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オペラの18世紀

2004 年 2 月 1 日 日曜日

『オペラの18世紀』表紙\
書籍名   : オペラの18世紀 バロックからモーツァルトへ
(オペラノ18セイキ)
著者名   : 丸本隆(マルモトタカシ) 編
発行日   : 2003-12-12
税込価格 : ¥2940
本体価格 : ¥2800
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★『読書人』04/2.6 小宮正安
「本書は18世紀に誕生したオペラへ焦点を当てている。そして19世紀に負けず劣らず、18世紀がオペラ史上輝ける時代だったという事実を明らかにしてみせる。しかもドイツ語圏を対象地域に選んでいる点が重要だ。これまでも翻訳を含め、18世紀以前のオペラを扱った書物は存在したものの、それらの多くは音楽文化の最先端であり、オペラ発祥の地であったイタリアを中心にした記述を展開していた。……
音楽史上の出来事だけでなく、政治や文化に関しても広い視野を保ちながら、本書は18世紀ドイツ語圏のオペラの姿を浮き彫りにする。またその結果、オペラが生み出された状況そのものが、あたかも1篇のオペラであるかのようにさえ見えてくる。権力者と音楽家との関係に始まり、国家や都市の興亡と軌を一にした劇場の浮沈、そして19世紀市民社会の到来を前にした18世紀式オペラの消滅とオペラそのものの変容に至るまで、まさしく世は「オペラの18世紀」であった。
日本語で書かれた本格的な18世紀オペラ論の登場を機に、我が国の音楽界でも当時のオペラに対する見直しがより積極的に推し進められ、上演や録音の機会が増してゆくことを願うばかりである。」

★『レコード芸術』04.2月号
「現在世界各地のオペラ・ハウスの主なレパートリーとなっている19・20世紀のオペラと違って、モーツァルトを除けばあまり目立たない存在である18世紀のオペラを取り上げた1冊。テレマン、ヘンデル、ハイドン、グルック、フックスなど15人の作曲家とその主要作品を取り上げ、それぞれの作曲家の生涯、その作品の歴史的文脈や意義、その魅力に迫る。まさに好適な18世紀オペラ入門で、この分野への興味や関心を広げてくれる。」

【普及版】これが「一発屋」だ!

2004 年 1 月 28 日 水曜日

『【普及版】これが「一発屋」だ!』表紙\
書籍名   : 【普及版】これが「一発屋」だ!
(コレガイッパツヤダ)
著者名   : 宝泉薫(ホウセンカオル) 著
発行日   : 2003-12-15
税込価格 : ¥998
本体価格 : ¥950
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★『週刊プレイボーイ』04.1.28発売号
『週刊プレイボーイ』著者インタビュー・「一発屋を見れば時代がわかる!?」

……著述業である宝泉薫さんは、知る人ぞ知る日本で唯一の「一発屋ウォッチャー」でもある。(略)一発屋を追いかけるようになって見えてきたものとは?

「いろいろ調べていると、一発屋の世界にも時代による変化が起きています。近年でいえば、自分で一発屋であることをネタにする人たちが出てきたことでしょう。猿岩石、つぶやきシロー…。自ら一発屋を名乗ることによって人気ものになり、生き残る人たちが増えてきたんです」(略)「しかし、一発屋が量産されすぎて、愛らしい本物の一発屋がどこにもいなくなってしまったんです」(略)今現在はどういう一発屋の時代なのだろうか?

「去年はテツandトモ、はなわ、ダンディ坂野、それに綾小路きみまろでした。彼らは非常にわかりやすい一発屋で、この世界もひと昔前に回帰している印象を受けました。なかでもダンディは久々の本物かもしれない(笑)」

