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食卓談義のイギリス文学

2006 年 9 月 14 日 木曜日

『食卓談義のイギリス文学』表紙
書籍名   : 食卓談義のイギリス文学
(ショクタクダンギノイギリスブンガク)
著者名   : 圓月 勝博 著(エンゲツカツヒロ)
発行日   : 2006-08-01
税込価格 : ¥2940
本体価格 : ¥2800
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★『東京新聞』『中日新聞』06.9.3
「十六世紀末から十八世紀にかけてのイギリスで展開された、文化人のサークルについて紹介・解読した論文集。フィリップ・シドニーやサミュエル・ジョンソン主宰の有名なサークルのほか、紙上で展開される仮想のサークル、でっち上げられた秘密クラブなどを七人の論者がそれぞれに取り上げ、英文学のみならず、現実政治にも少なからぬ影響力を持ったサークルの種々相を明らかにする。」

大物たちの日記を読む

2006 年 9 月 14 日 木曜日

『大物たちの日記を読む』表紙
書籍名   : 大物たちの日記を読む
(オオモノタチノニッキヲヨム)
著者名   : 矢作征男(ヤハギ マサオ)
発行日   : 2006-07-19
税込価格 : ¥999
本体価格 : ¥952
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★『東京新聞』『中日新聞』06.8.17夕刊
「1878年8月8日、全権駐露公使・榎本武揚は馬車も進まぬシベリアの荒野に踏み込んだ。1894年6月9日、樋口一葉は「妾になれ」という誘いを断った。1903年3月10日、病の宣告を受けた尾崎紅葉は、いつもの半熟卵を失敗し、トーストを焦がした。1923年9月1日、田端で関東大震災に遭った芥川龍之介は、夜も火災で「溶鉱炉」のような東京を見やった。明治~昭和の「あの人のその日」を、ふり仮名をつけながら日記で読む一冊。」

老後に備えない新哲学

2006 年 9 月 14 日 木曜日

『老後に備えない新哲学』表紙
書籍名   : 老後に備えない新哲学
(ロウゴニソナエナイシンテツガク)
著者名   : 鷲田 小彌太(ワシダコヤタ)
発行日   : 2006-06-07
税込価格 : ¥1890
本体価格 : ¥1800
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★『西日本新聞』06.9.3ほかブロック紙に掲載

「旺盛な執筆活動で知られる著者の「<人間哲学>コレクション」第五巻。今後定年を迎える団塊の世代に向けて、新しい<隠者>としての生き延び方を伝授する。考えると憂鬱になってしまう人生の黄昏問題も、過疎地に住んで在宅仕事で収入を得る積極策によって打開できることを論証。これまでの人生における蓄積に情報化を加え、定職を持たず働くことを目指せとメッセージを送る。」

オーストラリア、少年少女の心の実態

2006 年 8 月 31 日 木曜日

『オーストラリア、少年少女の心の実態』表紙
書籍名   : オーストラリア、少年少女の心の実態
(オーストラリア、ショウセンショウジョノココロノジッタイ)
著者名   : バーバラ・ホルボロー 著(バーバラ・ホルボロー)
発行日   : 2006-06-09
税込価格 : ¥3150
本体価格 : ¥3000
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★『中日新聞』『東京新聞』夕刊、2006.7.6、梅原宗敬評
「少年法の範疇を超える重い罪を犯して法廷に立つ少年。裁判官を手玉に取ろうとする少年、そして少女。さまざまな形で犯罪とのかかわりを持つ少年たちに交じって、麻薬の世界をさまよう親をもって生まれた子ども、暴力を振るう父親から逃れて保護を求める姉妹など、少年裁判所にはあらゆる境遇の未成年者が登場する。著者は、オーストラリアでも特に重篤なケースが登場することで知られるシドニーのミンダ少年裁判所判事を長年務めた。判事として任務に当たる中で、裁判所は少年犯罪者を日々生産する工場であり、国も地方自治体も真に保護が必要な子どものために手を差し伸べる存在ではないことを痛感して職を退き、今は、未成年者の救済に力を注ぐ。そんな背景をもつ著者の声が、この書の中に響き渡る。」

