を再検証している。また幕末から明治にかけて藩という組織や藩士達が、どのような動きをしたのか、どのような人間模様を演じたのか、そのドラマを土佐藩における幕末の暗黒史を軸に論じている。」(「夕刊フジ」12.2.17付より)

『人物コリア史1』が「世界日報」(12.2.12付)にて大きく書評されました。

2012 年 2 月 14 日 火曜日

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人物評伝で辿る韓国・朝鮮の歴史! 全3巻刊行開始! 韓流歴史ドラマをより楽しく見るためにも必読の書!
● 無味乾燥な教科書に登場する人物の生涯と業績、評価を分かり易く記述。
関連する重要事項にはミニ解説を付け、韓国史に血を通わせた“副読本”
● 人物・地名等に韓国語読みのルビを付けて、これまでの漢字の日本語読みと併用を図った。
● 各人物の年譜、王朝系図、歴史年表を付けただけでなく、ドラマ化された
人物にはドラマのデータとドラマのなかでの位置を解説―
より身近に隣国の歴史理解に役立つ編集にした。

「ドラマに登場する人物については、生涯と業績、評価、歴史に関する注釈、年譜などを一通り説明するだけでなく、韓国大衆芸能ライターの網谷雅幸氏が、ドラマの概略やその中で該当人物がどのように描かれているかをコラム『ドラマに描かれた人物』を通じて写真付で紹介する。」(「世界日報」12.2.12付より)

『かんちがい音楽評論 JAZZ篇 』が「日経新聞」(12.2.8【夕刊】)の「目利きが選れぶ今週の3冊」にて取り上げられました。

2012 年 2 月 9 日 木曜日

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猛烈な批判を招いた問題提起の書『ジャズ構造改革』(後藤雅洋・村井康司・中山康樹)の刊行からはや5年。あのとき、すでに著者は音楽業界の「終わりの始 まり」を予言していた。ネット上での音楽の消費、CDショップの閉店、大手版元が刊行する雑誌・書籍の売り上げの低迷、便利さを追い求めた結果、作り手・ 受け手の「力」を衰退させること等。音楽に関連する人々の「眼・耳(力)」が衰退の一途を辿っている。ウケる音楽は? ウケるのは何故? 消費者(受け 手)の「眼力・聴力」の低下を促し、大衆をミスリードする「批評家」「音楽家」「メディア」を徹底批判する。腹を括った完全書き下ろし。

「音楽評論の言葉は、どんな思想で世にうかびあがっているのか。そのからくりを、斯界の第一人者がかいま見せてくれる。ジャズのデカタンスを、べつの角度から知る。」(「日本経済新聞」2.8付夕刊より)

『立川談志の正体』が「週刊読書人」(12.3.23号)にて著者とともに大きく紹介、「東京かわら版」(12.4月号)、「毎日jp 【毎日の本棚 読書日和】」にて紹介、「毎日新聞」(12.2.16付)にて著者とともに大きく紹介、「Quick Japan」(Vol.100)にて書評、「産経新聞」(12.2.4付)にて紹介されました。

2012 年 2 月 6 日 月曜日

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(※内容等の詳細は本の画像をクリックしてください)

談志が死んだ!
落語への想い。師への入門。師のスゴイところ、セコイところ。師の取り巻き連中。師とお金等、「落語家・立川談志」の核心をブラックが切っ先スルドク突く。
立川談志、2011年11月21日死去。版元各社は早速追悼本の準備を始めたという。漏れ聞くところでは、最大手K社は立川流の弟子で小説も書ける落語家Dが書くらしい。間違いなく大半は礼讃本になるだろう。しかし、それでは落語家にとってシャレにならない。様々な事情で立川流を「除籍」となり、その後はフリーで落語家を続ける快楽亭ブラック。本書では、師弟のあいだであったことのほとんどを開陳し、さらに「談志論」にまで至る。

