ワンピースのマンガ学

【著者紹介】

見崎 鉄(みさき てつ)
1965年、長野県生まれ。ライター。
マンガ学の著書に『ドラゴンボールのマンガ学』(彩流社)、歌詞論関係の著書に『阿久悠神話解体』(彩流社)、『Jポップの日本語』(彩流社)、『さだまさしのために』(KKベストセラーズ)、『音楽誌が書かないJポップ批評』(共著、宝島社)。サブカル批評に『ドラゴンボールはいつ終わるか?』(風塵社)、『船井幸雄大研究』『2時間ドラマ大事典』『エヴァンゲリオン完全攻略読本』(以上、共著、三一書房)他がある。

記事一覧

【巻6】

副料理長サンジ

これまでのすっきりした展開とは違って、いささか物語が錯綜してきた感が否めない。これまでのパターンは、訪問先の地で共感できる人物と出会い、それと対立する者を敵とみなし、まずは子分をやっつけて最後に大将にたどりつくというものだった。訪問先の地で共感できる人物と出会うことが必要なのは、ルフィが海賊という反社会的な存在を目指しているため、海賊イコール単純に悪とみなせないから、まずは拠り所を必要とするのだ。同じパターンを反復し、ただ新たな敵の首だけをすげ替えていくと、刺激を強くしないと満足されないので、『ドラゴンボール』のように戦う相手をどんどん強くしていかざるをえない。それを避けるために、強さ以外でキャラクターの多様性を出そうとしているのだろう。
金を持ってないからと店からたたき出された「客」であるギンにメシをめぐむサンジを見て、ルフィは仲間になってくれとしつこく頼む。そのしつこさゾロにそうしたときと似ている。だが仲間になれと誘っても、ゾロもナミもそうだったがサンジにもまた嫌だと断られる。クリークとの戦いの直前にナミが逃げ出したとき、ルフィは「あいつが航海士じゃなきゃいやだ!」(50)となぜかこだわる。ナミに根拠はよくわからない。いちど仲間になったらとことん信じるということか。
さて、ゾロの場合は強いという前評判があったのに、一目見ただけのサンジのどこがそれほど気に入ったのだろうか。サンジは後にクリークやその手下に対しても仲間の制止も聞かず、メシを与えようとするが、その一端がすでにギンに対する行動に表れていた。サンジの理屈は、相手が悪党でも関係ない、「食ういてェ奴には食わせてやる! コックってのはそれでいいんじゃねェのか!」(47)というもので、そのあとのことは考えない。他のコック仲間は悪党が腹を空かせて弱っている間に退治しようという考えなのだが、サンジは、コックは食事を用意する以外の余計なことは考えないという極端なほどの職人気質だ。とはいえ、サンジはコックらしいことを言うが身なりはコックらしくない。やっていることもウェイターだし、女を見ればくどく。それにいつも煙草をくわえている。コックらしいことを言うけれどコックらしいことをしている場面はない。それに比べたら仲間のコックたちのほうがはるかにコックらしい。コックらしいことを言う者がコックとは限らない。何にせよ、サンジはコックである以上はコックとしての筋をとおそうとする。そういうサンジをルフィは「な! なんか、あいついいだろ!」(48)と惚れている。
50隻の海賊船を束ね海賊艦隊の首領(ドン)で怪物と怖れられるクリークがレストランを襲う。クリークは鋼の鎧を身につけていて、バズーカ砲を受けてもびくともしない。鎧には何丁もの銃が仕込まれている。クリークによりオーナー・ゼフの正体が明かされる。ゼフは岩盤をも砕く蹴り技の達人として怖れられていた。クリークの艦隊は「偉大なる航路(グランドライン)」で一週間もたなかったが、ゼフはそこで一年航海したといい、その航海日誌をクリークは狙う。今のゼフにとってレストランは「宝」である(p10)。サンジやコックたちもレストランを守ろうとする。いよいよクリークの手下が攻めて来てそれを迎え撃つためにサンジの実力がわかるかと思いきや、話が別のほうへズレていく。クリークが「偉大なる航路(グランドライン)」で出会った謎めいた男、鷹の目のミホークがクリークの後を追って現れる。クリークがいざ攻めてくると思ったら大型船が寸断される。何故ミホークはクリークを狙うのか。その理由は「ヒマつぶし」(50)だという。作者は他に納得できる理由を考えられなかったのだろう。けれどここでミホークを動かしたくなったのだ。ミホークは謎めかして語られていたので、おそらくルフィがこの先いつか出会う強敵かと思われたが、こうしてあっさりとその姿を見せるのだ。

