書店をたずねて三千里

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カットの瞬間に不気味なものさえ出ればと願

イマイチ乗り気がしないものの、今日、取次見本出ししたものを紹介し

帰ろうかと思います。

とにかく溶暗が多い劇という「モーリス・パニッチ」の戯曲「ご臨終」

カナダの不条理劇とのことで、まだ見たことがありませんが、11/5から

「新国立劇場」で〈なんてパンク!〉(とノゾエ氏)演るのでもう出して

しまう訳です。

「…言っとくけど、ここまで徹底して自分を嫌われ者にするってのは、

生やさしいことじゃなかった。かなりの努力が要る。幸い僕は人間

嫌いなんでね。その点都合がいい。好きか、嫌いかなんていう

生易しいもんじゃない。・・・信仰は生まれつきのもの。神を「敬う」

ってことは習い覚えられても、神を「信じる」ってのは習って覚え

られるようなことじゃない。誰かが僕を愛してくれるなんて、僕には

どうしても信じられ…」

もう一点は、「…小説空間は、このような社会と人間のうごめく「謎」

で埋め尽くされており、それを描くエリオットの言語表現を味わうこと

自体が・・・私たち自身の得がたい精神的経験の過程となる…」

という「ジョージ・エリオット」(当時は男性名でないと作家デビュー

しにくかったのでジョージ、本名メアリ・アン、とのこと)の33年ぶり

の新訳「ロモラ」。これは全集なので、近々、わりとコンスタントに

刊行されています。イギリスの作家です。なかなか今読んでも、

鋭い、感触です。「…意識のこだまの中で、それらの言葉は

彼女には、彼の存在の一部となっている思い出とぶつかる、痛みを

伴う奇妙な不協和音となった。沈黙の瞬間は、募る良心の呵責と

自己不信によって引き伸ばされた。自分は激情のあまり、冒涜行為

を犯してしまったのだ。自分の嘆願は決して撤回できない・・・

「お許しください、神父様。このような言葉を使ったことは、私には

苦痛です。でも話さずにいられないのです。私は神父様と比べれば、

小さく弱い人間です。でも私が従ったのは、差し出されたその力を

感じたから―その光を見たからです。今は、それが見えません。

神父様、あなたはご自分から断言されましたね、聖別されたものに、

本当に聖なる美質があるかどうか、見分けるために、魂が、内なる声

以外の導きを持ってはならない瞬間が来ると。…」などなど、もっと

鋭いところ多数あるのですが、今日は1000円散髪行ってこようと

思ったので、これで、髪切る歌はこれぐらいしか記憶に昇りません、

のんべんだらりで「現実」切迫がぼやけますが、では(玉崎)。