「唐沢 こんな悪が言いたいほど好きなんだっていう感覚なのかなあ。『好きだ』っていうのを、そのまま言葉にしたら陳腐だしね。 快楽亭 『東京景色』の時でしたっけ、主人公の有馬稲子が死んだあと、山田五十鈴が十キロぐらい痩せてきて、悲しい芝居をしてたら、小津安二郎が『山田さん、そんな芝居やめてください。いいですか。人間っていうのは、悲しい時は笑うんです。嬉しい時は泣くんです』と言ったらしいじゃないですか。やっぱり小津安二郎はものがわかってる。 唐沢 それが本当のところなんだ。談志が死んで、『悲しい』とか『涙が出た』とか『泣いた』とか言ってる人たちがいるでしょ。『毎晩家元の落語をテープで聞き直しています』とかブログに書いたり、そういうのを見ていると、これは違うんじゃないかなあと思うね。」(「週刊読書人」12.3.23号より)

「不肖(?)の元弟子が書いた師匠への愛も憎しみも隠さず綴っている私家版立川談志論。」(「東京かわら版」12.4月号より)

「愛情表現の方法は人それぞれ。こと落語家ともなると素直なハズがない。昨年11月に亡くなった立川談志に入門、破門(退会)を繰り返し、身近に触れた“弟子”として、芸や実像を時に鋭くシャレのめして論じる。これもまた愛である。」(「毎日jp」(毎日新聞)12.2.28付より)

「『談志の美談ばかりが語られてる。だから、あたしが本当の談志の姿を暴露したんだ』とブラックは言う。こんな一文が同書にある。『立川談志の正体は?と問われたら、誰よりも落語を愛し、誰よりも落語に誇りを持ち、その道を極めようとした究極の落語馬鹿だと答えよう』。結局、師匠を好きでしょうがないんだ。落語だけに語るに落ちか。」(「毎日新聞」12.2.16付より)

「この本を読むと、談志が立川流除籍後もブラックを気に掛けていた理由がよくわかる。そして、いかにブラックが談志を慕っていたかも。その愛は、立川流創設以降の弟子が談志に抱く崇敬とはまた別のカタチをしている。本書では、なにかとSM絡みのエピソードを挟んできて、そのたびにブラックの性的嗜好がMであることを念押してくるのだけど、そのことと師弟のあり方は……たぶん関係ない!」(「Quick Japan」Vol.100より)

「昨年11月21日に談志が75歳で死去して以後、落語家による“談志本”はこれが初めて。ブラックは『捨てられた子供には、捨てられた子供のプライドがある』と話し、『除名になったからこそ書けた』という初めて明かされるエピソードも盛りだくさんだ。」(「産経新聞」12.2.4付より)

小社の連合赤軍事件関連書籍が「朝日新聞」(12.2.5付)にて大きく紹介されました。

2012 年 2 月 6 日 月曜日

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『兵士たちの連合赤軍 <新装版>』

 

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『十六の墓標』  (上)(下)

 

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『あさま山荘1972』(上)(下)(続)

 

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『語られざる連合赤軍』

「あの事件で左翼は終わった。『革命を夢みること』は『犯罪』だと断罪された。それが警察、マスコミ、国民の『総括』だった。では、あの事件をただ忘れたらいいのか。『革命』を取り上げられた、その後の若者は幸せdさったのか。あの事件の謎を解くために、あの事件から教訓を得るために、膨大な本が次々と出ている。最高幹部として死刑判決を受けた永田洋子の『十六の墓標』は第一級の歴史的資料だが、反省と懺悔ばかりが目について、つらい。だった何故あんな事をやったんだ、と叫びたくなる。『あさま山荘1972(上下)』(彩流社・各1937円)を書いた坂口弘(死刑判決が確定)は森恒夫、永田洋子に次ぐ幹部だが、粛清を止められなかった。高橋壇は『語られざる連合赤軍』(彩流社・1890円)でこんな分析をしている。『坂口の、自分の思考を言葉で表現することの苦手な、朴訥な性格を考えれば、永田が森の表現力に気持ちを動かされたことは何となく納得出来るのです。表現力というより、状況を素早く言語化してその場の雰囲気をリードしていく森の特性に永田は憧れを感じたのかもしれません』」(「朝日新聞」12.2.5付 評者 鈴木邦男)

