産婆さんを訪ねて

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産婆さんを訪ねて 第1回

第1回 お産に見るこの国の移り変わり

むらき数子

あなたはどこで生まれましたか? 日本では、1960年から75年の間に、自宅から施設へと出生の場所が大きく変わりました。おおまかにいえば、自宅で生まれた団塊の世代が、施設に入院して産むようになっていたのです。

では、あなたは誰にとりあげてもらいましたか? あなたのお子さんは?

お産の介助をする人を本稿では「産婆さん」と総称しますが、国家資格と無関係に介助した人を「トリアゲバアサン」、明治以降の国家資格を取得した人を「産婆」と呼びます。「産婆」は、1947年に「助産婦」に変わり、2002年以降は「助産師」となっていますが、法的に「保健師助産師看護師法」と「医療法」で認められている職業です。

私は1976年から『銃後史ノート』(注)同人として昭和の十五年戦争期を主な対象として、国策と個々の生活の関わりを、近現代史・女性史・民俗学などに学びながら問い続けてきました。1995年からは産婆・産育をテーマとしてきました。

なぜ産婆をテーマとしたのか? いくつものきっかけが重なっていました。

姉たちが東京で出産した1960年代、自宅や助産所から、医師のいる診療所へ、さらにより大きな病院へと、お産の場所は移っていきました。すでに1961年に「お産婆さんはどこへ行ってしまったのでしょう」と、婦人雑誌『家庭画報』が記した通り、都市部では、助産婦による自宅出産は「古くさい」「はずかしい」と思われていました。

1974年、助産婦で産みたいと思った私は「いまどき、お産婆さんで産むなんて」とあきれられました。街角の助産所の看板が無くなっていました。助産婦はどこへ行ってしまったのでしょう? みんな、なぜ、病院へ行くのでしょう? なぜ、男の医者にかかるのでしょう? なぜ、子どもは二人、なのでしょう?

戦争について学ぶうちに、「産めよ増やせよ」という国策が「一家に子どもは五人」を目標に多産を奨励し避妊堕胎を禁圧していたことを知りました。1945年に第5子として生まれた自分が、国策の申し子であったことを知って、人はなぜ、生殖という最もプライベートな分野への国家の干渉に従い協調するのか? との疑問を深めました。その国策が、職業婦人としての産婆に最前線を担わせていました。そして、敗戦後に人口政策が増加から抑制へと百八十度転換したとき、受胎調節実地指導員として最前線に立たされたのも同じ彼女たちでした。彼女たちはどう思いどう行動したのか?

1992年から、私は自治体史の民俗分野の調査執筆に関わって、農村地域の産婆に接するようになりました。民俗調査報告は、儀礼中心で、産婦や介助者の生の姿が見えないというもどかしさを感じました。村々では高学歴な産婆は、役職に就く例も多く、地域女性史では必ず取り上げられる職種です。それなのに、教育史に現われないのはなぜか? 自分で勉強してみようと思うようになりました。

1995年、民俗学研究会である『古々路(ここじ)の会』に加わった時から、調査テーマを「産育」と決めたのですが、埼玉県秩父郡の山の中の集落で、トリアゲバアサンに出会ったのは衝撃でした。遠い過去に「絶滅」したと思いこんでいたトリアゲバアサンが生きている!

制度と実態のずれ、たてまえとホンネのねじれ、都市と農山村の違い、「常識」と人類普遍との懸隔、国策と個々人の対応……。「産婆・産育」を手がかりに、調査取材のたびに未知の世界と出会い、報告をまとめるたびに、新たな疑問が沸くことを繰り返すうちに、ジグソーパズルが一駒一駒はまってきたような気もします。

「産めよ増やせよ」から「受胎調節」を担った産婆・助産婦は1950年には7万人余りいたのですが、大正から昭和一けた生まれが多かったので、すでに話を聞くことは困難になっています。この連載で、私が会った産婆さんとその周辺の人々のエピソードを紹介しようと思います。 ――つづく――

 

(注)『銃後史ノート』

1977年11月3日「女たちの現在(いま)を問う会」によって創刊。直接戦闘には関わらない、戦場の後方である「銃後」で、女性たちが果たした役割・戦争責任について調査をもとに報告したミニコミ。1996年までに全18号(戦前篇10号、戦後篇8号)を発行した。

 

[ライタープロフィール]

むらき数子(むらき・かずこ)

1945年東京生まれ。「国策と個々の暮らしとの干渉」に関心を抱き、30代は『銃後史ノート』に参加して主婦を主なテーマとする。40代後半から、民俗学研究会である古々路(ここじ)の会に加わり産婆・産育をテーマに調査・報告を重ねている。
「疎開とは女にとって何だったのか」『銃後史ノート』復刊5号、JCA出版、1983.12
「『足らぬ足らぬは工夫が足らぬ』-生活現場での主婦たちの戦い」『女たちの戦争責任』岡野幸江・北田幸恵・長谷川啓・渡邊澄子共編、東京堂出版、2004.9