書店をたずねて三千里

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今日17時からだったが・・・

2014 年 5 月 19 日 月曜日

アジア府中店フェアの設営が、17時~だったものの、行けず。イケズ男(お?)、というわけで

自分だけではなく、明石書店さん、現代書館さんも、様々な事情で、いけず?!

なので「まあええ」と中年おばさん法(ノリ)の指四つ打ち(テクノな)、表面でない裏面の、

リズム(拍子)とも言えないリズム(名付(根付)けられない他が多を引受し得る可能性

の追求≒位相が違って同じ…という矛盾だけど(ネガティブだけど)、どっちを選んでも

後悔≒公開という、微妙な色合いにおける損得霞むその瞬間の決断(選択)次第(私大?))

・・・つまり「無意味音」が根源(外傷)的なのに、なるべく見ない事が人間らしさ(無かつ有音)

という強引まとめの目的を忘却、即切断、他/倫理に賭け、選択の地味な引き受けが、

想ったより真っ当という、いい感じを書店員さん、求めておられるものの、まるで応える

能力無く、「キリストになって当たり前なのに」なぜか皆さん腰砕け(灰野さん)という

感じ能力無から「感じてみること」を「まぼろしを剥ぎ接ぎ・・・という内的苦しい一回転どころか

二回転で、いくら回っても、外(美)の幻影を、通り過がりが縋り、残ってしまうという方法の

間違いを、方法的正しさに則り、共通項という起点(機転)さえつかめれば、

廻らないよりは意志的(石的)に廻るほうが、内的に伸展(芯転)の可能性もあるかも」、

ムリヤリ、ジョイス調をでっち上げて診ましたが・・・もう遅いので、今日は、どれがいいのか

、高校ぐらいでデラックスというバンドの人がラジオでかけて、カセットで取り、

なんども聞いて享受≒固着した無思考まみれのこんな曲(玉崎)。

 

 

ホテル・カリフォルニア

2014 年 5 月 16 日 金曜日

昨年の11月、書店や版元や取次ぎの人達が中心となって開催されたライブイベント「ブックンロール(ブックなし)」というイベントに、亜紀書房のS氏(ボーカル)、長崎出版(当時)のY氏(キーボード)、新文化のT氏(ベース)、ゴマブックスのY氏(ドラム)とPANDA音楽隊というバンドを組み、私はこのバンドのリードギターとして出演しました。
それで、このイベントで対バンをさせていただいたThe”B”Nutsという福島のみどり書房と神保町の東京堂書店の書店員さんがメンバーのバンドがあったのですが、たまたま最近、東京堂書店さんでトークライブを企画しようとして新しい店長さんに連絡を取ったところ、その新しい店長さんのKさんが、このThe”B”NutsのギタリストをやっていたKさんということが分かり、思わず「おお~今後は普通ちょっとハードルが高い店長さんにも会いやすくなって営業しやすくなる~」と一人うれしくなってしまいました(営業活動に利用すんなよって)。

やっぱりオヤジになっても、「ロックを愛する」という共通項があれば、いっきに仲良くなれてしまうものであります。営業の仕事にも結構使えますね(笑)。そんな私、いまでこそ版元営業という仕事をしていますが、何を隠そう私の最終学歴は、出版業界ではちょっと変り種の、音楽の専門学校「ミューズ音楽院」(人気バンド、B’zのギタリストの松本孝弘が卒業生で有名)のロックギター専攻中退です(松本が卒業生ということと自分は関係ないし、中退なんで、全然自慢にならんが・・・)。

まあ、それはさておき、私がギターにはまりだしたのは、姉が買って、ちょっと弾いた後に放り投げたままになっていたクラシックギターを、時々爪弾いて『禁じられた遊び』を覚えることから始まりましたが、その後、弾き語りにはまって長渕剛にはまり、中島みゆきにはまり、そして当時深夜に放送していた「ベストヒットUSA」を観てから、ついに洋楽の世界にはまっていくことになったわけです。

「ベストヒットUSA」では、時々70年代のライブ映像を流したりして、私は中でも、ニール・ヤングの1976年の武道館でのライブ、それとイーグルスのこれもたぶん70年代の『ホテル・カリフォルニア』のライブ映像の虜になり、VHSに録画した映像をたぶん100回以上は観たと思います。

このライブ映像は結構有名で他でもよく放送されてきましたが、曲も切なくていいし、ボーカルのドン・ヘンリーがドラムでボーカルというめずらしいバンドで、ドラムを叩きながら歌う姿もカッコよいのですが、なんといっても(この映像では4:02から始まる)長いギターソロが、とにかく涎もので、たまりませんでした。ジョー・ウォルシュとドン・フェルダーの掛け合いは、まるでギターで歌うかのように、泣くかのように、本当に耳に残るギターソロでした。当時高校生だった私は、さっそくイーグルスのバンドスコアを購入し、このイーグルスの『ホテル・カリフォルニア』の最後のこのギターソロの部分だけをひたすらコピーしまくる毎日でした。

