書店をたずねて三千里

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恐いもの、凄みの無の受けたあとは幽か

2014 年 7 月 4 日 金曜日

当番ということで、それで??(Et alors?)と疑念を持たれること必至な書き出しですが、

もう飲みがちょっと入っているので、今日やろうかという予定だった月曜締切り、とりあえず

月曜中で、今日はもう却下!と雑に決めたので、割と「これで帰れる」様相なところです。 (続きを読む…)

ブックス高田馬場

2014 年 7 月 2 日 水曜日

高田馬場の街の本屋さん、ブックス高田馬場が閉店した。また個性的な街の本屋さんがひとつ消えた……寂しい……。

店長さんとは、10年ぐらい前に、初めてこの書店を訪問営業した時に会ったのが最初で、その後は、滅多に昼は店にいなかったので、確かトータルでも二、三度ぐらいしか直接会ったことがないとは思うが、毎年彩流社の常備を更新してくれて、その更新の時だけ、年1回電話でやりとりをしていた。

そんなことで、たったの二、三度しか直接お会いしていないが、店長さんのことはとてもよく印象に残っている。初めてお会いした日はいろいろと長く話した記憶がある。決して大きくはない店内に、彩流社の連合赤軍関連や紀行エッセイの本を毎年20冊近くは常備していただいていたので、なぜ正直こんな裏通りの小さな街の本屋さんに彩流社の渋くてニッチな本が並んでいるのか不思議だったから、いろいろ質問したような気がする。その常備が、5年ぐらい前までは、結構な点数が1〜2回転はしていて、昨今業界全体で常備の回転率が平均1回を切ったといわれていますが、ブックス高田馬場の常備はちゃんと機能していたから驚きだった。立地が良くない小さな街の書店でも、ちゃんと粘り強く売ってくれれば、(当時渋い本ばかり出していた彩流社の本も)着実に売れる、ということを教えてくれた書店であり店長さんだった。

店長さんとは、初めて訪問した日に、初対面にも関わらず、店内だけでは話が尽きず、店の外へ出て近くにある喫茶店ルノアールに場所を移して計3時間近く、いろんなことを話した。確か元は書店員ではなく、図書館だったか取次だったかで、何十年の業界の大ベテランで大先輩だった店長さんから、当時まだまだ若輩者だった私はいろいろと教えてもらった。

効率化が進み、街の書店は次々と消え(高田馬場は、ついに東口は芳林堂書店を残すのみとなった)、書店が電話で版元に注文することも激減し、ネットを駆使して直接言葉を交わさず奇麗にスムーズに注文される時代になった。読者も誰にも会わず、効率的に欲しい本がすぐに見つかって、買ったらすぐに届く、Amazonがよく利用されるようになった。常備は年々回転率が減り、常備をやめる版元や、取らない書店が増えていった。すべて効率化で様々なことが綺麗にスムーズに動くようになった。

そして……残ったものは…。

効率化で消えて行く出会い、書店員と版元営業、読者と書店員、それらすべてがネットに集約されてしまう未来が来るとしたら、そんな時代は来てほしくないと思うのは私だけだろうか……。

「人生は出会いだ」と寺山修司は言っていたけど、「仕事は出会いだ」と私は言いたい。

【文責 春日俊一】

倉庫から蒼古的に筝個だといいものでしょうが

2014 年 6 月 25 日 水曜日

今日は、また倉庫でした。

都内は、雨警報だなんだでしたが、埼玉狭山では、そこそこ晴れ、大月近辺で、ようやく雨で

少し涼しく台車で行ったり来たり出来ました。 (続きを読む…)

書店員から版元営業に転職

2014 年 6 月 23 日 月曜日

タイトルのような方が、最近我々出版業界では増えているように最近感じる。

何を隠そう私もそうで、昨年入社した同じ小社営業部のYもそうなのだが、他の版元の営業マンでも実は「元書店員」という方に最近よく出会う。

そして、だいたいその元書店員の書店員時代の仕事に対する姿勢に、共通していることがあることに私は気付いた。
その二点とは、決して書店の仕事が嫌いで辞めたわけではない、ということと、接客が好きだったということ、この二点だ。