 

 

『【図説】軍服の歴史5000年』が「週刊ダイヤモンド」(12.6.9号)にて書評、「世界日報」(12.4.29付)にて書評、「世界の艦船」(12.6月号)、「ミリタリー・クラシックス」(VOL.37)、「東京・中日新聞」(12.4.15付)にて大きく書評、「MEN’S CLUB」(12.4月号)、「歴史群像」(12.4月号)、「日刊ゲンダイ」(12.2.25付)、「コンバットマガジン」(12.4月号)、「タミヤニュース」(12.5月号)にて紹介、「軍事研究」(12.3月号)にて書評、「朝雲」(12.2.2付)、「理科美術協会」HPにて紹介されました。

2012 年 2 月 6 日 月曜日

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我々が日常身につけている洋服の起源でもある軍服の誕生と変遷の歴史5000年を、現在のジャケット、ズボン、帽子、靴、ネクタイなどにどのような影響を与えてきたのかを探りつつ100点以上の豊富なイラストで図説する。

「この本を単なる軍装好きのマニア本と考えるのは間違い。読み進むうちに、人間の壮大な戦いのドラマとその装いの歴史が把握でき、知らずしらず自分の中に着こなしの軸が形成されていることに気付くはず。男の装いには伝統的かつ論理的な連続性があり、その軸を軍装に据えたのがこの本。画期的な服飾評論となっている。辻元玲子による忠実でわかりやすい絵も見事だ。」(「週刊ダイヤモンド」12.6.9号より)

「本書は、5000年の昔、メソポタミア文明を支えた古代シュメール人兵士の『カウナスケ』と呼ばれる襞の多いスカートと水玉模様のマント姿の『軍装』から、現代までの多種多様の軍服の歴史的変遷と紳士服との密接不可分の関係を、ダイナミックな時代背景や戦史とのかかわりの中で詳述している。本書によると、19世紀中葉に生まれた背広の襟は、立てて合わせると、我が国の詰襟の学生服のようになり、もともとは18世紀中葉の詰襟の軍服に行き着くのである。とこれで、軍服といえば軍全体が同じ制服だと思うが、指揮下の中には、カリスマ性を強調するか、それともダンディズムにこだわるためか、独自の『私的な軍服』を身につける将軍もいた。例えば、乃木将軍はドイツ留学するために、自分用の軍服をオーダーしたが、それが、現在の通貨価値に換算すると80万円くらいと言われている。また、時代が下がって、第2次世界大戦の英軍のモンゴメリー元帥が愛用した、ループでとじ合わせるフードつきのコートは『モンティー・コート』の名で有名になるが、戦後ダッフル・コートの名で普及した。本書のもう一つの特徴である、200点余りの色鮮やかで美しく、そして何よりもリアリスティックなイラストに女性にも興味をもってもらいたい。」(「世界日報」12.4.29付より)

「歴史の中で軍服がどのような背景で変遷を遂げてきたのか、またそれが現代の軍装や我々の日常生活にどのような影響をあたえているのか、200点以上のイラスト付きで解説されているぞ。そういった意味では、単なる軍服の歴史を超えた『服飾を通して読み解く世界史』と呼ぶべき大著となっている。」(「ミリタリー・クラシックス」VOL.37より)