カフカの友と20の物語

2006 年 8 月 31 日 木曜日

『カフカの友と20の物語』表紙
書籍名   : カフカの友と20の物語
(カフカノトモト20ノモノガタリ)
著者名   : アイザック・B・シンガー 著(アイザック・B・シンガー)
発行日   : 2006-06-09
税込価格 : ¥3360
本体価格 : ¥3200
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★「毎日新聞」池内 紀、06.7.23
「(シンガーは)ナチス・ドイツの侵攻に先だちアメリカに移り、「アメリカの作家」になった。ノーベル文学賞を受けてのちも、少数者の言葉を捨てず、イディッシュ語で書きつづけた。だから二十一の物語には、それぞれの末尾に(作者およびエリザベス・ジャブ英訳)といったことわりがついている。舞台がニューヨークであれ、イスラエルであれ、あるいはかつてのワルシャワであれ、主人公はたいてい社会のはみ出し者だ。みずからの人生哲学が、世の中の寸法に合わないぐあい。建物と同じで、少しずつゆがみが生じ、そのうち傾いたまま、あやうげにとどまっている。にもかかわらず―あるいは、だからこそかもしれないがその口から、英知あふれたセリフがこぼれ出る。「われわれ人間はみな宿命とペアを組んでチェスをする」人が一手指す間に宿命は三手指して、詰めにかかるというのだ。「ユダヤ人は忘れなさすぎる。それがわれわれの不幸なんだ」ヘブライ語のレシャアイムは「悪者」の意味。「歴史をつくるのはこの悪者だ」色こくユダヤ文化を身にうけた世のはずれ者たちである。どの短篇にも、お道化と知恵とが微妙な比率でまじり合っている。ホラと真理がトランプの裏と表のようにとじ合わせてある。ほとんど死滅しかけた言葉で、とびきりシャレた都会雑誌「ニューヨーカー」の定連作家になったシンガーにしか書けなかった、まさしくそんな物語だ。」

★「読売新聞」野崎 歓、06.7.9
「アイザック・B・シンガーの名は、ノーベル文学賞受賞者として歴史に刻まれている。(彼は)ニューヨークで暮らしながら、東欧ユダヤ社会の言語であるイディッシュを捨てなかった。イディッシュで書き、その後英訳により再発表するという手間をかけ続けた。ナチスによる虐殺で、イディッシュを理解する人間の数は激減。亡命したユダヤ人の間でも、使用者は減るばかり。滅びゆく言葉に固執したのはなぜなのか? イディッシュによってこそこの世のあらゆる物語を掬い上げられるという確信が、作家の内にはあったのかもしれない。次から次へと逸品が供される本書を読み進めるうち、そんな風に思えてくる。古代以来の教義をつゆ疑わない父親。信仰を捨てて極道に走る息子。神秘な力を備えた色事師。戦後のニューヨークでヒトラーの姿を目撃してしまう女。ささいな悪戯で一生を棒に振る少年。バラエティ豊かな人物像には目を瞠るばかりだ。モーセ五書やラビとは全く無縁の人間でも、ユダヤ共同体のただなかで、驚くべき知恵と狂気のエキスを注入されている気分になってしまう。イディッシュから、作者自身も加わっての英訳を経て日本語へ。言葉の壁を超えて伝わる物語の凄味がある。信じるにせよ反逆するにせよ、絶対的な神の影を意識せずには生きられなかった人々の苦難と歓喜を、読者は存分に体験できるだろう。」

北米の小さな博物館

2006 年 8 月 31 日 木曜日

『北米の小さな博物館』表紙
書籍名   : 北米の小さな博物館
(ホクベイノチイサナハクブツカン)
著者名   : 北米エスニシティ研究会 著(ホクベイエスニシティケンキュウカイ)
発行日   : 2006-06-01
税込価格 : ¥2100
本体価格 : ¥2000
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★「中日新聞」「東京新聞」2006.8.6
「女性のアメリカ文化研究者らが中心になって選んだ〈マイノリティーに視点をおいた〉アメリカ、カナダ、メキシコの博物館ガイド。先住民の文化と世界各国からの移民文化が混交する北米には、文化的多元主義の考え方に基づく小規模な博物館が多い。本書はその中から性・人種・エスニシティ・階級・世帯、さらには宗教や自由について学べる博物館・図書館・美術館を選び出して紹介する。」

