書店をたずねて三千里

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カラスにはカラスの苦悩があるのに無関心??

今日は、東京駅と川崎駅あたりの書店さんお伺いできましたが、

棚担当の方、手が空きそうかなと勝手な推測で時間を見て待っている時、

棚を見ていると、今まで何度か通ったわりに、その書店さんの棚構成を

知らなかったことに気づかされます。「あ、この老舗の版元のシリーズ、

しっかり入れていたのか、だからなのか今日も、日本史棚に3人も、他の

人文棚には、聖教本もしっかりの宗教棚に1人」ともしかしたら、この店へ

惹かれる要因。いつも凛として、でも若干苦笑いでありながらもご対応して

いただく(初速で「これはもっと動く!」とはならない刊行物が多い当社、

「結構しますね」(来店のお客さんが「即買おう!」とならない店に置くには

忍びない高価商品)Sさん、お忙しいにも関わらず、有難う御座います!

ご案内してすぐ、FAXご発注確認できました!大変ありがたく存じます。

見えにくい、堅物には、そもそも意味があると思えず、強引に泥のように

無意味と烙印圧されがちな、日々の営み≒力が、一つの信頼(かけがえの

無い痕跡への信仰、当人には難でも無い当たり前の自然)として結実する

、そんな感じを、自分だけ勝手に先取りして、我が儘(自分勝手)に、

妄想(当人、一般的価値観≒観念のつもり)しています。

ま、最も、当人とは外部のこの私=渡しが、わざわざもっともらしく言う、

というのは、なんらかのアリバイでしかない、とも想え、さて、日々の営み、

もう少しもっと感≒観≒環ずること、必然という偶然、待ち望む≒祈る・・・

しかないところで、今日の曲。

映画「カラスの飼育」でレコードに合わせ、アナ・トレントが謡うのですが、

強く親密な複合の荒れすさみを感じる、それでも、これを長く時間かけて

(最もそんな時間、現在在り得ない地獄=人生なのは当然だったりしますが)

「透り行く」しか出口=入口は見出せない、でも曲自体は、そもそも渡そうとも

思わず、飼い犬従順な、なんの特異性もなく一般性という普遍性に逃げ込んで

観者の倒錯丸出しな、でも、今日、川崎で、その書店のある服屋で、そのハウス?

バージョンやっていて、じゃ今日はこれでいいか、としましたわりと頭にのこる感ある

そんな曲で今日のところは・・・(玉崎)。