歩く民主主義

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歩く民主主義 第2回

第2回 中年サーファー再デビューなるか

村上稔

私は50歳を超えていまだに自分探しをしている。なりたい自分になれていないと感じていて、静かにもがいているのだ。

しかし私の自分探しは、やはり若者のそれとは少し違っている。若者は自分が何をやりたいのか、好きなのかが分からなくて探しているのだろうが、私の自分探しは「自分らしさ」や「やりたいこと」などはだいたい分かっているのだ。

ただそれが積年のゴミの山に埋もれ、どこに行ったのか分からなくなっていて、それを見つけるためには、かなりのパワーで発掘しなければならないのである。つまり、若者の爽やかなそれに比しておじさん(私)の自分探しは、カビや腐臭との格闘といった様相を呈する。

このゴミの山という表現は、もちろん精神を表すメタファーであるのだが、先週の私にとっては「現物」なのであった。

私の家は、20年近く前に元々倉庫兼住宅だった中古の家を買って、今風に言うとリノベーションしたものなのだが、その名残で1階のほとんどが倉庫になっている。この中に20年分のモノがギュウギュウに押し込んであって、そのほとんどが永久に使わないモノなので、自然とそれは家の無意識領域での大きなストレスとなっていたのである。

これを思い切って捨て、男の部屋に改装しようと思い立った。

しかし頭デッカチのおじさんが行動するには、何事もビジョンと戦略が必要なのである。そこで作戦を開始するにあたってまずは基本ポリシーを打ち立てた。すなわち、「躊躇なくほぼすべてを捨てる」というものだ。このポリシーが勝敗を決するのは分かっていた。なぜなら、これまでにも同様の計画を立てたことはあったのだが、山を崩し始めたその瞬間から「もったいない」「いつか使うかも」といった迷いにやられて当初のロマンは豆腐のようにもろく崩れ去り、気が付くと自己否定感情でボロボロになって床に座りこんでいる、という惨敗を繰り返してきたからである。

そこで私は、不気味がる家族を横目に「全部捨てる、全部捨てる」と、ブツブツ自分に言い聞かせ自己暗示をかけた。なにせこれはただの掃除ではない。自分探しの旅なのだ。

そして旅の目的地には、素晴らしい風景が広がっていなければならない。私は紙と鉛筆を取り出し、実現されるべき空間をスケッチしてみた。

まず、何も無いミニマムな部屋の壁に9.2フィートのサーフボードがかかっている。15年前にオーダーしたクラシックなデザインの美しいロングボードである。そしてエレクターの棚には、セレクトした好きな本だけが整然と並べられ、BOSEのスピーカーがその脇を固めている。無骨なフローリングの床にはヴィンテージ風のローソファ。お気に入りの多肉植物やサボテンが所々に配置されてある。

まあいかにもステレオタイプのイメージだが、ここでの主役は何と言ってもサーフボードだ。そう、私の好きなもの(得意なものではない)は、やはり20代後半で出会ったサーフィンに本や漫画、そして音楽なのだ。

しかし結婚して子どもが生まれ、家のローンを背負い、仕事に責任が出てきて、いつの間にかそれら好きなものたちはどこへやら。かわりに倉庫の中も頭の中も、義務や現実や永遠に使わないモノたちに埋め尽くされていたのだ。

数日前に私はゴミ処理業者に電話をし、次の土曜日にゴミを取りに来て欲しいというアポイントを確定することで自分を追い込んだ。何を捨てるかは決めていなかったのだが、いくら忙しくても疲れていても、土曜日までに軽トラ一杯分の捨てるものを「用意」しなければならないのだから、逃げる余地が無い。
結果的にこの方法は成功した。土曜日の午後3時、ゴミで一杯になった業者の軽トラックを見送った私は、ガランとした倉庫で一人、充実感を味わっていた。そして目の前には例のサーフボードを入れたソフトケースが残った。

蜘蛛の巣をはらって10年以上ぶりにファスナーを開けてみると、塗りっぱなしだったワックスが黒くなってボードにカビのようにへばりついている。そこであらかじめ買ってあったワックスのリムーバーを使ってゴシゴシと磨く。3時間後、私のサーフボードは見事にピカピカに蘇った。グリーンの縁取りが美しい。

そして私は閃いた。そうだ、私は再びサーファーになる。そして読みたい本を読み、聴きたい音楽を聴こう。それが本来の自分の姿なのだと。

さて、私の自分探しの旅はここまでは成功した。しかし悲しいことに私はまだ自分を疑っている。本当にサーファー再デビューなんてできるのか。お腹周りは90センチ超でボヨボヨ、仕事は忙しく疲れやすい、たまの休日は家の用事でほぼ潰れる。と、できない理由はいくらでも見つかる。「仕方ないよ」と呟くもう一人の自分がいる。このままではおなじみの「夢見る中年」に戻ってしまいそうだ。

よし、ここは例の先アポ作戦でいこう。無理やり日を決めてしまって、サーフィンレッスンでも申し込んでしまったらいいのだ。そう、中年の自分探しは知恵で勝負、なのである。

 

[ライタープロフィール]
村上稔
(株)Tサポート代表取締役 沖縄国際大学特別研究員 元・徳島市議会議員
著書『希望を捨てない市民政治』『買い物難民を救え! 移動スーパーとくし丸の挑戦』『歩く民主主義』(緑風出版)『ひとびとの精神史第8・9巻』(共著・岩波書店)ほか。