革命の革命
2010 年 7 月 23 日 金曜日発刊によせて
守田典彦さんの原点──「反戦学同の結成」から革命運動へ 時代状況の中で………………山中 明
守田典彦さんの実践──戦後学生運動の高揚期に…………………………………………………山中 明
第Ⅰ部 六〇年安保反対闘争とブント
1 六〇年安保闘争とブント——出会いと変革
2 社会進歩をめざして駆けぬけた青春像——九大もう一つの軌跡
3 ある共産党員の自己省察
4 安保闘争と革命党の建設——「福岡ブントの方針」
一、情勢はブルジョアジーの勝利の過程として進行しつつある
二、安保反対闘争の中で、階級的意識を高め階級的団結の強化を
三、革命的共産主義党を建設せよ
5 同盟の革命的再生と統一のために
一、安保闘争の敗北と人民闘争の危機
二、同盟の分解の進行
三、無内容な大会議案と空論の応酬
四、同盟の革命的再生を
6 前衛党論覚え書──革命的プロレタリアートについて
一、戦旗派の意味
二、客観主義に反対する
三、 革命的プロレタリアの形成
四、プロレタリアートの自覚的部分の組織的結集体としての党
7 階級闘争とプロレタリア党の論理
——自らの革命的止揚と革命的マルクス主義者の原則的統一のために
一、破産した同盟の革命的解体と革命的止揚
二、破産した同盟と戦旗派
三、同族意識を捨てよ
四、真正ブント反対!
8 同志Yへの手紙──レーニン的組織原則とは何か
第Ⅱ部 革命の革命──資本論に基づくマルクス主義の再生
「革命」の革命──まえがき………………………………………………………………A・H
1 革命の革命(一)
一、新左翼はスターリン主義を超えたか?
二、黒田哲学・宇野経済学と資本論
三、弁証法をどう理解するか?
四、マルクスの弁証法とヘーゲルの弁証法の本質的な相違
五、対立物の統一としての労働者
六、プロレタリアートと弁証法
七、レーニンの「外部注入論」批判
八、自然発生性こそが革命の根拠
九、革命家の氾濫と未党派の立場
2 革命の革命(二)
一、既成左翼・新左翼と革命
二、プロレタリア革命と弁証法的思惟形態
三、幻想的革命性から現実的革命性へ──党組織論にふれて
四、あとがき 177
3 スターリン主義は近代主義である
4 スターリン主義の超克とエンゲルス
5 社会主義と市場の止揚
第Ⅲ部 ソ連崩壊後の世界革命と共産主義
1 「社会主義」と東欧諸国の激動について
2 ソ連・東欧「社会主義」の崩壊の必然性
3 有事法制粉砕!
4 日本帝国主義打倒!
5 二重権力とプロレタリア独裁の樹立
6 村岡氏の「幻想的社会主義」を批判する
第Ⅳ部 遺伝子組み換え食品による人類滅亡の危機に警鐘を鳴らす
1 人類と自然の死滅か社会変革か——遺伝子組み換え作物は生態系を破壊する
2 大豆畑トラスト運動開始
3 遺伝子組み換え作物に反対する闘いを資本制社会転覆のための一環に
4 コーデックス委員会報告
5 遺伝子組み換え作物の国内作付試験に反対する
6 遺伝子組み換え作物反対の闘いを社会変革の闘いへ
7 遺伝子組み換えは自然生態系の撹乱──人間生存の危機
8 バイオ燃料の生産と人類史の終焉
附 資料
1 戦後「学生運動」年表
2 守田典彦論文目録
3 守田典彦略歴
あとがき…………………………………………………………………………………………………佐藤秋雄 発刊に寄せて 守田典彦
一昨年(〇八年)十一月、頸椎症の治療でリハビリに通っていた整形外科のクリニックの医師に、がんの疑いがあるのでMRIの撮影をしてくるように言われて、そのフィルムを持って十二月二十六日(だったと思うが)武蔵野赤十字病院に行った。そこで、咽喉の右側が「中咽頭がん」であるとの診断で、「すぐに手術か放射線のどちらにするか決めるよう」に言われたのだが、私としては「手術・放射線・抗がん剤」の常識的治療には反対であった。「少し考える時間が欲しい」と言ったら「そんな時間の余裕はない。がん四期中三期目の終わりで、進行中なのですぐに決めないとまずい。放射線ならうちでやるが、手術ならば他の病院に行くように」と言われて、手術を断わるつもりで杏林大学病院(二〇〇九年一月六日)に行った。
