書店をたずねて三千里

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またも、週末ですが、先週も難しくて、どうなることやら・・・

さてさて、書店訪問も下記後若干してみましたが、昨日、子どもの夏休み自由研究用

というわけで、トーハン店売様、アポ無し訪問でご面倒かけ、「ちょうど八月末で、学校の先生の

購入目的訪問終わる頃」で、「御社、来期で・・・」と、では、社でのその時迄の支払いと資金繰り、

「どうする??」とシビアな現状、とにかく売る(中身無くても)=即入金、が部署の責任として

問われているのですが、どう切り抜ければいいのか、今、全く方法が出て来ません。

印刷所サマと密談して500万円札を刷りまくり、私もコンビニで使いまくり、世に広めて、

炎上=円状的お互いの売り上げ確保!!という「精神変容」(サブカルチャー)を、注射のように

注入(危機の海水、命拾い。しかし、水強迫、泥へ呑み込まれ、動物としての死という結果考察無)

して、意識朦朧、ハーブ効かせれば、それ自体で満足している「もの」、どのように「欠如」に

持ち込めるか?論理的には不可能でも、人の意識では「可能」、言語化できない不安の可能性を

ナルシス丸出しによる慢心が満身というすり替えの地位確保のおうらかな安心という卑怯=秘教さ、

は、それ自体で満足している以上、もともと崩壊している言語で、批判など単なる茶番(普通=一般人)。

だからと言って、「死」が手軽に自分の手遊びになる訳無いのが現実でもあって、ようやく業務命令に

忠実に(社の私物化は社員としては有り得ないのに或るのはあんたの我が儘(ナルシス))、個別から

普遍への不可能な頭悪すぎてまるで出来てない「算数」、実践しなくちゃと、またごまかし引用ですが、

「・・・佐世保の魅力というのは一体何なのだろう。おそらく個人に依拠するところは大きいと思うが、

やはり日本の他の都市と比較してもその特殊性は明瞭だ。すなわち、米軍の存在だ。これは横須賀にも

共通している点だが、ただ横須賀よりも米軍が街に馴染んでいる感じがする・・・」つまり、肝心な定点が

揺らいで、そこに外的対象が取り込み入り込みで、「定」点が「酔う」点となり、日本人はアメリカ軍(外衛隊)

の言いなりになる以外、選択肢が無い。金で買う以外、力を持たない。そこで、自然=子ども、と思っても

実は、手懐けられない「他」を科学して、妄想で蠢く泥土を支配と意識するが、それは想定外=無意識を

まるで考慮していない(仕様が無いのですが)から、外(他)に飲みこまれるまま、しかしどうそこに対峙??

「・・・考慮せねばならないのは、近世における軍隊と社会はいまだ分離されえぬ状態にあったという点である。

すなわち、、軍隊の(militär)領域と社会の(zivil)領域とのあいだに明確な境界線を引くことは・・・

当時の実情にそぐわないのである。・・・兵士が都市社会へ統合された事実をも考慮に入れるならば、

軍隊と社会とのあいだには高い流動性があったと考えざるを得ない。・・・」その流動性に、助けられ、

また、危険に追い遣られ、と、仮に生きていても、生涯「もの、というなんとも言い難い不安を醸し出す、

それ?」を推力と並行して自身で語で殺す(名指しのもの言い)実践しか、計算の逃げられなさ、に

努力するしかないのですが、何もやってない、腰砕けという、なんとか脱出演算を、見立てしたいの

ですが・・・。軍事=力という魔力は、もともと無い自分すら騙せる自分の無さの隠蔽=勇猛に一役

買ってしまう、なんでも無いからなんでも有れる欺瞞。

さて、今日の曲は、不気味な感じもフェイクかも、という、結局、自分の満足でしょ!という、

でも、嫌な感じ残るこんな曲です。終末=週末観漂う??(玉崎)