書店をたずねて三千里

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民、他診、汰身、際で繰り返すこと。

今日は、半年?ぐらい行けなかった「横浜」近辺、書店さんちょうど締め日(版元→取次請求の)で

「殺人的搬入量」でもって、闖入メーカー営業ノウサンキュー状況で、あまりの夏の真っ只中気温もあり忙し

殺意疲労あるにも関わらず・・・ご対応いただいた書店の方々、その貴重な時間奪取、大変恐縮です。

書店としては、一出版社の「売上」は無関係で、どの版元であろうと、ちゃんと現実に「動く=売れる」

ものこそウェルカム!な必然的当然の基本概念なわけですが・・・、社の生き延び≒サバイバルを・・・

背負ったフリもあって、「置かないなら、初発から完敗。「営業」の否定では無い「売れるから「売る」へ」

の根本的認識≒企業人≒その人の生き様、の前提的な概念、いつもウッチャリつつ、身につける振り

というのが、「ケツふりふりふり」な今度の新刊「ベリーダンス」に、似て同ならず・・・な現実なのですが、

しかして「振り≒不利≒降り≒付利≒不離≒・・・」な、揺すっ(強請っ)ているうちに不本意という本質

意思=泣き叫ぶ赤ん坊殺すつもりなのに「そんなつもりじゃない」という「行為の結果」と「意識」の乖離

が当事者は、「常に知らない」。とは言っても「知る」ためには解剖学的に「ある」ものを「無い=実在」

として、「やはり「無」」と、詐欺無く、小社から去年の・・・今年中に出る某ノーベルのカナダ作家の邦訳

あるように「・・・そして私たちは、二人が初めて気づき、私たちを責めるだろうことのすべてが・・・軽はずみ

で、恣意的で、不注意で、無神経なこと、すべて。私たちにはどうしようもない、私たちに特有の過ちの、

すべて。」こそ、身に聴く能力を自身に於いて「証言」し持った或る人へ、「言う(重い、響く反響)」ことで、

安易なやり過ごし=行動ではない、行為=如いて「言った」へ、達すると身体の振動とともに、声帯の振動、

そして魂の震動でもって、決定的に引き離されている物へこそ、それでも、それは一つの鑑別すべきもの、

という「言う=絶えず持続し跳躍を待ち続けるもの」にも拘らず「問う」」という、耐えざる反復に身を任せつつ、

、体の言いなりになるままにしない、微妙な波打ち際に対峙する行為が、在るのに「無い」の怖ろしいけど

敢えて告白する、事後的に原因であったと知れる、知ってはいけないのに「知る」ことで、ようやく、

当たり前の人としての前提に在るための、「有る」ばかりに垂れ流している空想から、とにもかくにも証しが、

出てきたのではと一貫性において似て異なる影で縁取られた、と確証に至りえるか、と幻想を辿り

なおせられれば・・・というような、本日の曲。今日、横浜からの列車のなかで、結局、そんな行為と

認識できる曲、思いつかなかったので、どれも不適切かもしれないものの、こんな曲で。(玉崎)