鷹の目のミホーク

この巻で作者が一番書きたかったのは鷹の目のミホークだろう。海賊の首領(ドン)クリークの話だったのに、ミホークが割り込んでしまった。ミホークは「偉大なる航路(グランドライン)」で突然現れ、その恐ろしさで「現実なのか…夢なのか」(48)、人の頭を混乱させるほどである。ミホークはまず噂として登場するわけだが、それだけの人物ならあとになって満を持しての登場になるかと思いきや、意外にもすぐ登場するのである。作者は待ちきれず描いてしまったのではないだろうか。その証拠にミホークが顔見せであるかのようにゾロと刀をまじえて去ったあと、また何事もなかったかのようにクリークの話に戻るのである。
ではミホークは何者だろうか。ミホークはこれまでの登場人物とは雰囲気が違う。剣で大型船を寸断してしまう。ゼフはミホークのことを「大剣豪」とか「世界中の剣士の頂点に立つ男」(50)だとか言うが、クリークが「ただの人間に大帆船をブッた斬れるとでも思ってんのか!? 悪魔の実の能力(ちから)に決まってんだろうが!」(53)と言うように「ただの人間」の頂点にすぎない剣豪ではない。しかしかといって同じく悪魔の実を食べたルフィやバギーとも異なった能力である。ルフィやバギーは身体が変形したがミホークは見かけは普通の人間である。肉体をもった存在というより霊的な存在であるかのように感じられるのである。
ミホークは奇妙なかたちの船に乗って現れる。黒く菱形をしていて、船というより神饌を置く三方(さんぽう)の上の部分が海に浮かんでいるかのようだ。海の彼方から訪れた神のようにも見える。その背中に背負っているおおぶりな剣「黒刀」も十字架そっくりだ。ミホークの造形は、帽子や髭や衣装など、ほぼ同じ頃に公開された映画『マスク・オブ・ゾロ』(1998.10.10公開。一方、ミホークの登場は同年8月頃)のスペイン人の剣士ゾロにどこか似ている。『ONE PIECE』でもゾロの名前はむしろミホークのほうがふさわしいくらいだ。その怪傑ゾロに歌舞伎の隈取りのような目をさせた和洋折衷の感じになっている。服装は海賊でも現代ふうでもなく異質である。しゃべり方も、「猛(た)ける己(おの)が心力(しんりょく)挿(さ)して、この剣を越えてみよ!」(52)などと文語的な古風な話し方をしている。しゃべり方ひとつとっても、何百年も生きているような、この世のものではない神秘性をほのめかしている。バギーが悪魔の実を食べても、その精神的な部分は変わらず、能力を使って俗物性が助長されただけだが、ミホークはそういう点でも悪魔の実の能力者とは異なるのだ。もしルフィがミホークと戦うことになれば、ルフィはあといくつか悪魔の実を食わねば対抗できないだろう。
ミホークはゾロの目標である。ルフィの目標である「海賊王」は依然曖昧なままであることに比べると、ゾロの目標は意外に早い段階で姿を現したことになる。もっとも、ゾロは現在の実力ではミホークに赤子の手をひねられるように簡単に負けてしまう。ゾロも登場したばかりのときは「魔獣のような奴」(2)だとか、その名を聞いただけで人が震え上がる危険な存在だとされていたのにである。ミホークはゾロに「強き心力(しんりょく)」(51)を見出して、つまりゾロの将来の伸びしろに期待して、ゾロを殺さないでおく。ゾロはミホークに斬られるとき正面を向く。「背中の傷は剣士の恥だ」(51)という理屈だ。これはサンジがかたくななまでにコックの論理をとおしたのと同じだ。生や死よりも剣士の誇りや意地といったものを重視するのである。ルフィはそういうプライドがあって意地があってそれを裏打ちする実力のある奴が好きなのだ。一方、ミホークもそういった精神を理解する者として描かれる。
ゾロは重傷を負う。考えてみれば、ゾロはケガが絶えない。バギーの部下カバジとの一戦でも深手を負うし、クロの部下ニューバン兄弟にも斬られている。医者に手当してもらうわけでもないし『ドラゴンボール』の仙豆のように便利な回復薬がわるわけでもないが、食べて寝るだけで回復してしまう。ゾロは普通の人間だが、重傷でも自然治癒してしまう死なない身体になっているのだ。