ブックエンド 1983~2003

2004 年 1 月 23 日 金曜日

『ブックエンド 1983~2003』表紙\
書籍名   : ブックエンド 1983~2003 本と映画の同時代批評
(ブックエンド 1983~2003)
著者名   : 栗坪良樹(クリツボヨシキ) 著
発行日   : 2003-11-10
税込価格 : ¥4735
本体価格 : ¥4500
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★「読書人」04/1.23 成田龍一
「試みに、2002年10月の項を開いてみる。ここには、『小津安二郎のほうへ』(田中眞澄)、『田中真紀子研究』(立花隆)、『開高健のいる風景』(菊谷匡祐)の三冊の著作が取り上げられ、論評されている。「実証主義に富んだ」と田中・本を紹介し、その筆と共通すると立花・本にふれ、さらに開高健が戦争にこだわった理由を探る菊谷・本に言及する。本書は、雑誌『國文學』の巻末近くに、見開きのコラムとして書き続けられつつあるものが、20年間分(本や映画の総数にして、おおよそ720冊)まとめられたものである。栗坪さんによる、ゆるやかなつながりで選択された毎月3冊の著作は、栗坪さんの同時代観察であり、批評である。そしてそれが集積されることによって、クロニクルとなり、「書評による同時代史」と自ら述べる作品となった。世相や社会の様相にも敏感な知性と感性で綴られた「同時代を読む」集成である。こめられたメッセージの厚みと膨大なエネルギーに思いがいたる。本書で言及されている作品は、小説と(ハリウッドの作品を含む)映画、映画評論、メディア、科学の著作作など、多様な論点と多彩な表現による多領域の作品におよぶ。栗坪さんは、貪欲にこれらの作品群を読み解いていくが、興味深いのは、選書の際に「13年間教壇に立っていた麻布中学・高校で教えた人たちの本」が潜められる…本書には自らの思索の報告と啓蒙の精神が脈打っている。このことは、かつて、中学・高校の教壇にたち、訳のわからない少年たちに「文学」を説き続けてきた経験と無縁ではなかろう。中等教育の重さをあらためて感ずるが、このことは受けての側も同様で、栗坪さんに幼き日に教えを受けたことを大変な幸運であったと、あらためて思う。」

パレスチナ・モン・アムール

2004 年 1 月 6 日 火曜日

『パレスチナ・モン・アムール』表紙\
書籍名   : パレスチナ・モン・アムール
誰も知らない等身大のインティファーダ
(パレスチナ・モン・アムール)
著者名   : 小林祐子(コバヤシユウコ) 著
発行日   : 2003-12-25
税込価格 : ¥2100
本体価格 : ¥2000
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★「週刊朝日」04/2.27 鎌田慧
「パレスチナ自治区〈ガザ〉の病院に、一年半のあいだ、音楽療法士として勤務した体験を書いた記録である。著者がガザを目指したのは、NGOの一員として働きながら、フランスの専門学校修了の資格を取得するためだが、以前、ガザに下見にいったときに会っていた〈彼〉と再会するためでもあった。(中略)彼女はイスラエル軍の空爆から逃げまわっては夜を過ごし、週末はその被害をビデオに撮ったりする活動をはじめるようになる。パレスチナ人である、〈彼〉との関係からすれば当然のことである。空爆で家を失った家族の話を聞く。その家はイスラエル軍に追われたあと、ようやくガザ地区に築いたものだった。そこの子どもは、数カ月前に、イスラエル兵に腰を銃撃されている。『僕が大きくなったら、イスラエルをつぶしてやる。銃でイスラエル人を殺してやる』と四歳の子どもがいい、本物のインティファーダで負傷した子どもは、こういう。『どうして自分は生きているのか。なぜ助かったのか。パレスチナのために死にたかった』。『生きることが大切なのだ』と著者は説得する。しかし、イスラエルと、それを支援するアメリカが、死に急ぐひとたちを日夜つくりだしている。パレスチナへの愛は、〈彼〉を越えたものになるしかない。」

★「国際協力(JICA)」2004年7月号
「毎日のようにテレビに映し出されるパレスチナとイスラエルの衝突。パレスチナ人の〈自爆テロ〉のニュースがよく伝えられるが、そのほとんどはイスラエルから配信されるもので、パレスチナ側から伝えられることは少ない。このような偏りに疑問を感じた著者が、ニュースとは異なる視点でパレスチナの人々を描いているのが本書。そもそも音楽療法士を目指し、フランスで学んでいた著者は、資格取得に必要な論文を書き上げるため、フランスからそれほど遠くないという理由でパレスチナ・ガザ地区へ。試行錯誤で音楽療法に取り組む傍ら、パレスチナ人とかかわることで考え方も大きく変わったという。知る手段の少ないパレスチナのまた別の姿が浮かび上がってくる」

★「讀賣新聞」2004.1.6「いぶき」インタビュー記事
「フランスの音楽療法士の資格を得るため、実習に赴いたパレスチナについての手記。『パレスチナで起きている問題を身近に感じてもらいたい』との思いからだ。……しかし、1999年10月に赴任すると、純粋な障害児たちや、各国のNGOメンバー、ジャーナリストとの出会いに恵まれた。『パレスチナを立て直したい』という志を持つパレスチナ人の恋人とも出会った。2000年9月には、第二次インティファーダ(パレスチナ人による住民決起)も経験。『パレスチナの人々は、耐える力と前向きに生きる力を持っている』と感じた。宗教的背景の違いなどから、恋人との交際は続けられなかった。手記では、別れの葛藤から見えたパレスチナの生活、習慣、家族関係などをつづった。『ガザ地区での日常を紹介することで、そこで起きている不正を伝えたい』。様々な思いを胸に、パレスチナに『普通の生活』が訪れることを、心から願っている」