「五千年の昔、メソポタミア文明を基礎づけた古代シュメール人兵士の動物の毛のスカートと水玉模様のマント姿の『軍装』から現代までの多種多様な軍服の歴史的変遷を、ダイナミックな時代背景や戦史とかかわりの中で本書は詳述している。古今東西、戦士や軍人の軍服は、男性紳士服や現代につながるファッションの生みの親であった。例えば、十八世紀のドイツ古典派の楽聖たちの燕尾服も当時一世を風靡した軍服を真似たものであり、十九世紀中葉に生まれた背広の襟は立てて前を合わせるとわが国の詰め襟の学生服のようになり、もともとは十八世紀中葉の詰め襟の軍服に行き着くのだ。江戸末期から明治維新にかけて日本人は初めて洋服を体験したが、それも軍服だった。二十世紀になると戦闘の規模は大がかりになり、地味な色彩の機能本位の戦闘服が主流を占め、それが一般市民の間にも普及した。軍服のカジュアル化現象である。二十世紀以降の女性の服が緩やかになるのと対照的に、体のラインに合うミリタリールックは身体の美を表現するだけでなく、両手を空ける軍人特有の便宜性もあり、スピーディーさを好む現代人の琴線にも触れる。精密な時代考証に基づく二百点余りの軍服の色鮮やかなイラストは、実に説得力があり、本書の何よりの魅力である。」(「東京・中日新聞」12.4.15付より)

「読んだあとは無性にアツく語りたくなります…普段何気なく身につけるネクタイ、ジャケット、帽子など、実は起源はすべて軍服だってご存じでしたか?この本では、どのような歴史が現在の私たちの洋服にいかにして影響を与えたのかを、5000年もの歴史をたどってイラストとともに解説。話のネタとしてももちろんですが、ファッションを語るならば知っておきたい知識が詰まっている一冊です。」(MEN’S CLUB」12.4月号より)

「単なるカタログ的な軍装解説ではなく、軍服というアイテムを通して読み解く世界史というコンセプトで、その誕生と変遷の歴史を200点以上の精密考証イラストで図説。」(「歴史群像」12.4月号より)

「毛のスカートを腰に巻き、金属のびょうを打ったマント、革製のヘルメットという、どこかSF的な最古の軍服(古代シュメール)から左肩のみをマントで覆うバイキング戦士、1800年代に海軍士官のジャケットとして導入されたフロックコートなど、200点以上のイラストがズラリ。」(「日刊ゲンダイ」12.2.25付より)

「特にミリタリーファンや模型ファンの方に人気が高い第二次世界大戦のドイツ軍やアメリカ軍も、多くのページを割いて解説しています。ナチス時代の軍服の源流となったプロシャ軍から第一次大戦に至るドイツ帝国軍の服装変遷も見所だと思います。」(「タミヤニュース」12.3月号より)

「前著『スーツ=軍服!?』において西欧の紳士ファッション成立にいかに軍事的要請が絡んでいるかを解き明かした筆者が、接ぎ木的に洋装を導入した日本人に正統とはなにかを伝えようと試みた労作。と書くと堅苦しいようだが、古代シュメールから現代までの軍服変遷の歴史5000年を100点以上のイラストと共に解説した、どの頁からでも楽しめかつ知的好奇心を刺激される図説書籍となっている。」(「軍事研究」12.3月号より)

「ギリシア・ローマ時代から軍服があったことはよく知られているが、本書は古代シュメール、エジプト、アッシリアなど紀元前3000年前から今日まで、5000年にわたる世界の軍服を約200点のイラストと共に紹介した軍服図鑑だ。」(「朝雲」12.2.2付より)

「理科美術協会」HP↓
http://www.rikabi.jp/topics/index-tsujimoto-gunnpuku.htm

『中国「蒸機」撮影紀行 1990-2011』が「新潟日報」(12.2.12付)にて大きく書評、「鉄道ダイヤ情報」(12.2月号)にて紹介されました。

2012 年 1 月 17 日 火曜日

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中国最後の蒸気機関車の貴重な写真と撮影秘話。
黒龍江省北辺の森林鉄道から四川省の山峡にひっそりと走る囚人列車まで、20年以上も中国の線路端を歩き続けた著者が贈る撮影紀行。中国「火車」写真の先駆者による、貴重かつ美しいカラー写真64ページと抱腹の撮影ウラ事情・秘話満載。「超格差社会」「袖の下」「メンツ」「宿事情」など撮影行20年の著者ならではの鋭く、あたたかい眼差しで語られる中国事情は鉄道ファンならずとも必読の面白さ。