海賊の首領(ドン)クリーク

クリークの造形は海軍大佐モーガンの焼き直しのように見える。恐怖で手下を支配しているという点もこれまでの敵と同じだ。ただその地位はモーガンとは比較にならない。クリークは50隻の海賊船の船長を従える海賊の首領(ドン)であり、東の海で「最強最悪」の「怪物」(45)と恐れられている。これまで戦ってきたアルビダやバギーやクロといった船長たちよりもさらに格が上なのだ。いきなり手強い相手が登場したものだ。だがそのクリークがその強さを示そうとする直前に鷹の目のミホークが現れ、さらにその上の世界をルフィたちに見せてしまう。かなりの急テンポで、圧倒的な強さ、つまり力の格差が開示されていく。
第22話では、ルフィがいる天体の海は「2つある」と言われている。「赤い土の大陸(レッドライン)」によって「真っ2(ぷた)つに両断」されているのだ。だが第51話では設定が進化して、2つの海は「偉大なる航路(グランドライン)」によってさらに区分され、「NORTH BLUE(ノースブルー)」「SOUTH BLUE(サウスブルー)」「EAST BLUE(イーストブルー)」「WEST BLUE(ウエストブルー)」の4つに分かれていることになった。そのうち、ルフィたちが現在いる東の海は、4つの海のなかで「最弱の海」とされているのだ。4つの海に加えて「偉大なる航路(グランドライン)」がその上に位置する最強の海ということになるのだろう。はじめはたんにのっぺりとした世界だったのが、物語が進むにつれ次第に空間は分割され、上下の区分がつけられ、ルフィには登っていかなければならない階段が作られていく。「偉大なる航路(グランドライン)」に到達するまでに越えねばならない階梯が刻まれていくのだ。しかもまだ「赤い土の大陸(レッドライン)」についての情報は全く明かされていない。ミホークは「偉大なる航路(グランドライン)」から現れた今のところ最強の剣士であるが、おそらくそのうちミホークは格下の剣士ということになってしまうのだろう。

銃と刀剣

これまでの戦いをふりかえってみると、斬ることが重視されていることがわかる。
アルビダ 棍棒で殴る
モーガン 斧で斬る
海軍 銃で撃つ
ゾロ 刀で斬る
バギー 大砲で撃つ
バギー 短刀で刺す(バラバラ砲)
モージ 猛獣(ライオン)
カバジ 刀で斬る
クロ 猫の爪で斬る
ジャンゴ チャクラム(円盤)
ニャーバン兄弟 猫の爪、体重
手下 刀や斧
ウソップ パチンコ
ジョニー 大刀
フルボディ メリケンサック
クリーク 銃で撃つ
ミホーク 刀で斬る
刀剣と銃では銃のほうが断然有利なはずだが、なぜか両者は入り乱れて使われている。というより、剣のほうが、銃よりかっこいいものとして描かれている。ミホークなどは剣先で銃弾をかわしている。素手で戦っているのだルフィだけだ。コミックスの質問コーナーによれば、作者は幕末のマンガ『るろうに剣心』のアシスタントをやっていたというから、剣を好んでいるのかもしれない。
剣といえば、以前、ゾロの「鬼斬り」について何をしているのかわからないと書いたが、第51話のミホークとの戦いで、「鬼斬り」の瞬間が描かれ、それは3本の刀を交差させることで「敵が吹き飛ぶ大技」であることがわかる。