オーウェル研究

2004 年 1 月 1 日 木曜日

『オーウェル研究』表紙\
書籍名   : オーウェル研究 ディーセンシィを求めて
(オーウェルケンキュウ)
著者名   : 佐藤義夫(サトウヨシオ) 著
発行日   : 2003-02-25
税込価格 : ¥2625
本体価格 : ¥2500
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★川成洋『ビジネス・サポート』04.1月号
「「人間らしさ」を求めた作家の「良心」を探る──ジョージ・オーウェル(1903-50)は、『動物農場』や『一九八四年』の作者として有名なイギリス作家。第一級の文学者になるほどの個性と才能をもって生まれても、書くことに才能\\をつぎ込むことのできない時代に生き、バートランド・ラッセルの言葉を借りるなら、「絶望のあまり死んだ」作家。本書は、副題にあるように、オーウェルが好んで用いた言葉「ディーセンシィ」をテーマとしている。この言葉は、「上品さ」などといった能天気な意味ではなく、まさに大江健三郎のノーベル文学賞講演でも用いられているように、「人間らしさ」なのだ。オーウェルが生涯をかけて求めていた世界こそ、今われわれが考えねばならない世界なのである」

★川成洋『ビジネス・サポート』04.1月号
本書は、学生時代から英国の作家ジョージ・オーウェルの本を読破し、ひいてはオーウェルを生涯のテーマとして追究している著者によるオーウェル研究集大成の一著だ。
全共闘運動が盛んな折り、新左翼的な「体制打破」の叫び声がキャンパスにこだまする中で、せっせとオーウェルの著作に眼を通し、ナチズム、コミュニズムといった左右の全体主義を批判した彼の言説を読み、また「政治的な著作を芸術にまで高めようとした」文学作品の数々に接していった。そして、オーウェルがしばしば言及した、副題にもある「ディーセンシィ」とは何かを考えていく。
本書は、オーウェルの他の文学作品にも温かい眼差しで批評を加えているので、彼の著作活動を理解する上で非常に適切な入門書の役割も果たしている。また、共産主義を批判しつつも労働党を愛し、英国内の階級格差に呻吟した民主社会主義者であったオーウェルが何よりも「偉大なモラリスト」であった事実を再確認できる良書だ。

戦争とパリ

2003 年 12 月 8 日 月曜日

『戦争とパリ』表紙\
書籍名   : 戦争とパリ ある二人の日本人の青春 1935~45年
(センソウトパリ)
著者名   : 池村俊郎(イケムラトシロウ) 著
発行日   : 2003-11-17
税込価格 : ¥2100
本体価格 : ¥2000
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★「熊本日日新聞」 04/2.22 辻昭二郎

「フランスの映画史を調べるときに盲点があるのは、日本人の目を通した第二次大戦中の情報が少ないことである。これを補うために日経記者の『ナチ占領下のパリ』や朝日記者の『最後の特派員』などを参考にしてきたが、昨年暮れ読売記者による本書が出たおかげでその穴が一気にふさがった。サブタイトルの通り、戦前からパリに暮らしていた二人の日本人に焦点を絞って書かれている。(中略)あこがれのパリに襲いかかった戦争のはざまにほんろうされながらも、半世紀以上パリを愛し続けた関口(俊吾)と(加藤)菊枝。特に菊枝の目に映ったパリの姿と人々は、これまで伝わっていなかった現実が赤裸々につづられていて重い。貴重なその証言は現代史の一つの穴を埋めるものになるだろう。」

★「世界週報」04/2.10 駒木克彦
「著者は、わずか2カ月で崩壊するフランスにも「次の時代につながる人材が国内に少なからずいた」と指摘。戦後のフランスを戦勝国に並べる貢献を果たしたドゴールだけが英雄なのではなく、「ドゴールの決断の背後には何十人かの知恵の集積があったことを見落としてはならない」「国家の底力とはそういうものである」と語る。幾多の誤った決断を下したフランスも、次代につながる人材を残していたことは、結局「少なく誤った」ということになろう。筆者は讀賣新聞パリ支局長で、ベイルート、パリ、ワシントンの特派員を経験したベテラン記者。新聞記者による世界情勢を著した本は、自からの取材経験を基に執筆することが多いため、同時代的なものが大半で、現代性がある半面、かなりの資料価値がない限り、数年で陳腐な情報になってしまう恐れがある。本書は世界大戦間という外交史上極めて興味深い時代を軸にしており、時の経過に耐え得ることは間違いない。」