「新潟出身の写真家・小竹直人氏は、1990年から現在まで70回中国を訪れ、まさにいま消えゆこうとする中国の蒸気機関車を写真に収め、その『勇姿』を記録している。同書は、その数々の貴重な写真とこれまでの撮影秘話をまとめたものである。まず、何よりも目をひくのが本章の章ごとに収められている蒸気機関車の写真である。空高く煙を上げながら広大な原野をひた走る蒸気機関車の姿には『鉄ちゃん』ならずとも感動をおぼえる。このような写真が撮れるのも、日本を飛び出した『撮り鉄』・小竹氏の腕のなすところか。」(「新潟日報」12.2.12付より)

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「新潟日報」(12.2.12付)書評

 

「黒龍江省などに比較的近年まで大型蒸機が残っていたことから、中国は生きた蒸気機関車を撮影できるメッカとして世界中からファンをが集まった。著者もそのひとりで、本書は20年にわたって彼の地を訪れた撮影行の記録だ。」(「鉄道ダイヤ情報」12.2月号より)

『西武鉄道 昭和の記憶』が「週刊読書人」(12.1.27号)、「鉄道ダイヤ情報」(12.2月号)にて紹介されました。

2012 年 1 月 17 日 火曜日

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池袋線・新宿線・各支線など、武蔵野の沿線を駆け抜けた西武鉄道の貴重な写真を、初公開写真多数を含めて大きなサイズで刊行。「鉄道ピクトリアル」「鉄道ファン」「レイルマガジン」等に多くの写真を提供してきた園田正雄の写真と、乗り物エッセイスト・コラムニストで著名な三好好三の文章で綴る、西武鉄道ファン垂涎の貴重な一冊。

「はじまりから終りまで、みっしり『西武鉄道』。全頁に約二四〇点の車両や駅舎の貴重な写真が散りばめられ、各々に端的な説明が付加される。鉄道に詳しい方、ファンの方は昭和時代の思い出とともに懐かしみ、詳しくない方も蒸気機関車から電車まで、客車のフォルムとその歴史に魅了されることだろう。」(「週刊読書人」12.1.27号より)

「昭和時代に撮影された写真ばかりを集めて構成された西武鉄道の写真集。被写体は車両を中心に、駅舎などの写真を収録。ひと口に昭和といっても、本書に収録されている写真は昭和30年代までに撮影されたものが多く、書籍全体のイメージは、かなりレトロなものとなっている。」(「鉄道ダイヤ情報」12.2月号より)

『落語の達人』が「北海道新聞」(12.3.18付)、「東京かわら版」(平成24年3月号)にて紹介、「しんぶん赤旗」(12.2.5付)にて書評、「日本経済新聞【夕刊】」(12.1.18付)にて紹介、「読売新聞【夕刊】」(12.1.16付)にて著者とともに紹介されました。

2012 年 1 月 16 日 月曜日

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メディアでは「名人」ばかりが取り上げられるが、本書ではこのままでは忘れられてしまうであろう名人ではないかもしれないが「寄席」(噺家のフランチャイズ)で活躍し続けた「達人」について、その師匠たちと関係深い噺家さんから聞き書き。現代落語史を論じる際、とり上げられることの少ない「落語芸術協会理事騒動」「芸能人年金の発足と廃止」等、さらには資料が少ない「創作落語会」「五人のはなしの会」といった落語に関する貴重な情報まで鋭く検証し掲載。間違いなく類書にない圧倒的内容です!

