日々是好日

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日々是好日 第3回

♯3 二足歩行スミレの押し花編

林タムタム

タムは関東に来てから、頻繁に芝居を観に行くようになった。花園神社で大鶴義丹が文字通り空中に昇って行ったのはあっけにとられた。大きい兄ちゃんよう。

とはいえタムの一等好きな芝居は、関西発祥の宝塚歌劇である。宝塚を観ると異様なまでに元気が出る。私に今後、辛いこと悲しいことが起こっても、宝塚がある限り、それらを乗り越えてゆけるだろうという完全に根拠のない(合理的でもない)自信を、宝塚によって給油ノズルガチャ押しチャージするのである。この国で育った割と多くの人は、幼少時、愛と勇気だけが友達なアンパンマンを観ていたと思う(ある人が、人間をアンパンマンから隔離して育てるという無謀な人体実験を、しかも我が子を被験者として行った。しかし、対象に少しでも接触すると子はその虜になってしまったそうである。おそるべきあんぱん)。しかし人は歳をとり大人になり、他人の顔色を見、本音と建て前を使い分け、いつしか愛と勇気だけではやっていけないと変に諦めをつけるようになってしまう。だが、一部の人は幸運にして宝塚歌劇に巡り合う。歌劇は愛と勇気を高らかに歌い上げる。めちゃくちゃキラキラしていて説得力という名の圧がすごい。舞台上の皆がすごく眩しいんだよ。指先も姿勢も横顔もすごく綺麗なんだよ。2次元のあんぱんとは説得力が段チだよ。なんてったって生の舞台だからなぁ。演者自身が信じていなきゃとてもやれないほどの圧である。

宝塚歌劇はこのように強烈な光を放っている。世の中には宝塚が好きな人と宝塚が好きなことにまだ気づいていない人がいるが、前者にも様々なパターンがある。中にはガチ恋の人もいるだろうし、宝塚に生まれ育ち、京阪神における文化的生活の実践として、宝塚をたしなんできた人もいるだろう(羨ましい)。
タム自身は、宝塚を初めて観たときに、私はこれになろうと思った。今は虎の毛皮を着ていても、あるいは、見る人にとっては、大学出たてそこらの小娘に見えていようと、私は人間としてこれになろうと思った。そういう好きを私は明確に自覚したのである。一回死んで15歳になったら宝塚音楽学校を受験しようとかそういう話ではないよ。

何かを好きになる気持ちの在りようは色々だ。一言で好きと言ったって何か決まった気持ちがあるわけではないだろうしその対象も様々だろう。宝塚歌劇をを愛する私は、絶妙な、淡いの中の好意みたいなものを贔屓に抱いているよ。姉さまにすみれの砂糖漬けを贈りたいような、でも一言だって話しかけはできないようなそんな気持ちよ。いつか姉さまのようになれるって信じてる。

この国には、愛と勇気を不可避的に子に刷り込ませておきながら、未だ同性婚が法的に許されない呪いがかかっている。しかしそのくらい当然認めてくれよだ。性別が一緒なだけや。同性を愛する人の中にもいろんな人がいるし、異性を愛する人の中にもいろんな人がいる。そもそも性別とかご自身の中ではっきりしてます? 好きにもいろんな好きの気持ちがあるだろう。
小泉進次郎と滝川クリステルがお互いに結婚したいと思って結婚して、子供も欲しいと思って子供をもうけたのであればそれはおめでとうだ。でもそれは、二人がそれを望んで、その望みが叶ったからよかったねという話でしかない。本当に結婚したいのか、とか、本当に本当に子供が欲しいのか、とか、なんで同性婚が認められないのか、とかタムは近頃考えてしまうのである。宝塚を愛しながら、こんなにも夢を届けてくれる彼女らに、結婚や子をなす夢があったとき、それがタカラジェンヌであるという特大の夢とは両立しないことを、考えてしまうのである。