京畿道長湍生まれ。1935年、京城帝大法文学部史学科卒。
1947~1966年、ソウル大学教授。この間、ソウル大学総長職務代理などを務める。
1966年、大邱大学学長。1970~76年、成均館大学教授。
主要著作:『国史大辞典』(責任監修、1974)、『韓国近代化の黎明』(1971)、
『韓国社会思想史論攷』(1980)。 1947年、岡山県生まれ。1971年、早稲田大学文学部卒業・
主要著作:『日本帝国の成立』、『朝鮮韓国近現代史事典』、『韓国を知る事典』。
主要訳書:『朝鮮事情‐朝鮮教会史序論』、『韓国と西洋―フランス思想・文学の
受容とその影響』など。 彩流社 サイリュウシャ まえがき
序 論
1 天主教の伝来と朝鮮
2 朝鮮天主教会の成立と教難
第一篇 大院君執政期の天主教迫害
1 大院君の執政と王室の天主教
2 ロシア人の国境侵犯と丙寅教難(第一次教難)
3 大院君の天主教迫害経過一般と殉教者数
4 ソウル地方で殉教した聖職者と教徒
5 忠清道で殉教した聖職者と教徒
6 リーデル神父らの逃亡生活
7 リーデル神父の朝鮮脱出
8 英米商船の来航と教難
9 フランス艦隊の侵略と教難の激化(第二次教難)
10 一八六六年(丙寅年)の秋と冬間の殉教
11 オッペルトの侵犯と教難(第三次教難)
12 戊辰年間(1868年)の殉教者
13 米国艦隊の侵略と辛未(1871)教難(第四次教難)
14 リーデル主教の再入国と追放
第二篇 済州島における天主教迫害 ―1901年の辛丑教難
1 信教の自由獲得と済州島への伝教
2 政治の紊乱と済州島教難の原因
3 済州教難の発生とその経過一般
4 済州島教難の鎮圧
5 済州島教難の事後処理
6 結言(地方教難の性格)
結 論
あとがき 現在、韓国のキリスト教信者の比率は絶対信者数、人口比率ともにアジアでは
第2のキリスト教国家である。その源流となるキリスト教(天主教)の受容は、
ただ一人の宣教師、神父の伝道もないなかで、朝鮮の先進的な一部の
実学儒教者たちの自発的な「西学」研究によって始まり、それが信仰へと広がる
という世界史上希有の出来事だった。
それは、朝鮮末期の行き詰まる時代──甚だしい階級社会のなかで、生産は滞り、
民乱は多発し、倒壊寸前の政治社会の枠組み──のなかで大院君は上からの改革と
民族的一丸を試みるが、自ずと限度があった。それ故、実学者たちは西学_天主教の
思想に現状を打破する突破口があるのではみたのだが、
弾圧(教難)が待ち構えていたのである。
本書は、その弾圧と抵抗の過程を、近代へと向かおうとする朝鮮の
呻吟の一端を活写し、史上希なキリスト教受容の問いに応える名著。
翻訳が待たれていた画期的な研究書。
タグ: 韓国・朝鮮史