『チャールズ・ホームの日本旅行記』が「目の眼」(11.11月号)、「図書新聞」(11.8.6号)と「日本経済新聞」(11.5.15付)にて書評されました。

2011 年 5 月 16 日 月曜日

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1889(明治22)年、ジャポニスム流行に大きく貢献することになる一人のイギリス人が日本を旅して回った。欧米の芸術界に大きな影響を与えた『ステューディオ』誌の創刊者ホーム。彼の美意識をとおして見る明治期の日本。

「本書は1889年に日本を旅したときに書かれた旅日記である。京都・奈良から東京・横浜まで、各地で見た日本の建築、美術品に対する感激が伝わってくると同時に明治日本の美術界や工芸産業への感想も書かれていて面白い。本書を機にぜひ日本での知名度が高まってほしい。」(「目の眼」11.11月号より)

「ジャポニズムの記述のほかに、4月14日のホームの筆は意外な事実を教えてくれる。『イングランドへ出発する準備をはじめていた領事を訪問する。彼は、領事たちが甚大な苦労をして作り上げた通商記録が母国でまったく注意をはらわれていないと文句を言い、任務の大部分が徒労だと考えていた』。ここでいう『通商記録』とは『イギリス領事館報告』というもので、世界各地にいるイギリス人の経済活動を領事館付の外交官が丹念に調査したものである。当初は日本の製茶、製紙法などのリポート、政治論や日本でのキリスト教の歴史の英訳などがあり、読んで面白い報告書だった。時がすぎ精密ではあるが無味乾燥な内容となり母国の政治家の関心を引かなくなった。それを例証する記述である。」(「図書新聞」11.8.6号より)

「文章のみずみずしさには理由がある。ホームは自ら創刊した雑誌で日本美術を西洋に紹介した美術愛好家でもあり、日本固有の美を積極的に見いだそうとする視線が、旅の根底にあったのだ。まきの束を頭に載せた女性たちを見て「生きた『根付』のよう」と感心し、小さな滝の前に垂れた花咲く枝に、非現実的だと思っていた日本の風景画の必然を理解する。日本美術がいかに自然や生活に密着した中で生まれたかにも言及している。現代の日本人には、日本の美の再発見の書とも読めるだろう。旅の同行者が撮った写真にも多くのページを割いた構成。」(「日本経済新聞」11.5.15付より)

『〈南仏〉の創出』が「朝日新聞【中部本社版】」(11.4.23付)、「岐阜新聞」(11.4.27付)にて紹介されました!!

2011 年 5 月 2 日 月曜日

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南仏は世界文化史上、特権的な場であり続けた。かの地を舞台とした映画・小説・旅行記まで、無数の文化アイテムが生産された。癒しの表象の起源は19世紀後半に遡る。どのような背景から生まれ、展開されてきたのかを辿り、明らかにする試論。

「プロバンス地方を中心とする南フランスが、豊かな自然や食文化、開放的な人々といった魅力により“癒し装置”として現代人の人気を集めている点に注目。フランス文学、西洋文化史、表象文化史が専門の矢橋さんは、既に19世紀後半から小説、演劇、映画などのメディアにこうした伝統が見られると指摘。ドーデーの小説からパニョル、ゲディギャン、ベッケルの映画と続く流れを、社会的背景を踏まえながら、その対極的存在である「国民文学」との関係も交えて論じている。」(「岐阜新聞」11.4.27付より)

「戦争やグローバル化など「国民統合」へと向かう時期に、「南仏」芸術が逃避や抵抗の願望を吸収してきたという指摘が興味深い。それゆえ「南仏」は極東人をも魅了してやまないのだろうか。」(「朝日新聞【中部本社版】」11.4.23付より)