書店をたずねて三千里

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息しただけで、今や権力行使…期待できないのが当然.

さて、今日も当番で、余り書く?プッシュ?という気になれないものの

書いてなんぼ≒サンブランやりました…という独り決めなのに客観決定

という普通という妄想の演じる舞台は自分だけ華やか=寒いのに

無-意識の都合の良さ、だって、計算無し、思考無し、でも「気持ち」

はあるといえないような「ある」、都合よく利用される≒ニーズ速答、

その早さ、実は、遅さ(認識)の隠蔽と私において拠り所とするしか

方法が無いけれど、認める超越論的≒敵、なものとの、それは、

空気のようなもんだから、どんな手段でも、関係性、デッチアゲ以外

在りえない=結婚=血痕生活=権威化という、本人にとり肝心な

私の人生…、しかしその肝心が、今回の必然とすれば、

確かに何の落ち度も無いのに、引き受けないといけない、

全-世界、引き受ける不条理ですが、唯一の抜け道がもしあると

して、やはり、人間≒残酷≒血みどろ≒公正に対する厳格と

幻覚と十分に距離を執る為の、苦しい「云い直し」、

存在を引き受けるなんて、馬鹿馬鹿しい、哲学者ぶった、

詐欺を、とにもかくにも、不可能だけれど、必要不可欠、

しかも、自身は気づいていないが、実はその演算、やった

ことあるのに覚えてない、かくして思い出せないが、しかし、

不気味に反復する「それ」、要のはずなのに、色んな

フェイント(それそのものは壮絶な恐怖なので)で、

自分自身で、自分を誤魔化しているのに、それは処世術

という基本、という、問うことが一義的なのに、尤もらしい

計算…本来的な計算ならば、はたしてこれを計算とは、

現実なのか、仮に現実だとして、他ならぬ私が、計算を

続行する意味とは、いや、問うまでもなく、一見、無心計、

で無視の有視のための「今、死体と出会う意志と思考」

という、反復の中、いつもいつも不毛でも確認しつづける、

「これが良かったのだ≒カルメン」な、売り上げとは程遠い、

けど、なんか横道で出会う、そんな感触≒棺蝕の…多分、

死体と出会おうとする死、という関係性を計算する方法を

身につけるため。ボディチ家は、残酷で貪婪で、人間的

らしいのですが、もうパレスチナでは、1700人強殺、

佐世保では、一人、父の代わりに?強殺(別居しなければ、

父殺、で「大文字の他なる女性」維持の機制で、死ぬ必要

無かったのかも、逆に責任とったのなら、自分は殺されるが、

娘の知人(他なる女性)は殺されずとなって、父の責任は

果たされたのかも・・・という)、いっぱい殺せば英雄=名士、

一人殺せば犯罪、という、同じなのに、自分の根本を、

分解して、見ることで、「何も無い自分から、虚構=言語

としての自分を立ち上げる手段」を一切絶っているのに、

温厚な父という、自身の前提暴力を引き受けない、平凡という危険。

人間に向き合うのは、とても難しいが、生まれてきた以上、責任として、

(失敗で辞職という逃亡という防衛から、止めない、言うことを止めない、

に)引き受けられるか、異常こそ人、と引き受けられるか、実際、人間の

歴史は、眼を覆いたくなる無残ばかりですが…というところで本日の曲。

何故か、このCDだけ日本盤が出ない、主人(ブリジッド)が余り歌うこと

無いためか、周縁こそ主人が、魅せ掛けでも理想となっているような

、実験≒創造可能性が興味深いCDからこの曲(玉崎)。