書店員を辞めた理由は人それぞれだと思うので、あえてここでは書かないが、書店員の仕事を辞めて、何が一番日々物足りなく感じることかというと、書店員をやっていたころは毎日「ありがとうございました」とお客様に向かって心からお礼の言葉を、大きな声で発していたということが、今は無くなってしまったことだということに、辞めてしばらく経ってから私は気付いた。本当に接客が好きだったのだ。まあたまに、とても意地の悪いお客様から嫌な目にあわされることはあったけど、それは僅かで、ほとんどのお客様はいい人が多かったと思う。あと書店員の喜びといえば、刷り上がって間もない、あらゆる版元のあらゆるジャンルの本を最初に目にすることができることぐらいだろうか。

「え〜そんな心からお礼の言葉なんて、書店員が言ってるの?」などと懐疑的に思う人もいるかもしれないが、私の知り合いの元書店員の版元営業に訊くと、だいたい同じような答えが返ってくる。自分が並べた本を買ってくれたお客様には自然と心から「ありがとうございます」という言葉が出てきたものだ。自分が愛する本達を、同じく愛するお客様が店頭に訪れて、本を選んで買って行ってくれることが本当に、素直に嬉しかったから。ただそれだけのことだと思う。

でも、そんな風に素直に見ず知らずの他人に、心から「ありがとうございます」と毎日何十回も言葉を発する機会は、書店員を辞めた今はほとんどないと思う。他の小売業もそうかもしれないが、小売業の良さってそういうところにあるのかもしれない。

今は出版社で営業をしている私が感謝の言葉を発する時は、書店に営業で訪問して、書店員の方に、積極的に注文をいただいた時だろうか。それは、あくまで「積極的」であって、「無理矢理」とか「しぶしぶ」とか、「惰性でなんとなく番線捺しちゃった」とかではなく、「この本ならお客さんが買ってくれるかもしれないから注文したい」とか、「これは面白そうだから売りたい!自分も買いたいと思うし!」とか、そんなふうに書店員が思ってくれる本を提案営業できて注文が出た時に心から「ありがとうございます」と書店員に言える時だ。

その一瞬の喜びを追い求めて積み重ね、前に進むための力としている、版元営業42歳口べた営業マンの、苦悩と喜びの繰り返しの日々は、まだまだ続く。

【文責 春日俊一】

 

 

伝える表わし方が複製だとまずいので、歯抜けでも本性現存の方が・・・

2014 年 6 月 16 日 月曜日

またまた当番がやってきました、先週も書店行ってみましたが、日比谷シャンテ前の

八重洲BC日比谷シャンテ店さん(三省堂有楽町店の超有名書店員さんに教えて

もらい)では、大規模フェアなどご担当のK店長が忙不在でしたが、その後、 (続きを読む…)

『赤毛のアン』の思い出

2014 年 6 月 13 日 金曜日

NHKの朝の連ドラで『赤毛のアン』を翻訳した村岡花子の生涯を描いた『花子とアン』が放送されていますが、この連ドラに合わせ、小社から『快読『赤毛のアン』』という、原作の面白さを、児童文学専門の著者が、章ごとにポイントとウンチクを徹底解説する新刊を発売しました!!
ぜひ興味のある方は今大手書店に設けられた『赤毛のアン』フェアコーナーとかで平積みになっているのでチェックしてみたください。

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三省堂神保町本店の『赤毛のアン』フェア台

『赤毛のアン』といえば、昭和46年生まれの私が思い出すのは、やはり「世界名作劇場」で昭和54年に放送されていたアニメの『赤毛のアン』です。特に今でも印象に残っているシーンは、アンの赤毛をクラスメイトのギルバートから揶揄われて「にんじん」と言われたことに激怒し、石板をギルバートの頭に振り下ろして割るシーンですね。後にアンはこのギルバートと結婚するんですけど、第一印象が悪くても、こういうことってありますね。私も親友と呼べる人間は意外と第一印象が悪かった人がいたりします。なので第一印象で人間を判断するのは、なるべく避けたいと思ってきました(まあ私の生き方の話などどうでもいいことですが)。

