一杯の紅茶と英文学 〜『赤毛のアン』のお茶会編〜 第4回

2020 年 5 月 15 日 金曜日

第4回【アンと「家」について考える】

南野モリコ

アンと出会って「男になった」マシュー。

 

『赤毛のアン』がきっかけで欧米のおもてなしのカルチャーに目覚めた筆者が、お茶とお茶会の場面から『アン』を深読みするコラム第4回です。「ふーん、こんな読み方もあるのね。リモートお茶会やりたい」と言いながら、気楽にお読み頂けると嬉しいです。

 

さて、新型コロナウイルス感染拡大予防のため外出自粛を余儀なくされて1ヶ月が過ぎました。「ステイホーム」が世界共通のスローガンになり、ゴールデンウィークが「ステイホーム週間」に塗り替えられました。連休と言っても家で紅茶を飲むか本を読む以外に予定がない筆者にとっても、「外出できない」となると不自由さを感じます。インドア派を自称している人であっても、これほど「家にいること」と向き合うのは初めてではないでしょうか。

 

家にいなくてはいけない息苦しさは、家はステイする場所ではなく、「帰ってくる」場所であることを思い出させてくれました。家の中でできることは意外とありません。家族全員が家にいるのですから、1人で泣くことさえできません。 (続きを読む…)

一杯の紅茶と英文学 〜『赤毛のアン』のお茶会編〜 第3回

2020 年 4 月 15 日 水曜日

第3回【なぜダイアナは「いちご水」で酔っ払ったのか?】

南野モリコ

アヴォンリー村ナンバーワンのイケてる女子、ダイアナ

 

『赤毛のアン』がきっかけで紅茶と軽食による「おもてなし」カルチャーに目覚めた筆者が、お茶会の場面から同作品を深読みするコラム第3回です。「ふーん、こんな見方もあるのね。コーンフレーク食べたい」と言いながら、気楽にお読み頂けると嬉しいです。

 

さて、新型コロナウイルスが世界中を席巻していますが、『赤毛のアン』も世界的なパンデミックの余波を感じさせる部分があります。第9章の「リンド夫人は季節はずれのインフルエンザにかかっていたため、アンを引き取ることに決めたマリラを訪れるのが遅くなった」がそれです。

 

トム・クイン著『人類対インフルエンザ』によると、1889年〜91年に世界的なインフルエンザのパンデミックが起こっています。モンゴメリの日記と照らし合わせて、『赤毛のアン』のモデルになった時代と重なります。やり手の主婦、リンド夫人もパンデミックには敵わなかったんですね。 (続きを読む…)

一杯の紅茶と英文学 〜『赤毛のアン』のお茶会編 第2回

2020 年 3 月 15 日 日曜日

 

第2回 【アンのお茶会は誰のため?】

南野モリコ

 

マリラがお茶会に力を入れまくるのはなぜ?

 

『赤毛のアン』がきっかけで紅茶と軽食による「おもてなし」カルチャーに目覚めた筆者が、喫茶と食文化から同作品を深読みするコラム第2回です。

 

『赤毛のアン』には、第16章の「いちご水事件」、第21章「レイヤーケーキ事件」の他、お茶とお菓子でおもてなしをするエピソードがいくつか登場します。

物語の「お茶」にスポットを当てると、アンやダイアナ、マリラ他、お馴染みの登場人物たちの違う一面が見えてくるかもしれません。

 

「考察」や「論評」のような立派なものではなく、あくまで「深読み」ですので、「ふーん、こんな見方もあるのね。パンケーキ食べたい」と、紅茶を片手に気楽に読んでもらえると嬉しいです。 (続きを読む…)

一杯の紅茶と英文学 〜『赤毛のアン』のお茶会編〜 第1回

2020 年 2 月 15 日 土曜日

第1回 【なぜアンはレイヤーケーキに塗り薬を入れてしまったのか?】

南野モリコ

 

 

不思議の文学『赤毛のアン』

 

今月からコラムタイトルが変わりました。『一杯の紅茶と英文学』では英文学作品を紅茶を切り口に深読みしてきましたが、今回からはその中でも人気の高い『赤毛のアン』のお茶会の場面について掘り下げようと思います。

『赤毛のアン』に出てくる二つのお茶会エピソード、第16章の「いちご水事件」や第21章「レイヤーケーキ事件」を掘り下げると、アンと作者モンゴメリが生きた時代が見えてくるのです。紅茶好きな筆者の、いつか役に立つこともあるかもしれない『赤毛のアン』の深読みに引き続きお付き合いください。 (続きを読む…)

一杯の紅茶と英文学 第5回

2020 年 1 月 15 日 水曜日

第5回 『赤毛のアン』のお茶会

南野モリコ

お茶会は「素敵な暮らし」の発表会

 

世の中の女性全員を筆者と同類にしたら申し訳ないけれど、社会経験のある女性であれば、家をどんなにきれいに整えても、冷蔵庫にある食材だけで手際よく料理を作っても、誰に評価してもらえる訳でもないことを物足りなく感じることもあるだろう。かといって、「私ってこんなにおしゃれな料理を作っているのよ」、「息子は○○部でイケメンなのよ」、「私って家でもこんなに頑張ってるのよ」などと自分から言ったら、後からどんなにディスられるか分からない。だから見せたい自分はインスタグラムに載せるのだ。そして一番、見せたいものは、彩りよく盛りつけられた料理ではなく、遠くに無造作に置かれたバッグだったりする。まるで偶然写ってしまったかのようにさりげなく載せるのがコツである。承認欲求と言われるけれど、友達の間でちょっと認められたい、優位に立ちたいだけ。世界征服とか略奪愛とかと比べたらささやかなもの。女子の欲望とは「かわいい欲望」なのだ。 (続きを読む…)