「偉大なる航路(グランドライン)」と「海賊王」をめぐる言語ゲーム

これまでこのマンガには大きなキーワードが三つでている。「海賊王」「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」「偉大なる航路(グランドライン)」である。これまでわかっていることをまとめると、この三つは最終目的である「海賊王」へ至る過程であるということになる。「偉大なる航路(グランドライン)」に入り、「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」を獲得し、「海賊王」になる、という順番である。
「偉大なる航路(グランドライン)」からみていこう。それは「偉大なる」と呼ばれてはいるがいささか反語的である。というのも、航路というのは文字どおり船の通る道筋だが、その「航路」は恐ろしくて通ることができないからだ。航路は陸の地形や中継地や海流、風向きや最短距離などを考慮して決まってくるものだが、「偉大なる航路(グランドライン)」は通常の航路としては避けるべき道なのだ。航路と呼ばれてはいるが使えない航路である。いわば航路からは排除されているものが航路と呼ばれていて、それが「偉大なる」と形容されているのである。
「偉大なる航路(グランドライン)」の秘密は次第に明らかにされる。まずその場所が描かれた海図は海賊バギーが持っていて、それはかなり重要な情報とみなされ、女盗賊ナミとのあいだで争奪戦がおきる。後にナミは「偉大なる航路(グランドライン)」について、それはこの天体の中心に位置する円周平面上に長く伸びた「赤い土の大陸(レッドライン)」の一番大きな町がある地点において大陸と垂直に交わる平面上にある航路のことである、といったようなことを解説する。定義からして、普通の航海のための航路というより地理的な名称に思える。ただそういう交易に必要とも思えない場所を冒険的に好んで通ろうとするから、そこも航路になったということだろう。箱男のガイモンとルフィがバギーの海図を見ても、どれが「偉大なる航路(グランドライン)」なのかわからないと言っている。だが、航路としてはとても単純なので、それを示す海図など必要だとは思えないくらいだ。それにそこには危険な海賊たちがうごめいているというから、その航路の道筋じたいは秘密めいたものでもなんでもなく、たんにナミたちが知らなかっただけなのである。バギーも海図がないとそこがわからないらしいので、バギーもまた海賊としては二流の存在なのであろう。
それまではガイモンが「以前“偉大なる航路(グランドライン)”から逃げ帰ったって海賊達を見た事があるが、まるで死人みてェに戦意を失っちまって、そりゃ見るに忍びねェ顔(ツラ)してやがったよ。何か相当恐ろしい事でもあったのか、恐ろしい海賊に遭ったのか、化物(ばけもの)にでも出くわしたか…」(22)と語るように、「偉大なる航路(グランドライン)」については、そこから戻ってきた連中の様子を通して語られるという「伝聞の伝聞」でしかなかった。しかし巻6では、ルフィはそこから戻ってきた人から直接話を聞くことになる。そこでは海賊クリークの手下ギンはこう言っている。
ギン「信じきれねェんだ…“偉大なる航路(グランドライン)に入って七日目のあの海での出来事が現実なのか…夢なのか、まだ頭の中で整理がつかねェでいるんだ。…突然現れた…たった一人の男に、50隻の艦隊が壊滅させられたなんて…!(略)あの時、嵐が来なかったら、おれ達の本船も完全にやられてた」(48)
ここでは「偉大なる航路(グランドライン)」の恐ろしさの秘密が明かされているのだが、これはちょっと意外な内容だ。というのも、これまでは“偉大なる航路(グランドライン)”が恐ろしいのは海そのもので、例えばバミューダ・トライアングルのような謎があったり、あるいはルフィたちの住む地球はとても奇妙な陸地のかたちをしているので、それによって囲まれる海も奇妙な海流の動きをしていたり波が極端に荒いといったことが恐ろしい自然現象を生んでいるのかと思ったがそうではなく、鷹の目のミホークのような悪魔の実の能力者がその原因とされている。むしろ自然現象(嵐)は救いの神だったのだ。別のところで、ミホークは悪魔の実の能力者だとクリークは語っているが、実は“偉大なる航路(グランドライン)”を守護する聖人のような存在かもしれない。