「世界名作劇場」は、『赤毛のアン』のあとマーク・トウェインの『トム・ソーヤの冒険』を放送しましたが、これもよく観ていたので、いまでもよく覚えていますが、最近知ったのですが、村岡花子が初めて翻訳した本は、マーク・トウェインの『王子と乞食』だったんですね。なんとこの小説は小社からも翻訳本が出ています(村岡花子の訳ではありません。念のため)。

あと『赤毛のアン』で思い出すのは、村岡花子が翻訳した『赤毛のアン』の文庫本が、私の二歳上の姉の書棚に並んでいたこと。そういえばアニメの『赤毛のアン』も姉が好きで観ていたのを、弟の私も一緒に観て好きになったような気がします。他に思い出すのは、私は当時小学校一年か二年ぐらいでしたが、よく姉の本棚から、姉の本や少女マンガを借りて読んでいました。少女マンガといっても当時姉が持っていたのはフランス革命を舞台にした『ベルサイユのばら』とか日本の大正時代を舞台にした『はいからさんが通る』や、ムー大陸から邪馬台国、ナチス・ドイツへと舞台が移って行く『海のオーロラ』とかで、どの本もちゃんと歴史を扱っていたので、結構歴史の勉強にもなったりしましたし、歴史に興味を持つきっかけになったような気もしますね。
当時のマンガ本って、そういう意味でも子供にとって大きな存在だったんですね。歴史や文学への興味のきっかけになっていた時代が確かにありました。これからもそういうマンガがどんどん出てきてほしいですね。そういう意味では、ローマの温泉を描いた『テルマエロマエ』は本当に面白かったと思います。

【文責 春日俊一】

 

 

雨激し今、履下・かくめい??