一杯の紅茶と英文学 第4回

2019 年 12 月 15 日 日曜日

 

第4回 【ジェイン・オースティンとティーコゼー】

南野モリコ

 

イギリス文学は紅茶文学

 

イギリスでの紅茶体験は1980年代の大学時代だが、欧米の食文化、特に紅茶と焼き菓子のあるライフスタイルを知ったのは、子供の頃に読んだ海外児童文学がきっかけである。1970年代に子供時代を過ごした筆者にとって、海外文化の情報源は図書館に並んだ写真が美しいお菓子のレシピ本、そして文学作品だった。イギリスはじめ欧米の文学作品は、筆者にとっては紅茶の文学。「お茶」というたった2文字の活字の向こうにティーポットとカップが並ぶ、もてなしのテーブルを想像していた。情報が少なかったからこそ、文学が想像を掻き立て、文化的な憧れを膨らませるメディアとなり得たのだと思う。 (続きを読む…)

一杯の紅茶と英文学 第3回

2019 年 11 月 15 日 金曜日

第3回 アフタヌーンティーを始めたのは日本人?

南野モリコ

 

日本人と紅茶。

 

11月1日は「紅茶の日」だった。「日本人が初めて欧米の茶会に出席した日=紅茶の日」として日本紅茶協会が1983年に定めたのである。初めて茶会に出席したとされる人物は、伊勢国の大黒国屋光太夫。1791年、江戸時代のことである。船頭であった光太夫の船が遭難し、ロシア帝国領であったアムチトカ島に漂着。日本は鎖国をしていたので簡単には帰れない。女帝エカテリーナ二世の下に謁見し、帰国できるよう懇願した。それが11月のことであり、茶会にも招かれたと考えられることから、日本人が初めて茶会で紅茶を飲んだ日、紅茶の日となったのである。この「紅茶の日」は、あくまで「日本人が初めて茶会に出席した日」であり、初めて紅茶を飲んだ日ではない。日本人と紅茶のつきあいはもう少し古いものと思われる。

 

タピオカ・ミルクティー旋風が巻き起こっている今の日本であるが、ミルクティーの原材料となる紅茶がいつ日本に入ったのだろうか?渋谷の若者に聞いたら「戦後でしょ?」という答えが圧倒的に多そうだが、日本の紅茶の歴史は意外と古く、海外からの輸入は1887年(明治20年)から、そして、それよりも早い時代から、日本での紅茶の生産が始まっていたのだ。 (続きを読む…)

一杯の紅茶と英文学 第2回

2019 年 10 月 15 日 火曜日

第2回 「ミルクティー、タピオカ抜きで!」

南野モリコ

「タピ活」は「ティー活」。

タピオカがブームである。昨年2019年から筆者の周りの20代の女子たちが「今日は絶対にタピる」、「タピオカなしではいられない」と話しているのを聞き、ブームの予感はしていたのだが、「タピ活」というワードまで浸透するとは思わなかった。こっくりと甘いアイスミルクティーの底にもっちりしたタピオカがごろごろと入り、太めのストローで吸い上げるのに初めは躊躇するものの、その食感は確かに美味である。第1次タピオカ・ブームの時に体験したタピオカより数倍、おいしい。Мサイズのカップ1つ600円以上。一瞬「高っ!」とは思うのだが、これ一杯で喉も潤いお腹も満たされるなら手頃な値段である。 (続きを読む…)

一杯の紅茶と英文学 第1回

2019 年 9 月 15 日 日曜日

「お茶の時間」は19世紀のインスタ映え

南野モリコ

承認欲求を満たすアフタヌーンティー

フランスの画家、ジェームス・ティソに『温室でのティータイム』(1875〜78年頃)という作品がある。ヴィクトリア朝中流階級の家庭のドローイングルーム。今でいうリビングのような広間でアフタヌーンティーを楽しむ人々が描かれている油彩画だ。陽当たりのいい、明るい広間が大きなガラス窓で囲まれていて、中庭には植物園のように熱帯の植物が葉を茂らせている。絵画の登場人物は、ゲストである二組のカップルと屋敷の住人である姉妹だ。当時の最先端のファッションに身を包んでいるが、客人をもてなす姉妹は、柔らかいミントグリーンのおそろいのドレス。インスタグラムでいう「#双子コーデ」である(1)。

自宅に親しい友人を招きお茶をもてなす「午後のお茶(アフタヌーンティー)」は、1840年頃、ロンドン郊外に住む七代目ベッドフォード公爵夫人アンナ・マリアによって始まり、ヴィクトリア女王がその習慣を取り入れたことからイギリス中で流行した。当時のイギリスは、夕食の時間が遅かったので、親しい友人を招いて食事の時間までの空腹を満たしたのだ。

しかし、招く女性たちが「素敵な暮らしをしていると思われたい」という下心を持つのも当然のことだろう。お茶の時間は友達から「いいね!」をもらう場でもあったのだ。 (続きを読む…)