海上レストランのオーナーであるゼフは元海賊で、「偉大なる航路(グランドライン)」に入って一年間航海し無傷で帰ったという経験を持っている。それを記録した航海日誌があり、航海日誌には悪魔の実の能力者に対抗する方法やワンピースの情報が書いてあるはずとクリークは言い、それを強引に奪おうとする。バギーの海図やゼフの航海日誌など、ある場所に行くためのアイテムをゲットしながら進むというRPGゲームのような側面もこのマンガは持っている。
次は「ひとつなぎの大秘宝(ワンピース)」についてである。たんなる「お宝」ではなく、「ひとつなぎの」となっているところがミソだ。何がどのようにつながっているのかわからない。「ひとつなぎ」というから真珠のネックレスのようにつながったものを連想するが、まさかそうではあるまい。何か典拠のある言葉なのだろうが、作者がどこから見つけてきた言葉なのか今のところ不明である。とにかく普通の「宝」ではない、ということを示している。この言葉はどうとでも解釈できる。おそらくそれは単純に物質的なものではない。トレジャーハンター、インディ・ジョーンズの「失われたアーク(聖櫃)」や「クリスタル・スカルの王国」のように神秘的な遺物か宇宙人の手になるオーパーツかもしれない。
さてそのワンピースのある場所は「偉大なる航路(グランドライン)」のどこかにあることは間違いないようだが、ガイモンが言うには「その上“ワンピース”のありかに至ってはもうお手上げだ。噂が噂をよんで何が真実だかわかりゃしねェ。大海賊時代が幕開けして20余年…。すでにその宝は伝説になりつつあるのさ」(22)ということである。「偉大なる航路(グランドライン)」に入ることじたい大変なのだが、そこでワンピースを探すとなると二重に大変なのだ。そうなると、本当にワンピースなるものが存在するのかわからなくなる。いずれにしてもそれが存在することを信じて人々はつき動かされ、物語はそれの獲得を原動力として動いていく。
ワンピースはすごいものとして語られるが具体的に何かはよくわからない。読んだことはないが『ガラスの仮面』の作中劇「紅天女」もそうらしい。もし最後までワンピースが何なのか解明されなかったら、それはヒッチコックのマクガフィンのように吸引力をもつけれど空虚な何かということになるだろう。しかし登場人物たちはワンピースがいかに凄いのかを熱をこめて語る。それを見たことがないにもかかわらず。そして彼らが熱をこめて語るほどワンピースは凄い秘宝として存在しはじめる。ワンピースが何かがわからないからといってその争奪戦がつまらなくなることはない。むしろ何かわからないままワンピースと言っているだけのほうがありがたいもののように感じられる。ワンピースとはこういう財宝なのだとわかってしまったら「なーんだ、それだけのものか」ということになってしまうだろう。ワンピースはたんにお宝というだけではない。それを手にした者の威厳に関わっている。ワンピースを手にした者がもつ威光の方面を言葉にしたのが「海賊王」だ。
では「海賊王」とは何なのか。マンガの冒頭では、こんなふうに書かれていた。
「富・名声・力 かつてこの世の全てを手に入れた男“海賊王”ゴールド・ロジャー」(1)
つまり「海賊王」とは「この世の全てを手に入れた」者のことである。しかし「この世の全て」といっても抽象的なので、具体的には「富・名声・力」ということで「この世の全て」をカバーしているという考えらしい。どこか「ジャンプ」の「友情・努力・勝利」みたいだが、それはいい。「この世の全て」を手に入れたはずのゴールド・ロジャーはなぜ処刑されてしまったのか。それを手放したからか。なぜ手放したのか。そういったことは今後解明されていくだろう。
奇妙なのは、「富・名声・力」といっても、ワンピースが財宝だとしたら、「富」はわかるけれども「名声・力」とは関係ない。もちろん大富豪になれば「名声・力」は付随してくるが、それはカネにものを言わせただけであって、真の「名声・力」ではない。それに海賊は悪とされているのだから「名声・力」とはなじまない。ワンピースを獲得する困難さによって海賊内での「名声・力」は得るだろうが、それでは内輪のことであって「この世の全て」ではない。そもそも「富・名声・力」というものじたい、海賊にふさわしいものというより貴族にふさわしいものだ。そう考えてくると、どうもワンピースはたんなる財宝であることはできない。ワンピースを獲得して「海賊王」になるにはプラスアルファが必要であり、「海賊王」はたんなるお金持ちのことではなく、もっと神秘的な存在なのだ。鷹の目のミホークはこう言っている。
ミホーク「小僧、貴様は何を目指す」
ルフィ「海賊王!」
ミホーク「ただならぬ険しき道ぞ。このおれを越えることよりもな」(52)