いろいろあって、手術は無理だから日赤で放射線治療をやるようにということで、日赤に行って「断食中で、断食を続けてこれで治療したい」と言ったら反対されたが、とにかく「仕方がないから、様子をみよう」ということになった。というのは、首の左後側部にあったかなりひどい腫瘍が断食のせいか、小さくなった結果だったからである。
どうも十二月の診断の折、翌年(昨〇九年)の桜の花の頃が危いということだったらしく、そのとき病院に付き添ってくれた、佐藤、木根、嶋田君らと或る労働組合の活動家であるN君、U君らが、私の余命が短いかも知れぬというので、怠け者の私の数少ない、拙い一九五八年頃からの論文を集めて論文集の発刊を計画してくれたのが、この論文集ではないかと思う。
ところが、二週間の断食を二度やって、がんの進行は止まり、今年一月に三度目の二週間断食をやって病状はかなり良くなったらしく、最初の頃は一月一回の診察が、昨年八月以降三カ月に一度(今年二月診察の後は五月)ということになったので、死後発刊の筈の論文集が、生きているうちに出ることになってしまったという次第で、恥をかくことになった。だがこの論文集は、佐藤秋雄君をはじめとする多くの同志諸君の援助によって、編集については数少なく拙ないものを北山峻・志摩玲介君の大変な努力の結果、とにかくこのような形でまとめていただき、発刊していただけることは感謝する以外にはない。
スターリン主義批判を通してマルクスの思想と理論を追究する過程で、伝統的正統マルクス主義がマルクスの思想と理論とは、違っているのではないかということが徐々に明らかとなり、非常にはっきりしてきたように思われる。マルクス死後、『資本論』の二巻、三巻のマルクスの原稿をまとめて発刊したエンゲルスは、マルクス主義の唯一の解説者として自他ともに認め、エンゲルスの解釈が正統マルクス主義と考えられてきた。長い間、マルクス=エンゲルスと考えられ、俗流化したことはあっても基本的にマルクスの思想と理論は正しく伝えられていると考えられてきた。しかし、マルクスの基本的概念を正しく捉えきれていないと考えざるを得ないのである。決定的な点で、マルクスと違う展開があり、とくにマルクスのマルクス主義は、『経済学・哲学草稿』(以下、『経哲草稿』)の疎外の概念的展開としてあり、人間の普遍的解放を実現し得る思想と理論としてあると思われるが、エンゲルスの展開には、『経哲草稿』は前提されておらず、また誤って展開されている点が眼につく。そういう意味では、エンゲルスが考えている以上の基本的な点での違いがあると思われる。社会システムの疎外論的矛盾の概念的展開を前提しないでは、ブルジョア社会批判とその止揚の論理展開が非現実化するのではないかと思われる。
その意味では、伝統的正統マルクス主義は、マルクス主義ではなく、エンゲルス主義でしかないと言えるのではないか。
北山君には序文をと言われたが、頸椎症のせいか頭が重く、腕が疲れやすいこともあって、小金井で始めた学習会一回目の『経哲草稿』の問題提起を大賀英二君がまとめてくれたので、以下に、極めて不充分だがそのまま入れることにした。(以下、略)
守田典彦は通称を森田、福島(F)、筆名を青山到、三浦悠司として1948年以降62年間の政治生活を送っている。
2010年正月から新たに三多摩地域で『経済学・哲学草稿』の研究会を立ち上げているばかりか、地域での街頭・駅頭でのチラシ配布にさえ参加する活動家である。(中略)
青山到がこの間蓄積して来た思想は、かつての革共同、ブントともに受け入れないであろうが、同時にそれは青山到自身において「新左翼」を日本革命的共産主義者同盟と共産主義者同盟だとするとき、この両派とも一線を画した青山到は、ある意味では「新左翼」の異端者である。(「あとがき」より) 戦後の学生運動から新左翼の革命運動へ―
60年安保闘争の高揚と敗北の中で露呈した
“革命思想の貧困”と運動の限界を超えるために!