そんなわけで、ロック・ギタリストの音と神技に魅せられた若者は日本に当時も今もたくさんいると思いますが、その中でもちょっと異常と思えるほどはまってしまった男、LPレコードを自宅に10万枚以上(いまでは数えられないとのこと)所蔵している音楽評論家のかまち潤氏に書き下ろしてもらった、久しぶりに私が企画編集をしたロック・ギタリストのウンチク本がついに刊行されます。

題して『ロック・ギタリストまるかじり』

本書を読めば、有名どころだけでなく、一般的には無名でも、いぶし銀のギタープレイを聴かせてくれる隠れたロック・ギタリストの名手まで知ることができます。ロック・ギタリストファンのあなたにも必ずあらたな発見があることでしょう!!
乞うご期待!!

ロック・ギタリストまるかじり
かまち 潤 著
A5判 / 208ページ / 並製
定価: 2000円 + 税
ISBN978-4-7791-1981-1 C0073
奥付の初版発行年月:2014年05月 / 書店発売日:2014年05月23日

 

おおい、おおい・・・

2014 年 5 月 9 日 金曜日

今日は、夕方から立川のオリオン書房ノルテ店に、アジアの本の会フェアのための

設営に行くのですが、 (続きを読む…)

実は盛り上がっているカナダ

2014 年 5 月 7 日 水曜日

みなさんお気づきでしょうか?
実は最近カナダ関係が盛り上がっているんです!!

昨年のノーベル文学賞は、カナダの作家、アリス・マンローが受賞したのは記憶に新しいと思います。
いままでもマンローの作品で売れていた本はいくつかありましたが、日本ではまだまだ地味に売れていたマンローの本が、ノーベル賞受賞後、既刊本を含めてジワジワと売れ続けて、重版を重ねているそうです。小社でも、マンローの企画を準備中です。乞うご期待!!

そして、カナダといえば、『赤毛のアン』ですが、アンの翻訳家として有名な村岡花子の生涯を、今NHKの朝ドラ『花子とアン』で放送中です。
この朝ドラにタイミングをあわせ、小社でも赤毛のアン関連の本がいよいよ刊行されます!!
題して、『快読「赤毛のアン」』! あらすじをたどるだけでは分からない原作の面白さを、児童文学専門の著者が、章ごとにポイントとウンチクを徹底解説します。
5/16前後に全国書店にて発売します!!

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そしてそして、今度はカナダの著名作家、キャサリン・ゴヴィエ氏が、浮世絵師・北斎の娘、応為(おうい)こと葛飾お栄の謎に包まれた生涯を描き出す!歴史フィクション!!『北斎と応為』(仮題)が6月上旬に小社から刊行が決まりました!!
「美人画では娘に敵わない」と北斎をして言わしめた実在の娘・お栄(画号は応為)。緻密な描写、すぐれた色彩と陰影表現を得意とし、父と共作するだけでなく、代作もしていた!歴史の闇に消えていった「もうひとりの北斎」を、綿密な調査と豊かな想像力で描き出した歴史フィクションとなっております。
刊行に合わせて、著者来日イベントを6/11 カナダ大使館にて開催することも決定!
なんとその来日イベントでゴヴィエ氏と対談する相手にベストセラー作家の浅田次郎氏(『鉄道員(ぽっぽや)』『蒼穹の昴』など)が決定!
他にも「ボストン美術館名品展 北斎」(巡回中)に「三曲合奏図」出品や、杉浦日向子『百日紅』(応為が主人公)が映画化(2015 年公開予定)されることも決まりました。
女絵師・葛飾応為への注目が高まっています!
加えて、なんと装丁は『ソフィーの世界』、『キャッチャー・イン・ザ・ライ』、『極北』などを手がけた坂川栄治氏です!

さらにさらに、今度は映画の話ですが、カナダの映画監督で、2010年に『灼熱の魂』という映画でアカデミー賞外国語映画賞に本選ノミネートされたこともある知る人ぞ知る映画監督ドゥニ・ヴィルヌーヴが、小社から刊行されているポルトガルのノーベル賞作家のジョゼ・サラマーゴの『複製された男』を映画化!!
日本でも7/15から全国ロードショーされることなりました!!

映画『複製された男』公式サイト→http://fukusei-movie.com/

↓小社の原作本もぜひ!!クリックすると内容詳細が見れます!!

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今、カナダが熱い!!

