書店をたずねて三千里

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ロマニ語は聞けなかったが

2014 年 4 月 11 日 金曜日

先週末、下北沢の「音倉」で「ロマ 生きている炎」の訳者・金子マーティンとロマ研究者・関口義人のトークショウでロマの話と音楽を聴くことができた。国を持たず、家族と特殊なコミューンで移動をしている、ロマたち。その歴史は15世紀に遡る、インド、あのカースト制の国から、バルカン、東欧、新大陸・北米へ。同族に共有する心に流れるリズムとコトバ(歌詞)。それに近いものをマーティンの話と短い映像から聞くことができた。永い「差別」のなかで、世代間の生活観も異なり、表の生き方と真の「ジプシー魂」の乖離があるようだ。国旗ではなくロマの旗を見て、円形の芯を囲む多くの房が何を意味するのか。マーティンさんに、ロマニ語で話してもらう、機会があれば、と思う。なぜか、国に入ることを拒む生き方を、明治初期の漂泊の俳人・井上井月に投影してみた。彼は、明治の国の枠組みに入ることを拒み、守るべき家族も持たず、時代から疎外されるようにして野垂れ死にしていった。遺された書と俳句から「井月」を思い描くしかない。「国」を持つこと、「国」の人として生きること、をあらためて考えさせられた。(力丸@)

今日は、ラジオDAYでした・・・

2014 年 4 月 9 日 水曜日

さて当番でしたが、今日は書店ではなく、倉庫に行ったのでした・・・。

またも項目を裏切る翻訳の時間ですが、まず飯田橋出発→ラジオで、

なかなかイイのが見つかりません。とりあえず、流しておいたのが、 (続きを読む…)

飯田橋の桜が満開。そして書店がまた消えていく…

2014 年 4 月 7 日 月曜日

今年も飯田橋の桜は満開です。

JR飯田橋西口を出て目の前にひろがる景色は、私もかれこれ14年、毎年見ている景色ですが、まるで天国か天竺か!というぐらい美しく、お堀沿いに咲き誇る桜の美しさに、日々の苦悩が洗い流される思いでした…(何をそんなに悩んでいるのか…)。

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そんな飯田橋ですが、私がこの飯田橋にある出版社の彩流社で働き始めた2000年には、書店がいくつもありました(2014年4月7日現在は、たったの芳進堂書店の1軒)。

その中のひとつ、飯田橋にもかつて支店があった文鳥堂書店さんの本店さんが、飯田橋の隣駅の神楽坂の駅近くにあるのですが、ついにこの最後の一店舗(以前は、原宿、四ツ谷、飯田橋、赤坂、新橋、世田谷に支店があった)が先週の土曜日に閉店してしまいました。

飯田橋には、かつて芳進堂書店の他に、文鳥堂書店、飯田橋書店、松田屋、文悠(神楽坂の入口近くの坂の途中にも一軒あったと記憶しています)、ミステリー専門店のブックスサカイ深夜プラス1、乗り物書籍の専門店、のりもの倶楽部(経営しているイカロス出版のビルがある市ヶ谷に移転)等々、新刊書店、専門書店と、様々な本屋がありました。

その中でも文鳥堂書店は異彩を放っていました。
一番記憶に残っているのは、レジでかけてくれる文鳥堂書店オリジナル(?)のカバーと、そのカバーの「かけかた」でした。
通常、多くの書店では、カバーをあらかじめ文庫、四六判、A5判という風にそれぞれの本の大きさ(判型)に折って、レジの下にためておくの一般的だと思います。
そういうふうに、ためとかないと、レジにお客さんが並んだ時とか、いちいちその都度、お客さんが買いに来るたびにカバー折ってかけていたのでは、時間がかかってしまい、お客さんを待たせてしまう恐れがあるからです。

でも文鳥堂書店は違っていたんですね。

初めて文鳥堂書店で本を買った時は本当に驚きました。元書店員だった私がかつて働いた丸善でも文教堂書店でも宮脇書店でも、あらかじめカバーは折ってためてありましたし、丸善にいたっては、それぞれの大きさのカバーがすでに糊付けされて完成したものがあったぐらいです。書店の業務は、普通そういうものだと思っていたからです。

文鳥堂書店のレジに本を持っていくと、「よく味はふ者の血とならん」という武者小路実篤の言葉に野菜のイラストが描かれた、とても味のあるカバーを、店員が私の目の前で、その本の判型に合わせて綺麗に折っていきます。そして、その次の段取りが本当に見事!というか職人芸でした。なんと、カバーの紙の一部分に切り込みを入れ、とてもその本の判型にフィットした、綺麗に装着できるカバーをかけてくれたからです。しかもこの一連の動作がとても速くて無駄のない動きでした。音で表現すると「スッ!スッ! ピッ!ピッ! シャッ!シャッ!」といった感じでした。