アメリカ南部に生きる

2006 年 7 月 2 日 日曜日

『アメリカ南部に生きる』表紙
書籍名   : アメリカ南部に生きる
(アメリカナンブニイキル)
著者名   : セオドア・ローゼンガーテン 著/上杉 忍、上杉 健志 訳(セオドアローゼンガーテン/ウエスギ シノブ、ウエスギ ケンジ)
発行日   : 2006-05-15
税込価格 : ¥5250
本体価格 : ¥5000
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★『朝日新聞』06.7.2 野村進評

「“恐るべき記憶力、観察力、行動力!”――奴隷解放後のアメリカ南部に生きた黒人の長老の一人語りなのだが、綿花畑で働くのがどんなに大変な作業かは実感として伝わってくるのだけれど、四百字詰め千七百枚以上にのぼろうかという大著の半ば過ぎまで、ドラマティックな展開に欠ける。ところが、このネイト・ショウという老人の叙述スタイルに馴染むにつれ、彼の言葉が深海に降り積もるマリン・スノーのごとく心の底に沈殿してゆき、ある堆積を超えたあたりで“化学変化”が起こる。まるで海底の機雷が次から次へと炸裂するかのように、驚愕が広がってゆくのである。とにかく、この異常な記憶力は何だ!。害虫に対するファーブル顔負けの観察眼を、彼は自分たち黒人の世界と、それにのしかかってくる白人の世界に向け、しかもドキュメンタリー・フィルムみたいに克明に再現しえたのである。かくして成立した本書は、私の中の図式化されたディープ・サウスの黒人世界を大きく塗り替えた。白人地主のように振る舞う黒人地主がいる。小作人のショウに雇われて綿つみをする貧しい白人たちもいれば、おのれの卑劣な仕打ちの数々を、死ぬ前に黒人たちに詫びてまわる白人商人もいる。とはいえ、黒人は白人の圧倒的な支配下にあり、あの手この手の巧妙な手口で、しぼりとられるままに一生を終える者が大半なのだった。奴隷の子として生まれたショウは、読み書きがまったくできなかった。が、恐るべき観察力と記憶力に加え、用心深さと粘着質の行動力によって、白人地主らからの迫害をひとつひとつ退け、やがて自動車まで所持する成功者となる。ショウの背骨を貫いていたのは、「自分を大切にし、誇りを失わない」気概であった。その彼も、だが、白人たちからの銃撃にやむをえず応戦したあげく、不当な懲役十二年の獄中生活を強いられる。それでも辛抱強く耐えに耐え、59歳で釈放されるや、「わしの一生の中で一番激しく働いた」と言うくらい、再び野良仕事に没頭するのだ。最近かくも鼓舞された自伝を、私は知らない。」

小林多喜二破綻の文学

2006 年 7 月 1 日 土曜日

『小林多喜二破綻の文学』表紙
書籍名   : 小林多喜二破綻の文学
(コバヤシタキジハタンノブンガク)
著者名   : 畑中康雄 著(ハタナカヤスオ)
発行日   : 2006-03-15
税込価格 : ¥2940
本体価格 : ¥2800
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★多喜二の小説を、裸にする