【文責・春日俊一】

 

 

心惹かれる遊牧の民のうた

2014 年 4 月 30 日 水曜日

5月の連休中、4、5日に光が丘公園ケヤキ広場での「ハワリンバヤル2014」開催される。

在日モンゴル留学生会が主催の日本最大のモンゴルフェスティバル。二日間で例年5万人の参加がある、とのこと。大草原のモンゴルの民が遊牧生活で培ってきた生活・文化のいくつかに触れることができる。5月刊のモンゴル口承民話『ナンツォンクの馬』、『ばかな狼』は、モンゴルの切り絵作家サンダグドルジの至芸的作品で綴られている。あの雄大な自然に馬頭琴の音調で聴く古老の口承譚には、猛々しさと物悲しい詩情を漂わせたモンゴルの民の心情が表されている、ことだろう。角界で活躍する力士や、アーチスト、政財界人などが日本の地・人に触れ合っている。日本語学校での学生は、かつて韓国人、中国人が大半を占めていたが、3.11以降には韓国人が激減し、中国人にロシア、ネパール、エジプトにモンゴル人学生などが多くなって来たという。ユーカラにも通じる叙事詩が、これらモンゴル口承譚にもあるものと思う。(力丸@)

またまた、あまり関係ない話ですが…

2014 年 4 月 29 日 火曜日

書店がらみのお話、一応先週も若干、書店さまお邪魔したので書けないことも

無いのですが、あまり書く気がしないため、また金曜の見本出し分を読んで見ます。

今や誰が読むのか皆目検討もつかないD.H.ローレンスをアメリカ人?が論じた本の

翻訳(「ニューメキシコのD.H.ロレンス」」 (続きを読む…)

西武新宿線

2014 年 4 月 25 日 金曜日

このたび小社から刊行された『西武新宿線 街と駅の1世紀』を読むと様々な記憶がよみがえる…。

西武新宿線は私にとって、とても思い出深い路線のひとつだ。

西武新宿線の高田馬場から8駅目にある下井草という駅のすぐ近くで、ほんの1年半ほど一人暮らしをしたことがある。
駅から歩いて5分ぐらいのワンルームのアパート。当時フリーターだった自分にとってはかなり高い6万8千円の家賃。バイト代の半分は家賃で消えていく生活。
アパートは線路のすぐ側に建っていて、列車が通るたびに、電話の話しができないぐらいの轟音と地響きがした。時々いきなり警笛を鳴らす列車もいて、あまりの音の大きさにドキッとさせられることもあった。
終電が終わったあと、ひっそりと急にあたりは静まり返る。早朝は始発列車が通り過ぎる音で目を覚ました。

そんなある夜、確か夜中の午前2時頃だったと記憶している。もうとっくに終電も終わり、始発までもまだかなり時間がある真夜中に、驚いたことに電車が走ってくる音と地響きがしてきたのだった。一瞬夢かと思ったが、確かに自分は目覚めている。飛び起きて窓を開けた。そこには確かに黒っぽい列車がアパートの目の前の線路を走っている姿があった。まるでそれは子供の頃、銀河鉄道999で観た幽霊列車のようだった。

夢のように一瞬の出来事だったが、今冷静に考えると、たぶん何か緊急の工事のための列車か、貨物列車か、その手の列車だったかもしれないが、あの夜の不思議な光景が今も忘れられない…。

【文責 春日俊一】

分野に特化した書店営業か

2014 年 4 月 21 日 月曜日

5月刊行の『ロシアを動かした秘密結社』(植田樹)が、ロシアを動かしているのはフリーメイスンだ、との切り口で興味ある内容になっている。中国の幇・黒社会を歴史的背景から記述したものは、東洋史研究者・酒井忠夫氏が出している。社会を動かす表社会と、ある種インターナショナルで国の枠を超えて動く「裏=闇社会」があり、「秘密結社」として現実味を帯びてくる。「秘密」は見えない部分が強い結社的繫がりと規律で成り立ち、その存在を意識化させる。探偵推理小説の世界にも、その秘密性が強いほど、惹かれるものが強いといえる。人の闇は世の闇。視点を自然社会に向けても、宇宙の闇は計り知れず厳然としてある。ミクロの原子、分子の世界にも、ある。大型化する書店の中で、潰れる本屋さんは多く、街の本屋がコンビにショッピングセンターに取って替わられた。ネット検索で調べ、調達し手に入れられる時代になっている。その網に絡められないものが、人文、自然科学にあり、地道な調査・研究が続けられている。それら2030年坦々と続く研究。決して闇ではない「仕事」をまとめる本造り、本屋さんは、特化した中で表社会に光を放つものである。(力丸@)

