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第23回(その1) アマテラスの正体
──林順治(『アマテラスの正体』)

◎ 三つの仮説

「まえがき」にも書きましたが、『アマテラスの正体』は三つの説、言いかえれば三つの仮説の助けを借りて書いています。

一つは「日本古国家は新旧二つの朝鮮半島からの渡来集団によって建国された」という石渡信一郎の説です。この説は従来の『古事記』と『日本書紀』(以下、「記紀」とします)にもとづく日本国家の起源=天皇の歴史と大きく異なります。さしあたりA説といいます。

二つは井原教弼(みちすけ)という工学畑の在野の研究者で「古代王権の歴史改作のシステム」という論文で明らかした「干支一運60年の天皇紀」という説です。この論文で井原氏は「第7代孝霊天皇から第16代応神天皇までの10代600年は、辛未に始まり庚午に終わる60年の10個の万年ごよみを並べたものであったろう」と指摘しています。『アマテラスの正体』の第二章にくわしく書きましたのでご覧ください。

井原説は1985年に大和書房の季刊誌『東アジアの古代文化』に発表されました。B説とします。ある方から井原氏は数年前に亡くなったと聞いています。

三つはフロイトが最晩年の著作『モーセと一神教』で明らかにした「心的外傷の二重性理論」ですが、少々ややこしいので、後に説明します。C説とします。この三つの説が『アマテラスの正体』の構成を支えています。

ところでA説の石渡説は1990年に出版された『応神陵の被葬者はだれか』に詳細に書かれています。この本は10年後に増補改訂新版として書名を変え『百済から渡来した応神天皇』として出版されました。

石渡氏が『応神陵の被葬者はだれか』の元の原稿にあたるものを私家版でだしたのが『日本古代王朝の成立と百済』です。『応神陵の被葬者はだれか』より2年早く石渡氏がまだ札幌に住んでいたころに発行されました。

実は、私は『日本古代王朝の成立と百済』の原稿を石渡氏から預かったときは、さっぱりわからず、自宅の書棚に差し込んでいたのですが、ある日、幼少年時代によく遊んだ八幡神社のことが気になり原稿をめくっていくと、原稿用紙の後半で偶然目についた「昆支の神格化、八幡神」という見出のところを読んで昆支が百済蓋鹵王の弟であることを知り、そのことから一挙に石渡説の全体がわかるようになったのです。

当時、1987年ごろですが、カソリックとプロテスタントによる新共同訳の聖書が出版されました。活字が大きく読みやすくなったので、ついつい、モーセ五書を中心に、旧約・新約全編を通して1年で2回ほど繰り返し読みました。

とういうのも、二十歳前後に読んだサルトルやハイデカーやロシヤ文学では編集者としてやっていけないので、宗教心からというよりもっと視野をひろめようとした時期と重なっていたからでしょう。

ところで多少異質なフロイトのC説を説明しておきます。フロイトの『モーセと一神教』はヒトラーがオーストリアに侵攻する二年前の1937年頃から書き始められ、ロンドン亡命後に完成します。この本のテーマは端的にいえば「モーセはエジプト人であった」という説です。この点、「応神陵の被葬者は百済の王子昆支であった」という石渡説に似ています。

また、この本は「モーセを語る人はフロイトを語らず、フロイトを語る人はモーセを語らず」であったため、長い間、心理学、歴史学の研究分野でもあまり注目されませんでした。

このフロイトのモーセ=エジプト人説の話をすると、アメンホテプ四世の太陽信仰やモーセがアメンホテプ4世の高官であったことなど、話が長くなりますので省略します。

ちなみにフロイトはマルクスなどと同じように父母をユダヤ人にもついわゆる同化ユダヤ人です。また、アメンホテプ4世は紀元前1333年から53年在位の古代エジプト第18王朝のファラオで、別名、「真理(マート)に生きる」という名の「イクナートン」と呼ばれ、偶像崇拝禁止の「アマルナ革命」で知られています。

ちなみにモーセの出エジプトは第19王朝のラムセス2世(在位紀元前1290年~紀元前1224年)ころではないかと推定されていますが、たしかなことはわかっていません。モーセとイスラエル人(びと)がエジプトを出発してから「乳と蜜の流れる地カナン」に入るまで40年荒野をさまよったと、されています。

ユダヤ人の予言者にして救世主のモーセがユダヤ人でないということなると、ユダヤ教を土台とするキリスト教やイスラム教、ギリシャ哲学、ヨーロッパの歴史観を根底から揺るがす大事件です。ロンドン亡命後、ユダヤ人協会がフロイドに会見をもとめますが、フロイトはやんわりとことわっています。フロイトは第二次世界大戦勃発の1年前に亡くなっています。