すでに述べたようにミホークはかなり神秘的な領域に達しているのだが、「海賊王」はそれを「越える」のである。ミホークは「世界中の剣士の頂点に立つ男」(50)であり、それは「剣士」というジャンルの中の「頂点=王にすぎない。「海賊王」はそれよりもっと広い範囲をカバーする「王」であり、もっと言えば「海賊」とついてはいるが、全ての人間にとっての「王」という意味合いさえ含んでいる。クリークは50隻の海賊艦隊を率いる海賊の首領(ドン)だが、「首領(ドン)」ではあっても「王」ではない。また、クリークは東の海の首領(ドン)にすぎないから「王」ではないのではなく、四海全てを制し、千隻の海賊船を従えたとしても「王」ではないだろう。つまり海賊どもを何人従えたところでそれは海賊の首領(ドン)であって「王」ではない。「王」はそれを質的に超えるものなのだろう。「海賊王」になるための必要最低条件はワンピースを獲得することだ。ワンピースを獲得するより千隻の海賊船を従えることのほうが難しいとしてもそうなのだ。
海賊の天敵は海軍、つまり国家あるいは自治組織の軍隊であり、海賊が私設の不法軍事部隊だとしたら、公設の合法の軍事部隊である。では、ワンピースを狙うのは海賊だけなのか。国家や自治組織はそれを確保しようとしないのか。もともとワンピースは海賊ゴールド・ロジャーによって略奪されたものであろう。それならそれを取り返すべく公的機関も動くはずである。おそらく物語にはこの先そういう描写も出てくるだろう。
これまでのところ、「海賊王」がどういう状態になればそう呼べるのかはよくわからない。だが、ルフィはことあるごとに「おれは海賊王になる」と言う。しかしそれが何を意味するのかよくわかっていない。そしてルフィがそう言うと周囲の者はそれがいかに大変なことなのかを説く。
ルフィ「おれはさ、海賊王になるんだ!」
コビー「海賊王ってゆうのは、この世の全てを手に入れた者の称号ですよ!? つまり富と名声と力の“ひとつなぎの大秘宝”…あの「ワンピース」を目指すって事ですよ!?(略)海賊王なんて、この大海賊時代の頂点に立つなんて、できるわけないですよ!」(2)
コビーは「海賊王」になることとワンピースをゲットすることをイコールであるかのように言うが、もしそうであればワンピースを手に入れた者の他に「海賊王」という称号は必要ないであろう。両者は別物だからこそ違う名前がついているのだ。ワンピースの獲得は「海賊王」になるための最低条件なのか、あるいは、「大海賊時代--史上に唯一人“海賊王”と呼ばれた男G(ゴールド)・ロジャーの遺した大秘宝『ワンピース』をめぐる熱く壮絶な時代--」(7)という文を読むと、「海賊王」の遺した秘宝だからワンピースはすごいものとされるのかとも思えてくる。いずれにしても今のところ「海賊王」もワンピースもよくわからないものなので、お互いを使って定義づけあっても自己言及になってしまい、何もわからない状態を脱することはできない。また、「海賊王」というのは称号であり、人にそう呼ばれるところのものだから、ルフィが「海賊王になる」と言っても、それは自分でなろうと思ってなれるものではなく、周囲の者が「海賊王」と認める(みなす)ことによって「海賊王」になるしかないのだ。
こんな例もある。
ルフィ「海賊王になる」
バギー「フザけんなっ! ハデアホがァ! てめェが海賊王だと!? ならばおれァ神か!? 世界の宝を手にするのはこのおれだ! 夢みてんじゃねェ!」(17)
バギーにとっては「海賊王」の上は「神」なのである。それはもう人間の位としては最高のものなのだろう。コピーもバギーも「海賊王」になることがいかに不可能であるかを説く。それはルフィごときがとうてい辿り着けない夢なのだ。だが肝心の「海賊王」の内実は詳しくは語られない。しかし幸いなことに「史上に唯一人“海賊王”と呼ばれた男G(ゴールド)・ロジャー」がいる。「海賊王」はかつてたった一人だが実在していたことがあることによって、それがたしかに存在しうるものであることを証明している。彼を標本とし、そこへの道が困難であるという語りが積み重ねられることによって「海賊王」をめぐる言語ゲームがまわりはじめる。ただしゴールド・ロジャー自身がどういう人物だったのかわからないし、彼が「海賊王」と呼ばれるのはワンピースを遺したことにあり、そのワンピースの正体が不明であるため、やはり「海賊王」の内実も不明のままなのだ。
ワンピースに辿り着くための「偉大なる航路(グランドライン)」もまた、それがいかに大変な場所であるかが語られる。
コビー「ルフィさん“ワンピース”を目指すって事は…あの“偉大なる航路(グランドライン)”へ入るって事ですよね…! あそこは海賊の墓場とも呼ばれる場所で…」(2)

