書店をたずねて三千里

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倉庫から蒼古的に筝個だといいものでしょうが

今日は、また倉庫でした。

都内は、雨警報だなんだでしたが、埼玉狭山では、そこそこ晴れ、大月近辺で、ようやく雨で

少し涼しく台車で行ったり来たり出来ました。

冬の間は日照時間が少なく、大月での作業の時間になると、古くて薄くなったマジックの

紙包みの文字が見えず「無かった」と無駄金使い(くるま・こうそく代)になるところ、今回は、

まだ日が差してる時間に行けたので「あ!!ここにあったか?」と、ついこの間無いから、

包み外のを断裁からはずしたのが「あぁ・・・ ぁった」という、お粗末な事態・・・でしたが、

とにもかくにも17時半ぐらいで段ボール詰め車入れ終り、後部車高が異様に下がった車で

大月出発して帰ってきたのでした。

帰りは、例によってトンネル抜け抜け上見てしまい、何人も亡くなった笹子トンネルの事故が、

生々しく感じました。そういえばあの事故のあった次の日にも大月に来ていて、トンネルの

手前が大月インターなので、道路に横断してテープが張られ、物々しい雰囲気だったこと

思い出します。

そうそう、事件(出来事)と言えば、いつも気になっていたのが、ストーカー殺人で、常に、

被害者と加害者が、同じ画面で、写真が出てしまう・・・というメディア=無神経(無心計)

=売上あおりの列車で見てしまうのが、かなり嫌で、犯被害者は、絶対王政(媒体)的に、

犯罪加害者と「同じもん=同一化=識別化」ということは、赦し難い憤怒のはずで、

加害者を「人以下詐氏」と表記し(まあ、加害者は「意識的には私は人らしい態度、認識、

行動、責任をとった愛と妄想(幻想)で、現実の引き受け(本質として出会う事=不可能)を

無意識的に淫猥享受≒教授≒理性というもっともらしさ、制度的に正当化されているから

「正統」という目覚めという暴漢で、暴行=人間らしさ(人なら当然=自然)でしかない訳

ですが・・・)、被害者は「実名、顔写真」という、死者冒涜衝動共窃視普遍捏造が正統、

という居直り私たち(出版者)の生まれて来ないでくれ陰険効率性で、墓から死体を抜き出し

「弄んで金にする」という、いつもの政治家的精神構造が、メディアには「自然≒当為」と、

ただもう「絶対透明が可能という倒錯」に付き合いたくない感、ありあり、で、

なんとか一切の並列・同時性無く「表現」する、そういった「法/倫理」を創れないと、故人

浮かばれないどころか、浮かび過ぎて、再殺快、ますます、ラーメン増量無料みたいに、

乱れ殺しされてしまう「江戸時代の新聞錦絵」みたいな、全体の構造を俯瞰する「眼差し」

意図的に操作=透明化で、どうしたら「言語外」・「影」・「鬱陶しい物」・「怪=界=開」の

不可能性かつ再構成化可能性を異化していかすか=重いしかし軽い困難な引き受け、が

求められますが・・・無駄に文字記しても魅せ掛け、では外部は「言うこと(内容は、

なんでもいい)=行為」しか、他に手段が無いものの、文字化して「行為」をシラバックレ

という道徳的臆病=鬱=誠実魅せ掛けてなげやり、と倒錯化でよろしくないわけですが、

隈(奥さんのDV痕)というお先真っ暗かもしれないが、攻撃する方/法は快/受な、

高校のときに聞いて歌詞訳してみて母親に完全誤読指摘されたこの曲で、今回は

(今では、どんな歌詞だか全く覚えてないですが、ジミヘンさんは、あまり歌詞(文字)は

どうでもよく「いかに音化(主体化)されたか」を感じ執ることが必要か??)(玉崎)