書店をたずねて三千里

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た、とと、て、ぃすさ、ぴんぽういんうか、しゃるうう・・・

今日は当番。また書くニーズが倍加してきたわけですが…とりあえず「文字」があれば!?

ということで前回は、むりやり・強勢・先走り・ごり押しで終えましたが、今回は、まだ夜も

浅いので、時と場所と状況弁える社会にとりあえず属している人として書く必要を応答

しようという所ですが・・・・

一応、今日は特殊開放排他的書店?と言うと、「うまく表現する能力無い。つまり、

評価する資格≒四角≒視覚≒刺客無いのに名指したつもり」という、「それ」と関わる

者の根本的世界に対する倫理問われる「根源個別大事でも、普遍への眼差し当然」

の書店へ、1年一回の精算にお伺いし、しっかりと現金頂きました。

ウチごときが、ほとんどメシの足しにもならないにも関わらず、お金頂き大変恐縮です。

場所、場所における微妙な時間的・歴史的・突発的「差異」を当然に掴んで提案する

のが当然なのですが、やはり難解(バカだと個的に留まってしまうというつまらん奴で

して・・・という責任放棄シラバックレですが)という簡明なことなのに、魅せ掛け上良く

見えることだけ、半理解で対応して、真理解を半理解で隠蔽の自覚なく隠蔽≒わたし

だけの現実の垂れ流し、)という、業務ウッチャリ業務という給料泥棒なところかも、と

今眼差し手見ましたが・・・。

そうは言っても、根源で、知覚(近く)は知っているけど、記憶は一切忘れ去るのが

時間的必然である「根本=事実」である以上、しかも根本原理という、人間の「歴史と

事実」の一致不可能性…それがあったともなかったとも言えないにも関わらず、それは

主体として引き受けるべき(というより「引き受けざる得ない≒逃げられない不可能」)

・・・な事態は恒常的。

永遠は苦しい、が、反復は幼児期からの必然。どうやって、乱れまくるこの、

要請の権利無くとも権利要求必然に対応するか=子育てそのもの≒あいまいな

苦しみ(寝れない、概念が練れない)。

知らなかった事、それが、主体が生きる動因・原因で、だからこそ、始まりから

一切の切断で始める場合、一番見たくない、その衝撃、を言語化の努力する、

しかし、それは言語に成り得ない不可能だけど、それでも「表象せざるえない≒

死にたくない≒詩に多苦名無い」でも、見えないところであたりをつけて、

この壱点≒一転で、なにがしか「絶対的開始」という、検閲された「あれ」を一瞬

触れる希望で、人体切断・幼児期必然・享受多感≒子どもらしさ、と再三再四、

不可能な対話の持続で、なんとか、出来ないモノに、ひっかかりの実践と、

ありきたりの歴史化から、ちゃんと自分で捉えて表現できる、不可能との

不即不離という理想を繰り返す、そんな受肉的思考展開により、死体=身体と

人との関係が、ぞっというスピードの引き受けで、指し抜かれるのであれば、

じっくり変更遷の、若干の希望、そこでは見えないにも関わらず、なにか「見た」

という理解に達せられれば、いいけど、在りえないのかも・・・で今日の曲。

(だんだん、書くのが億劫になったもので、不真面目で恐縮ですが・・・)

大学の時、ゼミの先生が児童文化・江戸文化専門の先生だったので、

依存心もあって、聞いてみて、としたら、かなり感動していただいて、

お手紙とともに返して頂いた、これが「素晴らしい」とされた、そんな曲

確かに、講義であらすじ教えていただいた「思い出のマーニー」より、

倍加して「子ども=世界≒人の基本」に立ち戻らせる、マレにしか出てこない

、夏休み向けの凄い曲(映像要らないかも)と思います。

最初のアルバム「洗濯女」、夭折したフールズメイトだった彼の権利関係、

なんとかクリアしていただき、CD再発してもらいたいのだけど・・・人に貸して

帰って来ないものの、その初期に近いこんな感じのライブも、指摘あると削除

かもですが、いまなら涼しく感じのこんなのとか。是非、「さかな」題材にして、

「子ども・神話・歴史・文学・可能世界」などの項目絡み合わせ、

論理の行き着く先がしっかりと、殺すべきものを殺すロジックの効いた、

「政治」すら超越論で横断する文、を書いて繰れる人、おられれば、

本、どの版元でもいいので奔走するのですが・・・(玉崎)。