書店をたずねて三千里

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またまた、あまり関係ない話ですが…

書店がらみのお話、一応先週も若干、書店さまお邪魔したので書けないことも

無いのですが、あまり書く気がしないため、また金曜の見本出し分を読んで見ます。

今や誰が読むのか皆目検討もつかないD.H.ローレンスをアメリカ人?が論じた本の

翻訳(「ニューメキシコのD.H.ロレンス」」で、ウィキペディアを見ると、ロレンスの晩年を

過ごしたところがメキシコで、そのニューメキシコとロレンスの関係を考察した本のようです。

さて引用してみましょう・・・「「なんて荒れた人生だったのだろう―闘いの人生。停滞とか偽善とか、

彼が生きていた時代の文化が抱えるげんなりするような制約とか、そういうものに存在のすべてを

賭して抵抗する男にとって避けることのできない生き方だった。」これがメイベルの気に障ったと

いわれている。・・・」と亡くなった当時の頌徳文(亡くなった人を儀式で賞讃する文らしい)も、

周囲の人にとって問題を孕んだようで、ウィキペディアでは、合わない炭鉱夫と教養ある母に

生まれ、母への傾倒強く、亡くなった時は、かなり落ち込んだような人だったようです。

「・・・ロレンスは、ニューメキシコの、透明な大気が魂の新鮮な何かを目覚めさせる、と

書いているが・・・ロレンスの偉大さは、一重に宇宙の創造力にも似た、彼自身の想像力で

あり、全的な洞察力であった。ロレンスは、頭と知性を嫌った。そんなものは、人間を全的な

生から遠ざけ、自分の空疎さを知られたくない人間が、自らを覆い隠すための手段として

使うに過ぎない・・・」等々、三島が死んだ時、いやらしいやつだったとかだったか大バカにして

、農作業という足場をしっかり持ち、過激な農民の無鉄砲なエゴイズムを描き、少なくとも、

頭と知性よりは、どうみても素晴らしい平民の凄み(倫理)を描いた深沢七郎みたいな

ところもあった作家のようですが、自分のイメージだと、映画のチャタレー夫人がエロかったとか

ユング派の秋山さと子が80年代に出た朝日出版社の週刊本でロレンスの「翼ある蛇(上・下)

角川文庫」を凄く評価していて、古本屋で買って読まずにそのままとか、彩流社では、たくさん

20点くらい?出ているのに、ほぼ読まずに過ごし、多少は知って置いた方が、と少し今回

齧ってみました。

と、書いてみたものの、以前紹介した、映画「土曜の夜と日曜の朝」のエンディングの曲

(ジョンダンクワースだったかの曲)のみ好きだったアラン・シリトーと近い、どこにあるか

知らないけれどノッティンガムの出らしいロレンスがらみの曲を探そうと、ノッティンガム検索

してもイマイチぱっとしたのが無く、イギリスであればいいか・・・と、メキシコへの東方下主義

(オリエンタリズム、人種主義)はロレンスどうだったかよく読んでないので不明ですが、

インド系の郊外のブッダバンド??の大学のとき、ビートUKという番組で流れていて、

未だに歌詞は何を歌っているか不明なそんなこの曲。(玉崎)