さて、何を書きませう

2014 年 4 月 19 日 土曜日

帰りたくなったところで、当番ですので、何か書かねばなりません。

今日は、どんな曲がいいか探しているところです。

来週の月曜日が、三島由紀夫評論 の見本出しですので、その紹介

でもして、かつてアメリカとの距離と関係性で懊悩し、20年後には、

むしろアメリカよりアメリカらしくなった日本を逆輸入して、

強迫核=ハードコア バンドで、やりきれなく息切れしていた

幼少時に耐え難い性虐待を受け、やり過ごすために、スクール

時代は、薬で心を麻痺させて生きてきたというの紹介をして見ましょう。

両者とも『「男道」を貫いた』と、見る人の都合=科学に合わせて、

デッチアゲ認識を、感動(ロマン)とともに、構造的前提としての

誤認に、もっとも崇高な正認を見る「男派閥=共同体」を

作らさせれてしまったお二人という感じです。

この「男」=「女々しさ」と同義であるところを、音楽=文学雑誌の1992?の

皆さんは「男の中の男」などど、自分だけが信じたいのに、他の人も

そうだ、と断定=でっちあげ人生を生き、もっともロリンズさんの方が、

時代が進んだ分、より「実質=現実」に近い認識に進んだ気がしますが、

結局、誠実にしかしやはり不誠実にならざる得ない、苦しさ=逃げを

感じる、痛ましいところですが、小社新刊から引用してみます。

「・・・そこで重一郎は、「人間どもの想像力」を利用して、「水爆戦争後

地球」を眺めさせ、「おそろしい無機的な恒久平和」を、「現在の心の

瞬間的な陶酔の裡に味ははせてや」ろうとする。こうした重一郎の

行為は、アメリカのように具体的な「平和」のイメージを生活上で

もたない「日本」においては、「人類の滅亡」というヴィジョンに対する

想像力のみが、「平和」に繋がる唯一な道であるという確信の上で

成り立っているのである・・・」という、より醒めた認識に至りたければ、

故意に、最悪の状況に自らを置き、その一切と対峙しなければならぬ、

という方法なのか、いずれにしても、またまた帰りたくなってきたので、

引用も不適切な文との関係になっておりますが、今日はこの辺で・・・

いや、もう一言、上記の音楽雑誌では、ブルースラパポートだが

なんだかの欧米人だけが、「男バイアス」無く、ヘンリー・ロリンズの詩

が、とても現実を見据えていてクールで素晴らしい、と、日本の

評論家がサウンド評価だけだったところ、歌い手の内面まで評価

していたのが、印象に残っていたもので、いつか採り上げようとは

思っていて、今回、不十分にも取り上げたわけでした。

では、その曲で・・・(玉崎)

 

本と出合う(その1)

2014 年 4 月 16 日 水曜日

昔、私が書店で働いていた頃の話ですが、その某チェーン店には、「特選図書」という出版社から返品無しの買切りで仕入れ、その代わり正味(仕入の掛け率)が高い商品が時々入荷することがありました。

この「特選図書」、名前こそいいのですが、基本的に書店に入荷する本は、一部の買切りのみの出版社(返品を受け付けない出版社)を除いて、一定期間(版元によっては無期限)の間店頭に並べ、売れなければ返品をすることができる「委託商品」がほとんどなので、買切りのこの「特選図書」は意地でも売らないといけない、正味も高いし、なんとか売りたい、ということで、とてもプレッシャーを感じつつ販売していた記憶があります。

その頃、まだ駆け出しのペーペーの書店員だった私は、どうやったら売り切ることができるのかを、この買切り商品の「特選図書」を売る時に、初めて真剣に考え始めました(まあ本当は全ての本について真剣に考えないといけないのですが、小さい書店でも店頭には数万冊の本があるので、すべての商品に気を配るのは不可能です)。

ということでいろいろと試したみました。

新刊台の近くの平台に置いてみる→でもなぜか売れない。
売れ筋の本の隣に置いてみる→でもなぜか売れない。
POPを付ける→それでも売れない。

ということで、どうやっても売れないなあ、なんでだろう? と、悩んでいたところ、最後の陳列した、店の後ろの入口入ってすぐの趣味系の雑誌の近くの特設台に置いてみたら、急に売れ始め一週間で2冊ほど売れた、という出来事がありました。

そのやっと売れた本の内容なんですが、30歳代の男性が読むような内容だったので、趣味系の雑誌を見る目的で入口から入ってきて、雑誌だけ見て帰ることが多いお客さんが、近くの特設台にあった、その本がたまたま目に入って買っていった。たぶんそうなんじゃないかな?と自分では当時思ったわけです(その本を買った2人のお客さんに直接確認したわけではないので確信はもてませんが…)。

本は書店の平台であっても、陳列する場所で、その本に出会うべき(かどうかは分かりません)人に見つけてもらえない。
まあ書店員として当たり前のことかもしれませんが、この時の経験は今でもよく覚えています。

今の私は出版社の営業マンなので、今度は書店さんに、営業をかける本がどこで売れるのかを提案できなければいけない立場になりました。
日々営業トークの内容、提案する棚の場所について、考え悩むることばかりですが、うまくいって売れた時は本当に嬉しいものです。

【文責 春日俊一】