書店をたずねて三千里

最新の記事5件

このコーナー内を検索

月別一覧

衝撃と防御

9/1 ということで防災の日ですが、昨日の東京新聞では、1923関東大震災の

3時間もある記録フィルム内の場所が490箇所も特定できた故、今後の防災に

役立つ、との記事が出て、多数、その写真も載りました。

役立つ方に、あまり関心が向かず、写真の衝撃感の方に目が行ってしまい

ますが、災い避けたいのは人の自然傾斜でも、結局、現実の衝撃、

否定しても肯定しても、そう言ってしまう表現そのものの音韻を客観すると、

否定された虚構の真実性。肯定することで都合のいい事実に逃げ込んで

偽真実性で煙に巻いてません的煙に巻きという虚構性。で、仮にそれが

真実でも、受入れる、というのが、とにかく最も困難なことなので、

忘れた頃にやってくる(幼年期は必死にこねくり回して自分なりに納得

させていたのに、身体だけ大きくなってから、それに出会うと)違和感

でも、元にあったようだから親密感という。あの点、この点と、多分、初発にあった

場所では、切実だったものが、いろいろ色がついて、表面上、煌びやかに

意図してエゴでそうなってしまう、という、意識という厄介な代物。

ぱっと手を伸ばして容易くつかめる「安全」だと、その安全を成立させる同じ力で

もって「破滅」を招くことも往々にしてあるという、禍に対する防御、は、

日々の人為(狭義の計算)を最小限にする努力(超-計算)で、より単純であり

かつ複合する多-点間でのズレ・距離を微妙に采配する、自然に乗っ取られつつ

の斜線引いた人為、の知る勇気で、切断、切断、切断、と歩み-無い、反復する

ようなことが、以上のもっともらしい観念の捨象後、更に推進できれば、

防災の日も、定めた意味あったのかもしれませんが、惰性の制度化で、

そうでしたね、という体たらくもありで、思考でも意志でも行為でもなくの

引き受けなので、誤魔化しがきかない、ところでどうしましょうと、外は雨が

降っており、人間の外部は無理解、人間の内部も実は無理解で四面楚歌など、

当然の必然なので、駄文も必要ない戯言ですが、小社の文化人類学本では、

制度=儀礼??というのも、ちゃんと理論立てし実践できれば、不合理性を

不合理のまま力動させて「良き防ぎ方」にもなったりするようです・・・「過去に

行われた無数の「振る舞い」のうち・・・知覚したり、想起することで日常的

自明性へと還元・置換しきれない「振る舞い」・・・に報酬を与える・・・

相殺不可能な・・・特殊な返答の形式・・・無数の相互行為の中から還元・

置換不可能な「振る舞い」を想起すること・・・なぜ与え手は・・・面倒で

お金のかかることをするのか・・・行うこと自体が相手との「道」をめぐる

新たな「良き振る舞い」となってゆく・・・」等々、なにを紹介しようか分からず、

強引につなげたので意味不明なものの、さて今日の曲は、夭折された

、カナダ学会の販売だかなんだかで、たまたま話しして頂き、知った、

レナード・コーエン(その藤本先生が、東京新聞で、今は無き夏目書房刊の

評伝を評していて、聞いてみたわけですが)のそれです。

こんな倫理の欠いたやつ、でも色気があるのか「カナダでは、コンサート、

すぐいっぱいになる程、すごく人気がある」と陽子先生に示唆されたけど、

自分の初聞きでは、TVでこの人のバージョンでしたので・・・歌詞は

英語不明で、でも分かっても、かっこつけ(防災)程度?と・・・。(玉崎)