★「産経新聞」03.12.8
「戦前戦中、パリに留学していた二人の日本人の青春を通して、激動期における国家と人間のありようを考える。著者は読売新聞パリ支局長。1935年、画学生の関口俊吾はフランス政府給費留学生に選ばれ、翌年にはパリ高等美術学校に入学。ベルリン五輪で、間近にヒトラーの姿を目撃した。日米開戦前に帰国したが、戦後再びパリに渡り、2002年、かの地で没した。もう一人、加藤菊枝は1937年、フランス語習得のためにパリへやってきた私費留学生であった。戦時中もパリにとどまり、亡命ロシア貴族と結婚。フランス国籍を得て、今もパリに暮らしている。関口と加藤は違う環境で生きたが、戦時下の国際社会が運命の糸でつながっていたことの証言者である。

パンタとレイニンの反戦放浪記

2003 年 12 月 5 日 金曜日

『パンタとレイニンの反戦放浪記』表紙\
書籍名   :パンタとレイニンの反戦放浪記
(パンタトレイニンノハンセンホウロウキ)
著者名   : PANTA、椎野礼仁(パンタ、シイノレイニン) 著
発行日   : 2003-09-18
税込価格 : ¥1575
本体価格 : ¥1500
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★「週刊読書人」森達也 03.12.5

(パンタ+椎野礼仁 1500円 03.9.30刊)「何だかグリム童話のようなタイトルだけど、もちろんそうじゃない。パンタとは1969年に結成された伝説的なロックグループ「頭脳警察」のリーダーで、レイニンは元新左翼活動家で今は編集プロダクションの経営者。年齢的には二人ともほぼ同じで五十台半ばをそろそろ迎えようとしている。

2003年2月、この二人を含む36名の一行が、間近に迫ったアメリカの侵攻への反対を表明するため、バグダッドに滞在した。メンバーたちのイズムや思想の左右呉越同舟は凄まじい。(中略)

……二人とも年齢は僕より一回り上だ。つまり僕の世代にとっては、やりっぱなしの世代だ。

安田講堂陥落やよど号ハイジャック事件、浅間山荘の生中継などをテレビで眺めながら、思春期を迎えた僕は昂揚していた。この頃に観た映画は「いちご白書」に「YOU」。どちらもベトナム戦争を背景にしたアメリカの学生運動を描いた映画だった。ヤクザ映画を観た後にポケットに両手を突っ込んで周囲にガン付けをしながら劇場から出てくるように、青臭い中学生は、しばらくはすっかり運動の闘士になりきっていた。

大学に進学する理由はもちろんそれだけじゃないが、運動に身を投じたいという思いはまちがいなくそのひとつだった。しかしキャンパスに通い始めた僕は、自分が遅れてきたことにやっと気づく。政治の季節は終わっていた。かつての闘士たちのほとんどはあっさりと挫折して、下の世代は「新人類」などと呼称されていた。そりゃないぜと思いながら、二十代を過ごしたという感覚がある。だからこそかつての闘士たちが、生活や営みに日々を過ごしながら、時おり唇の隙間から洩らす「このままでいいのか」という呻きに僕は惹かれる。十\\年前ならそんな呻きが愚痴や言訳に聞こえたと思う。今は違う。それほど時代は急速に変質している。左は居場所を失い右もさすがに困惑するほどに。だからこそ彼らはイラクに向かった。思い込みかもしれないが、遅れてきたからこそ僕はそう思いたい。この大義なき戦争を止めさせることはもちろん第一義だが、彼らは「連帯」を再確認したのだろう。思想やイズムの連帯じゃない。生きているという現在を全肯定する連帯だ。

ウィーン便り

2003 年 12 月 1 日 月曜日

『ウィーン便り』表紙\
書籍名   : ウィーン便り 風の街のシンフォニー
(ウィーンダヨリ)
著者名   : 山城薫(ヤマシロ カオル) 著
発行日   : 2003-09-08
税込価格 : ¥2310
本体価格 : ¥2200
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★『MOSTLY CLASSIC』03.12月号

