歩く民主主義

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歩く民主主義 第1回

第1回 1945年の彼女たち

村上稔

 
住民投票を実現するために市議会議員になったのが32歳の時だからもう20年になる。住民投票は成立し、私たちは吉野川可動堰(巨大ダム)の建設を中止させることに成功した。

そして8年前に県議への転身を目論んで落選、買い物弱者対策の移動スーパーの仕事を始めた。以来コツコツと台数を増やし、今27台の移動スーパーが徳島県内すべての市町村をカバーしている。

というわけで、住民投票の署名集めから始まり、選挙や買い物弱者のお客さん探しまで、年がら年中、人を訪ねて歩くのが私の仕事なのである。

今でも週に2,3日は住宅地図をつぶしながら、1軒1軒歩いている。そんな日々の中で私は、意図せぬままいつの間にか、「歩き=現場主義」の人になっていた。

何かの問題について考える時、理論や机上ではなく、まずは現場に立ってみるというのが、一番間違いが少ないのではないだろうか。……これが20年間の歩きの中から体得した私の確信のようなものなのである。

この3月に所用を兼ねて沖縄を訪れた。

沖縄はもう数回目になるのだが、はじめて1日かけ、じっくりと南部の戦跡を巡った。

私が訪ねた一つは「白梅の塔」といって、ひめゆりと同じように動員された沖縄県立第二女子高等学校の看護兵たちの慰霊碑である。実はこの白梅は、私の連れ合いの祖母姉妹の出身校なのだが、義祖母家族は、米軍上陸前年の「10・10空襲」で焼け出されて九州へ疎開している。大伯母はその年の春に卒業しているので、一つ後輩たちが白梅部隊として血の戦場に駆り出されたのである。

さて合掌をした後、塔を見上げた私の目に入り込んできたのは、先端に彫り込まれている校章の図柄だった。ふいに大きな違和感をもった。戦争の慰霊碑と言えば、第○○軍隊といった「男たち」の印象しかないのだが、そこになぜか女子校の可愛らしい校章が刻印されているのだ。

朝から私は沖縄戦について「頭」で考えながら「学習」してきたのだが、かの校章はいきなり「目」に飛び込んできた。そしてその瞬間、私は言葉で構えることを許されず、全身の血のめぐりが止まったようになって、涙が溢れてきたのである。

それはすでに学習ではなく、ひとつの明らかな「経験」のようなものであった。

敷地内には、彼女たちが自決した壕があって、誰でもその中に入れるようになっている。天気はどんより曇っているし、観光地ではないので辺りには誰もいない。私は一人で壕の暗闇に入っていくのを一瞬、怖いとは思ったが、その感情を彼女たちに申し訳ないと思い直し、勇気を出して入ってみた。

そして一人、死者の声に耳を傾けてみる。

意外なことに、そこで私の感じた彼女たちは優しかった。

おどろおどろしいものではなく、私は暗い壕の中で、なぜか彼女たちの優しさを感じていたのである。

実際にひめゆり平和祈念資料館で流されている証言を聞くと、みんな傷ついた「兵隊さん」を何とかしてあげたいと必死になって働いていた様子が伺える。今風に言うと「普通に」優しい少女たちだったのだ。

同資料館には、持ち歩いていた中原淳一のイラストや可愛らしいバンビのキーホルダーなどが展示されていて、現代の女子高生と何も変わらなかったことが分かる。

彼女たちは色褪せた写真の中で防空頭巾をかぶった気の毒な大昔の人たちではなく、かわいいキーホルダーを宝物にするような、私たちの愛する家族そのものだったのだ。

現場では、自分なりの「経験」として過去に交わることができる。

今回の旅で私が死者と対話したところ(アヤしい霊媒者のようだが)、彼女たちは、まずはこの70数年間、日本に戦争がなかったことを喜んでくれている。そして生き残った同窓生たちが、戦争の悲惨さを伝える最高の努力をしてくれたことを称えている。それはそうだろう。ひめゆりの人たちなど、90歳まで辛い経験を語り部として頑張ってくれたのだから。

そして件の辺野古基地問題については。

彼女たちは答えてくれなかった。彼女たちの思いは、世の中が少しでも平和になればそれで良し、という優しいものだった。

答えは今を生きる私たちにしか出せないのだ。

私は、先般の住民投票の結果がその一つであり得ると思う。

もう何十年も議論と苦悩を重ねてきたのだから、そんな煮詰まった時こその多数決ではないか。

沖縄の人たちの意見は明確になった。それを踏みにじることがあるとすれば、現政権を選んだ私たち全体の責任である。選挙の1票なんてホントに小さすぎて遠すぎて面白くないが、やはりその手綱を放すわけにはいかないのだ。

いずれにしても現場主義の私は、基地問題はやはり1945年を基点とし、優しい彼女たちが微笑んでくれるような結論を出すべきではないか、と思っているのである。 (了)

 

[ライタープロフィール]

村上稔

(株)Tサポート代表取締役 沖縄国際大学特別研究員 元・徳島市議会議員
著書『希望を捨てない市民政治』『買い物難民を救え!移動スーパーとくし丸の挑戦』『歩く民主主義』(緑風出版)『ひとびとの精神史第8・9巻』(共著・岩波書店)ほか。