この職人技を、どこかの書店に伝承してほしかったような気がしますが(もしかしたら、どこかの書店に伝承されているかもしれませんが…)、文鳥堂書店のような、不器用だけど職人のいる書店に…残ってほしかった…残念です。

【文責 春日俊一】

 

伝わる「ことば」が

2014 年 4 月 2 日 水曜日

お堀の桜並木、満開の花は一面に咲き競い、花見の人々を包み隠している。春の花冷えを軽く浮かれて歩いていると、ある先生が「本にまとめるって、畢竟、生まれるべきして生まれる論文でないと、ダメなのよ」と吐露したのを思い出した。先生の最近の研究成果をまとめましょうよ、との誘いに、「ようは、そのタイミングで本を出したい」だった。本のことばが読み手に「伝わる」ものでなければ、出す意味はない。学生にマンガを通しての講義、音楽や映像を駆使したりの授業、を超えた「ことば」の伝達が難しくなっているのだった。伝わる「ことば」での本造り、あたりまえのことだが、心してかからなければ、とほろ散る桜花を手に受けながら、思い巡らした。(力丸@)

近々のイベントがたくさん です!!

2014 年 3 月 31 日 月曜日

書店コーナーなのに、書店があまり無く大変恐縮ですが、

もし予約しておられない方に、こちらの事情=条件ですが

書くことになっているので、若干「出会い=イベント」(お金必要)の

お知らせとなります。近々なのでご予約お早めに!! (続きを読む…)

溜まり続ける本達

2014 年 3 月 28 日 金曜日

版元営業マンになってから、今年の6月で早15年目になりますが、果たしていままで何軒の書店を訪れたことだろうか…数えきれない。
日本全国、最近は日本を飛び出して中国や台湾の書店まで、ありとあらゆる書店を訪問しましたが、超巨大書店のように何十万冊の本の海でしか出会えない本もあれば、代々木上原にある幸福書房のような20坪という狭いスペースに、店主の好みと地域のお客様の趣向が絶妙に合わさった感覚の上に研ぎ澄まされた長年の感(?)で選書された書店の棚でしか出会えない本や、模索舎のようにミニコミとか中核派の機関紙「前進」が置いてあるような書店でしか出会えない本、地方の過疎の書店にあったりする郷土出版社の棚でしか出会えない郷土史の本、中国の書店に置いてあった中国でしか売っていないと思われる若手の中国人の画家の画集などなど…

そう、版元営業マンは本に出会い過ぎてしまう困った職業(?)なんです。
そんな日々だから、かなり我慢して、買いたい欲望を抑えていても、気が付けば自宅の書棚から溢れた未読の本のタワーがニョキニョキと、あちらこちらに立っていきます。

数年前、無理して中古の一戸建てを30年ローンで購入して、「ついに夢の書斎が作れるかも!」と喜び舞い上がったのも束の間、木造の築15年の2階に、千冊を超える本を置いたら、間違いなく床や柱の耐荷重をオーバーして木造の家が歪んでしまう危険性があるということに、家を買った後に知った間抜けな私でした(生まれ育った実家は築60年の一階建ての平屋だったので、2階に本をたくさん置くのはダメだということを最近まで知らなかった)。

1階なら、2階よりは本をたくさん置けるようですが、リビングは、かみさんの許しが下りずダメ、1階にあるもうひとつの部屋にとりあえず半分本を置いて、あとは2階に置いている状態ですが、そろそろ2階は許容量を超えそうになってきました。大きな地震が来たら家がそうとう軋みそうです。

本はどんどん増えていくもので、新刊書は普通に買いますが、その他にも、古書店の100円コーナーやバーゲンセールで大量に買ってしまう、ネットで買う、人から貰う、道で拾う、版元の仲間から貰ったり買う、編集を担当した作家の本を買う、トークライブで買う、書店員に勧められた本を買う…流れに任せると、本当にどんどん増えていきます。

ということで、このままでは確実に無尽蔵に増え続けるので、最近はスマホで毎回購入額を全て記録して抑制し、どうしても欲しい本だけ買うように、かなり無理をしてそうしています。あと減らす作業も必要なので、先日断腸の思いで、100冊ほどの大事な本を古書店に売りました。ほんの少し自宅の本のタワーが減った感じですが…100冊売っても2490円にしかならなかったことからくる哀しさ(俺の本たちよ、安く売り渡してしまってゴメン)から、今度売るのは、さらに身を削られる思いをすることになりそうです。