「なぜオーストリアのような小国から偉大なF1レーサーが輩出されるのか? 答えは男のコケン?? ──この本の著者は、ウィーンに暮らすこと20数年になる。マーケティング会社を経営しながら、愛してやまない我が街を紹介すべく、「ウィーンなんでも情報」と題したホームページを主宰してきた。そのHPに掲載されていたのが「ウィーン便り」で、4年間分の文章が春夏秋冬に分けて再構成されている。ウィーンといえば、クラシック音楽関係者や音楽ファンが紹介するもの、と相場が決まっているようだが、この本の著者は至極平均的な市民の眼で見たウィーンを綴ってくれる。「オーストリア人の天職は、音楽家ではなくて、ホテルマネージャーやコック、サービス接待業である」とは、市井の人ならではの名言だろう。庶民感覚あふれるエッセイ集だ」

★『サライ』11月20日号
「在住20年の日本人が綴る「ウィーンの路地裏」の魅力――\インターネット上の人気ホームページ『ウィーンなんでも情報』に連載中の評判のエッセイ「ウィーン便り」を再構成した本。著者はウィーンで広報企画制作会社を経営するかたわら、ウィーン文化を紹介する雑誌「維納倶楽部」を2年にわたり発行したこともあるウィーン通だ。ウィーンに春を告げる煙突掃除士。イースター(復活祭)市での名物であるマジパン(アーモンドを使った菓子)。地元の人すらよく知らない遊園地。ウィーンの名物料理、ウィンナー・シュニッツェル(仔牛のカツレツ)。クリスマス市の屋台の話題などさまざま。ウィーンっ子の外国人嫌いに触れた辛口エッセイも興味深い。」

アジア共通通貨戦略

2003 年 11 月 30 日 日曜日

『アジア共通通貨戦略』表紙\
書籍名   : アジア共通通貨戦略 日本「再生」のための国際政治経済学
(アジアキョウツウツウカセンリャク)
著者名   : 近藤健彦(コンドウタケヒコ) 著
発行日   : 2003-10-10
税込価格 : ¥2110
本体価格 : ¥2000
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★「日経金融新聞」2004.1.6「自著行間を語る」

「……アジア共通通貨は、アジア各国の経済が多様であったり発展段階がまちまちであったりするから難しいのではない。米ドルというアジアに根をおろした通貨と、これから伸びてくる人民元と、日本円が共存するがゆえに難しいのである。『欧州では40年かかった。アジアではもっとかかる』という日本の識者の多数説がいかに空虚なものかもおわかりいただけるだろう。僭越であるが、日本版ACU(アジア通貨単位)の構想は1995年に私が週刊金融財政事情に書いた一文が出発点である。本書ではこのスキームの内容をいじったり、アジアにおける共通通貨の必要性を議論したりする段階を一歩踏み出し、『どうしたらできるか』の点から問題を再構成し、未来を現実にひきよせたいと思った。市場を見ておられる読者に教えを乞いたいと思う」

★「東京新聞」03.11.30
「一国の通貨にすぎないドルを基軸に据えていると、為替リスクなどの弊害が生じる。解決策はユーロのような共通通貨作りだが、大国の思惑が複雑にからむアジア諸国の調整は容易ではない。本書は、ひとまず円、元、ウォン、バーツにドルも加えた「通貨バスケット」を提案。ゆくゆくは「沖縄金融特区」に拠点を設ける、東アジアの通貨統合まで射程に入れた日本経済の再生策を説く。

砂かけ武蔵

2003 年 11 月 24 日 月曜日

『砂かけ武蔵』表紙\
書籍名   : 砂かけ武蔵 異聞 巌流島の決闘
(スナカケムサシ)
著者名   : 斎藤次男(サイトウツギオ) 著
発行日   : 2003-06-16
税込価格 : ¥1785
本体価格 : ¥1700
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★「河北新報」03.11.24

「おなじみの宮本武蔵と佐々木小次郎による巌流島の決闘。武蔵の秘策とは―。横浜市在住の映像プロデューサー斎藤次男さんが「砂かけ武蔵」で戦術を分析した。著者は、武蔵が舟をごぐ櫂を削った木刀を武器にしたことや、ある映画で武蔵が不可解\な足の動きをしたことに着目した。櫂で砂をかき上げて目つぶしをして、油断したところで敵を倒す。武蔵の戦法は、沖縄の津堅島に伝わる琉球棒術の秘法「砂かけ焜(こん)」と解釈する。目つぶしは剣一筋の小次郎にはひきようなやり方だったが、関ケ原の戦いなど多くの決戦を勝ち抜いた武蔵にはそうではない。この姿勢の違いが二人の生死を分けたという。晩年の著作「五輪書」を読み解きながら、必ず勝つためのあらゆる策を講じた武競の「殺意の思想」をたどった。」