「人気や知名度のある者だけが落語を発展させたのではなく、さまざまな寄席芸人の生き様が、現代の話芸に多様性と奥深さをもたらしていることが分かる。巻末には平成以降の落語家物故者一覧を付記。」(「北海道新聞」12.3.18付より)

「五代目つばめを権太楼に、三代目右女助を平治に、文蔵を正雀に聞き、その時代の落語界を検証。平成以降の物故者一覧付」(「東京かわら版」平成24年3月号より)

「ここに取り上げられている柳家つばめ、三遊亭右女助、橘屋文蔵という噺家はよほどの落語マニアでなければ名前を聞いたこともないだろう。しかしこの3人は単なる売れない芸人ではなく、つばめ師は現在ブームとなっている喬太郎や白鳥らの新作落語の理論的支柱を創った人で、右女助師は芸術協会の寄席と新作落語を陰で支えた芸人、文蔵師はその豊富なネタと格調高い芸でよい稽古台として後進の芸のレベルアップを担ったという、それぞれのパートで貴重な存在であった。この3人に目を付けた著者のセンスにはちょっと脱帽する。」(「しんぶん赤旗」12.2.5付より)

「演芸評論家が寄席で活躍した達人、五代目柳家つばめ、三代目三遊亭右女助、橘家文蔵の芸と人となりを、関わりの深い柳家権太楼、桂平冶、林家正雀と語り合う。五代目柳家小さんが頼りにした弟子・つばめの『大衆より一歩遅れたところに落語はあるべき』だという言葉は今も生きている。巻末の平成以降の物故者名鑑も貴重。」(「日本経済新聞【夕刊】」12.1.18付より)

「時の流れの中で演芸ファンに忘れられつつある落語家に光をあてている。取りあげたのは、五代目柳家つばめ(1929~74)、三代目三遊亭右女助(1925~2007)、橘家文蔵(1939~2001)の3人。独特の個性を持つ芸人で、3人の思い出を瀧口氏が聞き手となり、つばめを柳家権太楼、右女助を桂平治、文蔵を林家正雀が回顧する。」(「読売新聞【夕刊】」12.1.16付より)

『英国庭園を読む』が「ミスター・パートナー」(2012 No.285)、「ガーデン&ガーデン」(2012春号 Vol.40)にて紹介、「日本経済新聞」(12.1.13付)にて著者とともに大きく紹介されました!!

2012 年 1 月 13 日 金曜日

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なぜ英国はガーデニング王国なのか──
「庭園」を語り、自分の「庭」を楽しむ文学者たち。
英国の「庭園史」と「文学史」をあわせて辿ることで、
英国文化の特質に迫る《英国庭園の文化史》。
◎英国内の庭園80余りを紹介。「英国主要庭園ガイド」付。

「詩人ワーズワースが造園したライダル・マウントや、作家ジョン・ラスキンの手によるブラントウッドの庭園は今日も健在である。彼らの庭園造りには作品や思想が影響し合っているかのように感じられて、文学とガーデニングの意外な近さが新鮮だ。80数カ所にも及ぶ、現在一般公開している英国主要庭園リストが巻末に付いている。」(「ミスター・パートナー」2012 No285より)

「シェイクスピアやクーパーをはじめとする庭を愛した文学者たちの作品を重ね合わせながら、庭園史と文学史の両方から英国文化の特質に迫り“庭園の文化史”をひも解きます。ハンプトンコートやシシングハーストなど、英国内約80ヵ所の庭園を紹介。英国主要庭園ガイドつき。」(「ガーデン&ガーデン」2012春号より)

「文学から読み解くと、庭園は地形や季節だけでなく、各時代の精神を強く反映しているとわかる。こうした庭園80ヶ所以上を文学作品と絡めて紹介した『英国庭園を読む』(彩流社)を出版した。今後も美術や建築、思想などとの関連で庭を考察し、比較文化の対象として研究を深めていきたい。」(「日本経済新聞」12.1.13付より)