この前、2ちゃんねるで同じような人達の悩みが書き込まれているスレッドを見つけました。
本が売れなくなったと言われて久しいですが、本が買いたくてしょうがない人間は私をはじめ、まだまだ日本にたくさんいるようです。

だから本屋さんにも、他社の版元にも、これからも未来永劫、諦めずに、いつまでも頑張って本を作って、売り続けて欲しいと、切に願ってやみません。

【文責 春日俊一】

 

 

 

桜の木の下で

2014 年 3 月 24 日 月曜日

春一番の南風、それも突風となると、春の香に気持ちを漂わすどころではない。寒い冷たい季節から気を緩めると、足もとを掬われてしまう。最近の気候異変には「ツナガリ」の危うさを感じてしまう、気がする。近くの「多目的広場」外周りの桜並木(多分ソメイヨシノ)が満開。引き寄せられるように人が集まり、茣蓙で弁当を広げ団欒したり、テーブルでワインを呑む夫婦、写真を撮りあい話の花を咲かせているかたまりなど、ほとんどが中年以上の人たち。少年たちは広場の外周でランニング、若い夫婦と子どもたちはボールけりにフリスビーに興じている。広場には年齢の幅、思いも異なる人々が集まっていた。この時間での「ツナガリ」は、ただ、桜の木の下でだけだ。だが、よく見ていると、ここでのコミュニケーションにも、携帯電話やスマホでの「コトバ」のやり取りが、多く目に付いた。目にスルの桜の感動を、メール、写真で送り、話しことば(音声言語)を「話すように書く」メディア上の文字言葉で表現しているのが目についた。これが「超言文一致体」の表記なのか。近刊の『日本語文字・表記の難しさとおもしろさ』の中の「電子メディアの文字・表記」(三宅和子)に「若者間の情報伝達の電子化には、文字・表記を超えたコミュニケーションがある」ことが問題提起されている。(力丸@)

今日は19時から、小菅さん対談です!(新宿南店紀伊國屋3F)

2014 年 3 月 20 日 木曜日

もしこれをご覧になった方は、既に終了しているであろうと

思われますが、本日2014年3月20日(木)19時から新宿で

下記の本の著者・小菅信子さんと島田聡さんとで対談

行います。タイムマシン希望となり恐縮ですがご容赦下さい… (続きを読む…)

駆け出しの時からお世話になっている岩波ブックセンター信山社さん

2014 年 3 月 19 日 水曜日

私が彩流社に入社したのは忘れもしない2000年の6月。まさにその版元営業マンとして駆け出しの時から、ずっと訪問営業している岩波ブックセンター信山社さんにて、彩流社の若手でつくった新しい叢書「フィギュール彩」のミニフェアを開催していただくことになりました。

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明日は 「とわ の 無」 という単なる無でない、「無いという対象」見本出し??

2014 年 3 月 17 日 月曜日

というわけで、明日、特攻についての本が見本出しです。

近くの編集・広報担当さんは、もう「子どもと見に行った」という

話題作「永遠の0」。

私自身はまだ見ていませんが、この間、健康食べ物と一緒に本を流通

して頂く「コープ」の窓口の方のところへ、上記の編集と営業に行ったところ

小社の「赤紙と徴兵」に非常に興味を持って頂いた様子で(それも上の

話題作のおかげです)、それ以前に、オススメ書籍として、さくら の本=

明日の取次ぎ見本出しの本 を提案したものの、生協の購買者とは

ズレがある、という流れから「赤紙と徴兵」に話が流れたのでした。

もっとも「その流れ」は、真っ当で当然のご反応と感じさせる、自身に

内在的に興味を持っておくべき(当為?)もの、という即認識=感覚

の確かさを感じる対応でした。

流れているものほど「確か」で、確かなものにまじめに拘ると、

流れることが出来ない故に、国とか世界とかの制度の奴隷に

なって無意味に死んでしまう、ということなのか、真相は現状とは

正反対かもしれませんが、流れに流れてどこにいったか分からない、

此岸からは想定しか不可能という、欲望が理想をテコにして、

もっと明晰に展開していったのかも、と妄想したくなる「マレーシアの飛行機」も、

特攻的「一方通行」のコミュニケーション拒否のコモンじゃない資本主義

イケイケどんどんと袂を分かつような真実が出てきたりすると楽しいなあ、と

思ったりします。やはり、実際は露悪的結果=「人間というどうってことの無い

つまらなさ」 かもしれませんが、では、この辺で(玉崎)。