ユダヤ教やユダヤ人の参考書として内田樹(たつる)氏の文春新書の『私家版・ユダヤ人文化論』をお勧めします。内田樹氏は私よりちょうど10歳若いいわゆる全共闘世代に属しますが、いまや日本の数少ない第一級の知識人です。私は氏の本を現在までほとんど読んでいますが、最初の出会いは『漱石の時代』を書き始めたころですから、恐らく2003年前後ではないかと思います。そのときの書名は忘れましたが、『レヴィナス愛の現象学』か『「おじさん」的思考』のいずれかです。

その「あとがき」か何かで漱石のまとまったもの書くと言っていたこととプラトンの『饗宴』のことについて述べていることが、池袋芳林堂書店が店じまいすることが一緒になって、内田氏を記憶していることです。

『漱石の時代』は2004年の4月に出版しましたが、僭越ながらその「あとがき」の最後の部分を読んでみます。

一つの書店が閉店することと、書店の文庫・新書の売り場にいた17,8歳の女の子と妖精と知がどのような結びつきがあって、私をかくもセンチメンタルにするのでしょうか。知の黄昏、知の危機、知の誕生……。

するとふとかつて読んだことのある巫女ヂオチマがソクラテスに教えたという次のようなプラトンの『饗宴』の言葉を思いだしました。「知は、もっとも美しいものの一つである。しかもエロースは美しいものに対する恋です。したがって、エロースは必然的に知を愛する者であるが故に、必然的に、知ある者と無知なる者との中間にある者です」

内田氏は、タルムード(モーセの律法)の研究者でいまのリトアニア生れのユダヤ人哲学者エマヌエル・レヴィナスに学んでいますが、そのレヴイナスはフッサールやハイデカーに学んでいます。ちなみにレヴィナスは父・兄弟・親族はナチスによって殺害されています。

内田氏が『私家版・ユダヤ人文化論』の終章で、サルトルとレヴィナスとフロイトの相違と類似をわかりやすく説明しているところは圧巻です。

 

◎ フロイトの心的外傷の二重性理論

さて、フロイトは『モーセと一神教』で次のように語っています。

二つの民族集団の合体と崩壊。すなわち最初の宗教は別の後の宗教に駆逐されながら、後に最初の宗教が姿を現し勝利を得る。すなわち民族の一方の構成部分が心的外傷の原因と認められる体験をしているのに、他の構成部分はこの体験に与(あず)からなかったという事実の必然的結果である。

これがフロイトの「心的外傷の二重性理論」です。私はこのフロイトの「最初の宗教は別の後の宗教に駆逐されながら、後に最初の宗教が姿を現し勝利を得る」という説を、石渡説の「朝鮮半島から渡来した新旧二つの渡来団」に適用しています。

しかし新旧のうちの旧の最初に渡来した加羅系渡来集団が倭国に渡来した時には、倭国がどのような神と宗教をもっていたのかは、ここでは問いません。Xとしておきます。

言えることは、旧の加羅系渡来集団は崇神の霊アマテル神を祀り、新の百済系渡来集団は応神=昆支の霊、八幡神を祀り、大化の改新以降はX+アマテル神+八幡神、すなわち継体系百済王朝のアマテラスが祀られるようになったと考えられることです。

フロイトは「心的外傷」をまた、次のように言い換えています。

心的外傷のすべては五歳までの早期幼年時代に体験される。その体験は通常完全に忘れ去られているが、心的外傷→防衛→潜伏→神経症発生の経過をたどる。人類の生活でも性的・攻撃的な内容の出来事がまず起こり、それは永続的な結果を残すことになったが、とりあえず防衛され忘却され、長い潜伏期間を通してのち、発生すなわち出現する。

晩年のフロイトはそれまでの神経症研究の集大成として、神経症状に似た結果こそ宗教という現象にほかならないという仮説を立てたのです。

確かに難解な説ですが、私自身、神経症にかかったことがありますので、石渡説と合わせると私にとってはよく理解できる説です。この私自身の体験を『天皇象徴の日本と<私>1940-2009』に書いていますので、興味のある方はご覧ください。

誤解を招くかもしれませんが、私は漱石の最初の作品『我輩は猫である』や『坊っちゃん』やトルストイの『幼年時代の思い出』を読むと二人は神経症を経験した作家とみています。ヒトラーの『わが闘争』からもヒトラーが15、6歳ごろに神経症が発生したとみています。実際、ヒトラーと同時代人のトーマス・マンは、ヒトラーを「神経症患者」と断じています。

それではこれら石渡説、井原説、フロイト説を合わせると、具体的にはアマテラスの何がわかるでしょうか。アマテラスに関連した例を幾つか上げますと、伊勢神宮の内宮と外宮、石上神宮の七支刀銘文、『日本書紀』神話の天孫降臨の司令神アマテラスとタカミムスの関係などです。

 

(その2)に続く=

※本記事は、2014年6月17日、書泉グランデにて行われた『アマテラスの正体——伊勢神宮はいつ創られたか』刊行記念トークショーの内容をまとめたものです。