2014 年 6 月 6 日 金曜日

しかしながら、核命(捨て)な、経験しもしない不可能な現実を「書いて」何か

となったつもりになるのも過剰自愛でた浮いて解釈、まだ読んでないが、書店さん

特設フェア展開「いちえふ」、受け止めることなく、書き出しとなりますが、

「これまで筆者は、水戸街道沿いにある「東向島駅入口」と・・・れた信号の

ある角から左に曲がって、横道に入ったと考えていた。しかし・・・それが

誤りであることに気が付いた・・・」・・・「だから・・・進路選択においては

「やりたい」ことがあるよりも、「できる」ことのある方が・・・」「・・・こういう現状を

見たら・・・致死量の被爆をすると考えるべきであろう。しかし、迷路のような

原子炉建屋内に居る人には、即刻非難は至難である・・・」「・・・親父の勢いと

きたら・・・歩けないくせに逃げようとして。どんなことでも聞いてやるよ。何も

おかしいことなんかない。狂ってるだけさ。だからこの私も狂ってんの・・・」

「・・・実際、今日までの台湾は、あまりに蕃人という残虐そのものの存在に

禍いされてきた。・・・アミ族蕃人が野球団を編成したという事実は、とにも

かくにも我が国においても最初の記録であるに少なからず・・・」

「・・・説教もたくさん受けてきた。・・・私が直接に紛争を体感できた1980年

以降今日まで、自衛の場合以外はいっさい武装攻撃に加わらないという

日本の平和主義的政策が、広く日本と日本人を、そして日本のNGO

メンバーを守ってき・・・完全な形で実施されていなかったかも知れないが・・・

日本の政策のほうが、はるかに安全保障に直結しているし、「クール

かっこいい)」だと思う・・・」「・・・文学で生計を立てるにあたり屈辱的なのは

・・・惨めに軽蔑されながら、娯楽産業の端っこで、夢を売りものにせざるを

得えない・・・このように複合的、かつ重層的なポストモダニズム世界に

おいては、謎がヒントの積み重ねにより解決されることは・・・彼女の知識が

不足しているからでも・・・十分な証拠がないからでもない・・・ガイドブックを

現実の時空間がゆがむほどに熟読する・・・ただ、学ぶということに執着する

あまり、生者たちの肉体的な暴動を隠蔽し、死者たちの霊的な暴動にも

気づけずにいる・・・LSDをめぐる政府の実験とマインドコントロールの陰謀

・・・だが、真のピンチョニアンにしてみれば、失敗を運命づけられている

野望だけが、唯一、熱望されるに値する・・・」とまあ、考える気力がなかった

もので、近刊羅列してみました。失敗において成功という ぴんちょん ら

しからぬ、神経症を行動療法的に、宵の明星/明けの明星を思考せずに

「なんとなく上手く行った」のかも、ピンチョンと並行世界とはいかぬものの、

あまりに雨降りで、そこを抜けた感妄念=理性で、ジメジメからスーへと

移行した感じの曲。(玉崎)

 

「おばけ」と「わんぱくだん」

2014 年 6 月 4 日 水曜日

家では意外にイクメン(?)な小生は、夜五歳になる息子と一緒に寝ることができる土日だけは、この一年近く寝る前に「読み聞かせ」などをしている。

息子にを「本を愛する人間になってほしい」、という純粋な想いと、本を読み聞かせると普段家ではやんちゃ坊主の息子も、静かに聞いてくれて、そのうち寝てくれるので、「一番効く眠り薬」になるな、という実用的な側面が、自然に無理なく読み聞かせを継続してやることができる理由だろうか。

息子が図書館に行って必ず「これ読みたい」という絵本は、やはり私自身が子供の頃から人気のある、せなけいこの切り絵の絵本で、おばけが出てくるシリーズだ。切り絵の素朴さと単純な色使い、そしてなんといっても「可愛いおばけ」がいいのだろうか、長年変わらず子供に愛されるのは何か理由があるのだろう。

それと、せなけいこの他に息子が「これ読みたい」という絵本では、わんぱくだんのシリーズがある。三人組の子供達が、遊んでいる最中にタイムスリップしたり、違う国に行ったりの冒険ものの絵本だ。このシリーズも息子は大好きで、気がつけばシリーズはほぼ全巻借り切ってしまって、よほど好きなのだろう。

時代を越えて長く読み継がれる図書館の絵本を見ていると、出版の社会に対しての本当の重要性は、かなり広がりと深みがあると思うし、あらためて版元営業も世に発信する担い手となる自覚をもって、自分にも問い直して、進んでいきたいと思う。

[文責 春日俊一】

 

 

 

 

 

 

セールスならぬ彷徨、砲口!?

2014 年 5 月 28 日 水曜日

ようやく相応しいかもしれない話題で今回始められるかもしれません。

月曜に書店さんへ訪問したのでした・・・といってで・・・そんなもんで

実売(利益)なぞ、一店、仮に受注して取次ぎ搬入書店到着、書店陳列でも、

おそらく見込み二万五千円(売り掛け)、二ヵ月後「返品」(仮利益損失)で、 (続きを読む…)

書泉グランデで見かけた斬新なブックフェア

2014 年 5 月 26 日 月曜日

先日、いつもお世話になっている書泉グランデさんに営業でお邪魔した時に、自然科学書フロアで見かけたブックフェアが斬新で面白かった。
そのフェア、題して「オオカミ本フェア」という書泉独自企画(?)のブックフェアで、オオカミの生態のことから、明治に絶滅した日本オオカミについて、育て方等々、オオカミに関連する本がこんなにあったのか!と驚くほどたくさん並んでいます。と同時に個人的に驚いたというか、「これはもしや」と思ったのが、本当に偶然ですが昨年北京国際ブックフェアで版権を買うことになった本がオオカミを育てた女性のノンフィクションだったので、「おお、これは売れる企画になるかも」と一人嬉しくなってしまいました。

というのは、この書泉グランデさんの「オオカミ本フェア」ネットでも話題で、しかも新聞やテレビでも取り上げられたらしいです。さらに驚きは、このフェアに並んでいるオオカミ本、様々な出版社から出ていますが、結構重版かかっている本が多くて驚きました。

リアル書店ってやっぱりこういう面白い発見と出会いがあるから、たまりませんね。

書店は永遠に不滅です。

【文責 春日俊一】