▼小林多喜二破綻の文学―プロレタリア文学再考 畑中康雄著 2800円+税(「図書新聞」2006.7.1 図書新聞編集部 矢口進也氏評)
小林多喜二は悲劇の文学者である。共産党か非合法とされ、労働運動が軒並み弾圧されていた昭和初年代に、地下潜行しながらも小説を発表しつづけ、そのため官憲の憎悪を一身に集めることになった。捕えられた時、わずか半日で死に至る残酷な拷問を受ける。殉教者ともいえる死であった。戦後、多喜二の小説・評論が集成され、伏字は起こされて、より完璧なかたちで読まれるようになった。日本共産党のもう一人のシンボル的存在、宮本百合子と並び称され、多喜二・百合子研究会で数多くの研究が発表されてきた。しかし、何といっても七十年以上も前の小説である。題材にしても、描かれる状況なども全く異なる現代にどのくらいのアクチュアリティーがあるのか、今までほとんど論じられなかった。多喜二の業績は不滅だとしても、文学としての評価は別ではないのか。そう考えて多喜二文学の再検討を試みたのが本書である。まるで聖典のごとく扱われた作品を「破綻の文学」と評するのは勇気がいる。王様は裸だ、といった子供の眼、著者は純粋に「文学作品」として多喜二の小説を裸にした。見えてきたものは作者の意図に反した失敗や矛盾の痕なのである。
たとえば「蟹工船」である。描写のうまさは抜群で、読者を引き込む力がある。ところが後半にいたって不可解な場面が出はじめる。過酷な労働に耐えかねた漁夫たちがサボタージュを始めるのだが、彼らはおたがいに打ち合わせるとか相談をした様子がない。それに、実際能率が落ちてきても、こわい監督が何も手を打とうとしない。と思っていると突然ストライキに入る場面となり、要求書を出したりするが、軍艦がやってきて簡単に制圧されてしまう。読んでいていかにも竜頭蛇尾に終わっている印象である。著者は自身が労働運動を経験しているから、組織者もいなくていきなりストライキが実行できるわけがない、と書き、結局、組合運動の経験のない多喜二は実際的な描写ができなかったのだと評している。同じことは『党生活者」にもいえる。一日を二十八時間にして活動するというその党活動が具体的に描かれていない。だからその忙しさが実感できないのである。
多喜ニはしかし、創作に打ち込む時間に乏しかった。そのため、つじつまの合わない人物設定や描写が続出したのであろう。しかしそういう状況を理解しても「あばたもえくぼ」的評価は文学ではない。著者は、他の作家の例を引くなどして、ありうべき多喜二文学にも思いを馳せる。全否定をしているわけではない。プロレタリア文学というのは、労働者を奮い起たせ、革命の成就へと導くことを目標とした。その目標に多喜二は忠実に従ったのであって、リアリズムを旨としたわけではなかった。今となって明らかなのは、文学を革命の道具にすること自体の誤りである。多寡二文学の「破綻」はその悲しい結実だった。
今日、労働運動は窒息状態に陥っているが、時代は逆行しているわけではない。プロレタリアートに代わって「下流社会」なるスマートな表現が流行しているが、スマートさの陰で酷薄な抑圧が進んでいる。社会状況を告発する文学があってもいいと思うのだが、本書はそのことを気づかせてくれる。

自由主義はどこへ行く

2006 年 7 月 1 日 土曜日

『自由主義はどこへ行く』表紙
書籍名   : 自由主義はどこへ行く
(ジユウシュギハドコヘユク)
著者名   : 坂井誠、蓮見博昭 著(サカイマコト、ハスミ ヒロアキ)
発行日   : 2006-03-25
税込価格 : ¥2940
本体価格 : ¥2800
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★『経済セミナー』06.7月号
「自由主義にはいくつも種類があってその定義自身難しいが、本書は古典的自由主義と修正自由主義を対象に、最近の米英の経済・政治動向を中心に分析。そして保守一色に塗りつぶされた感のある米英に、今後リベラル派大同団結の可能性があることを看取する。」

私のバリ

2006 年 7 月 1 日 土曜日

『私のバリ』表紙
書籍名   : 私のバリ
(ワタシノバリ)
著者名   : 彩木めい 著(サイキ メイ)
発行日   : 2005-10-07
税込価格 : ¥1995
本体価格 : ¥1900
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★『Gokutabi BALI』7月号
「著者の日々の暮らしや子育てを語りながら、バリ人たちの祈りや価値観、バリダンスなどへの思いなどバリ島のもつ精神世界について教えてくれる。本当の豊かさについて、繊細に書き綴っている。」