『憎悪と和解の大江山』が聖教新聞(9/9付)、毎日新聞【京都】(8/15付)、読売YC加悦谷第85号(8/9付け)、京都新聞(8/4付)、朝日新聞【京都 丹後・丹波版】(8/1付)にて訳者とともに大きく紹介されました!!
2009 年 9 月 10 日 木曜日第二次大戦中、香港で日本軍の捕虜となった英国軍兵士が体験した、京都・大江山俘虜収容所での強制労働とはどのようなものだったのか。苦悶の日々と、時を経た和解へ至る道を綴った手記。訳者による詳細な解説・資料を付す。
「彼は戦後30数年、日本での体験を語らなかった。戦争神経症の発作が彼を苛み続けていた。その彼がテレビ局の戦後40年の特別番組に協力し日本再訪を決 意。そして、この大江山捕虜収容所の地に、苦難のうちに亡くなった多くの戦友たちを偲んで小さな慰霊碑を建てたいと申し出た。この要望は、日本側の全面協 力によって実現! エバンスは「最高の自然」の地で大歓迎され、笑顔のうちにウェールズと大江山の平和交流が始まった。あの戦争を心の側から見つめ直す日 本人必読の俘虜記。」(聖教新聞9/9付より)
『アメリカン・テロル』が朝日新聞(8/30付)にて大きく書評されました! 評者は作家の高村薫氏です!!
2009 年 8 月 31 日 月曜日話題の著者ドン・デリーロ(『堕ちてゆく男』の『リブラ 時の秤』(ケネディ暗殺)を論じた都甲幸治の「テロリストの肖像」から、巽孝之の「語るのは誰か?——エコテロリズムの物語学」まで気鋭の研究者12名が執筆。
「本書では日本の十二人の研究者が主に文学をテキストにして、建国以来の歴史に内在するアメリカの心象に分け入ってゆく。たとえば、十八世紀末の『エドガー・ハントリー』に描かれるアイルランド移民のテロリストの肖像。アーヴィングの『リップ・ヴァン・ウィンクル』に描かれるオランダ入植者の生活風景と、それを彩っている先住民族の伝承。これらは、アメリカがヨーロッパの植民地から独立してゆく過程でつねに国境や境界が意識され、そこでアメリカ/非アメリカ、白人/非白人、といった定義が生産され続けてきたことの表象となっている。」(評・高村薫 朝日新聞8/30付より)
『日本・ポーランド関係史』が信濃毎日新聞(8/14付)にて著者紹介、朝日新聞(8/9付)にて大きく書評されました!!
2009 年 8 月 10 日 月曜日多数のユダヤ人を救った杉原千畝大使は有名だが、戦前の日・ポ関係は、日露戦争、第一次、第二次世界大戦と続く“戦争と革命”の時代、政治的な交流が強かった。知られざる日本外交の側面を描く好著。国交樹立90周年記念出版。
「遠く離れた両国ですが、互いに良い感情を伝統的に保ってきました。なのに体系的な交流史研究は、ほとんどありませんでした。ポーランドで13年前に出版したこの本を、日本で読んでもらうのが夢でした。」(信濃毎日新聞8/14付より)
「ポーランドのソ連への接近、日本のドイツとの同盟、その狭間でもうひとつの「歴史」をつくろうとしていた両国の名も忘れられた人たち、その息づかいが行間から聞こえてくる。それをどう受け止めるか。著者も私たちも十分な答えを見いだしていない。」(評・保阪正康 朝日新聞8/9付より)
『裸の女房』が図書新聞(8/15付)にて大きく書評されました。
2009 年 8 月 7 日 金曜日
60年代後半、伊藤ミカは舞踊家として活動を開始。澁澤龍彦・粟津潔・宇野亜喜良・篠山紀信・四谷シモンらと交流を深め、その輝きを増すが、1971年、不慮の事故で短いその生涯を閉じる。夫・伊藤文学による渾身の評伝!
「当時、最も過激な舞踏活動を六〇年代初頭から活発に行っていたのは土方巽一派だった。伊藤ミカは土方巽への挑戦を決意して、ポーリーヌ・レアージュの『O嬢の物語』澁澤龍彦訳や栗田勇の『愛奴』などを次々と上演化している。本書はそうしたプロセスを残された伊藤ミカの日記をもとに夫の伊藤文学が赤裸々に書き下ろした、伊藤ミカの震撼すべき舞踏の書だ。」(図書新聞8/15付より)
『イザベラ・バードを歩く』が北海道新聞(7/3付)にて著者、釜澤克彦氏とともに大きく紹介されました!!
2009 年 7 月 6 日 月曜日『イギリス・モダニズム小説』が「図書新聞」(7/11号)にて大きく書評されました!!
2009 年 7 月 3 日 金曜日19から20世紀初めにかけて優れた作品を残したイギリスモダニズム小説の作家たち——トマス・ハーディ、ヘンリー・ジェイムズ、ジョゼフ・コンラッド、D・H・ロレンス 、ヴァージニア・ウルフ、そしてジェイムズ・ジョイスの作品研究とエロスとしてのモダニズム論である。
「彼らは世紀末から世界大戦へと至る時代の変動期において、人間と社会が、膨れ上がる文明の暗雲に閉ざされ、精神的にきわめて危機的な状況に置かれていることを強く認識していた。そのために、目に見える人生の外面ではなく、目に見えない人生の内面、即ち本能的なもの、無意識的なもの、あるいは言葉を越えたものを重視する態度を持ち、それをいかに表現するかについて、きわめて意識的な作家であった。」(本書「まえがき」より)