ルフィ「“偉大なる航路(グランドライン)”へ向かおう!」
コビー「(略)わかってるんですか!? あの場所は世界中から最も屈強な海賊達が集まって来てるんです!」(7)

バギー「あの場所(偉大なる航路(グランドライン)のこと)は名もない海賊がやすやすと通れる甘えた航路じゃねェぞ。てめェらなんぞが“偉大なる航路(グランドライン)”へ入って何をする! 観光旅行でもするつもりか!?」(17)

ナミ「史上にもそれ(偉大なる航路(グランドライン)のこと)を制したのは海賊王ゴールド・ロジャーただ一人! 最も危険な航路だと言われてるわ」
ルフィ「要するにそのラインのどっかに必ず“ワンピース”はあるんだから世界一周旅行って事か」
ガイモン「ばか言え! そんなに容易(たやす)い場所じゃねェ! 少なくとも“海賊の墓場”って異名はホントらしいからな…。以前“偉大なる航路(グランドライン)”から逃げ帰ったって海賊達を見た事があるが、まるで死人みてェに戦意を失っちまって、そりゃ見るに忍びねェ顔(ツラ)してやがったよ。何か相当恐ろしい事でもあったのか、恐ろしい海賊に遭ったのか、化物(ばけもの)にでも出くわしたか…。誰一人口を開こうとはしねェが…、その姿は充分“偉大なる航路(グランドライン)”の凄まじさを物語ってた」(22)

ナミ「私達の向かってる“偉大なる航路(グランドライン)”は世界で最も危険な場所なのよ。その上ワンピースを求める強力な海賊達がうごめいてる」(23)

ギン「“偉大なる航路(グランドライン)”だけはやめときな。あんたまだ若いんだ。生き急ぐことはねェ。(略)」
ルフィ「なんか“偉大なる航路(グランドライン)”について知ってんのか?」
ギン「……いや何も知らねェ。……何もわからねェ。だからこそ恐いんだ…!」(45)

コック「ま…まさか! “首領(ドン)・クリーク”が落ち武者!? この東の海の覇者でも…50隻の“海賊艦隊”でも…! 渡れなかったのか!? “偉大なる航路(グランドライン)”!」(47)

クリーク「ナメるな小僧! 情報こそなかったにせよ、兵力五千の艦隊が、たった七日で壊滅に帰す魔海だぞ!」(48)

クリーク「世の中じゃ伝説とまで云われてる悪魔の実の能力者も…あの“偉大なる航路(グランドライン)”にゃ、うじゃうじゃとうごめいてやがる!」(53)
ガイモンはバギーの海図を見ても、どれがその航路なのかわからない。肝心なのはその場所を知らなくても、「偉大なる航路(グランドライン)」の恐ろしさについては滔々と語ることができたということだ。ガイモンの言葉を具体的に表したのがギンだ。ギンは「偉大なる航路(グランドライン)」から命からがら帰ってきた者だが、詳しいことは何も知らないと怯えている。クリークは「偉大なる航路(グランドライン)」の恐ろしさを「悪魔の実の能力者」の恐ろしさに還元している。「偉大なる航路(グランドライン)」は恐ろしいという噂が人から人へバトンされることによって、その恐ろしさが実在し始める。鷹の目のミホークはその恐ろしさの一端をかいま見せたにすぎない。

悟空とルフィ

「偉大なる航路(グランドライン)」に危険なほど強い奴がいると聞いてルフィは「くーーっ、ぞくぞくするなーーっ! やっぱそうでなくっちゃなーーっ」喜んでいるので、ウソップから「てめーは少しは身の危険を知れ!」(49)とツッコミを入れられている。この「ぞくぞくする」は『ドラゴンボール』孫悟空の口癖である「わくわくする」に相当する。悟空もまた、強い相手がいると危険であることを案じるよりも「わくわく」してくるのである。そういう悟空の人間ばなれした超躁状態は、彼が実は戦いの好きな宇宙人だったという伏線になっている。ルフィもまた腕力には自信があるようなので、心配より楽しみの方が大きいようなのだが、人が怖れることすら楽しみを感じるというちょっと異常な感じはルフィもまた人間ではない何かであることを予感させるものである。
伏線といえば、読者の質問コーナーで知ったのだが(p124)、クロのエピソードで回想シーンに出てくる海軍の兵隊は巻1に出てくる斧手のモーガンだという。そういえば名もない兵士なのに「砕けたアゴ」(37)云々という具体的なセリフが出てきたのに引っかかりがあったのだが、それはモーガンの鋼の顎のことを暗示していたのだ。モーガンが大佐に昇格できたのもクロ(偽物)を捕まえたおかげだという。もちろん回想の中のモーガンは元からの伏線だったのではなく、事後的に伏線になったのである(たぶん)。
このマンガには帽子だの煙草だのといった小道具が多いし、登場人物も多い。小道具はその由来を語る伏線をつくることができるし、人物が多ければ回収できる伏線にこと欠かないことになる。それぞれの人物について簡単なエピソードが回想形式で語られるが、それはその人の一部でしかない中途半端なエピソードだ。謎はすぐ解明されると思ったら、解明されるのは一部だけだったのである。あとはいつか解明されるかもしれない将来の伏線として潜在的に存在しているのである。
※2012.1.5更新 見崎鉄