ワンピースのマンガ学

【著者紹介】

見崎 鉄(みさき てつ)
1965年、長野県生まれ。ライター。
マンガ学の著書に『ドラゴンボールのマンガ学』(彩流社)、歌詞論関係の著書に『阿久悠神話解体』(彩流社)、『Jポップの日本語』(彩流社)、『さだまさしのために』(KKベストセラーズ)、『音楽誌が書かないJポップ批評』(共著、宝島社)。サブカル批評に『ドラゴンボールはいつ終わるか?』(風塵社)、『船井幸雄大研究』『2時間ドラマ大事典』『エヴァンゲリオン完全攻略読本』(以上、共著、三一書房)他がある。

記事一覧

【巻3】

バギー(その2)

バギーとの戦いが本格化する。ルフィとバギーというどちらも特殊能力をもった者どうしの戦いである。巻1のところで、ルフィの身体が伸びることの弱点として伸びきったときにスキができると指摘しておいたが、バギーはその弱点を突いている。「面白ェ能力だが…! 伸びきった腕はスキだらけだな!」と刀で切ろうとする。しかしルフィもそうはさせじと「ゴムゴムの鎌」で応酬する。ただしゴム人間は弾丸には抵抗できるが、刃物には弱いという点は変わらない。
バギーも多彩なバラバラ攻撃を繰り出す。防御としての「バラバラ緊急脱出」はよく思いついたものだ。「バラバラ砲」の2段階切り離しとか、さらに細分する「バラバラファスティバル」など、身体がバラバラになるというだけなのに、それをどう活かすかについて作者はよく考えている。
バギーの弱点は身体はバラバラになってもその感覚は全体につながっていて、残された部分を攻撃されると遠隔移動しているほうにも影響がでるという弱点がある。一方、ルフィのほうはゴムのように伸びるという特性のほかに格闘センスじたいが優れている。バギーはバラバラになることに頼りすぎているのに対し、ルフィはゴムゴムはあくまで決め技として使うだけなのだ。
シャンクスとバギーの因縁も語られている。バギーは悪魔の実を食べたせいでピエロのような顔になったのではなく、昔からそう生まれついていたのだ。かつては鼻だけがピエロのようだったが、のちに唇もピエロのように塗るなど、鼻という負の特徴を中心にアイデンティティを形成していったのだ。また、悪魔の実はそれを食べたことによる能力はさまざまなのに、その代償は非対称で、一律に泳げなくなるものだということがわかる。

ウソップ

巻3で新たに登場した重要人物はウソップである。作者はかぶりものが好きらしく、ウソップも頭にバンダナを巻いている。他にも、左手にこれまた作者が好きな縞模様に塗り分けられたサポーターをし、また大きなガマ口(ぐち)を肩にかけている。このガマ口はそこに何が入っているかはわからないが、ウソップはたんなる嘘つきではなく、見かけの他に隠しもった何かがあることの隠喩になっている。縞模様といえばあとに出てくる執事のクツも縞模様だし、手下だるジャンゴの顎もファラオのマスクのように伸びた縞模様になっている。
ウソップはその名のとおりイソップとイソップ寓話のひとつである嘘つきの狼少年を混淆させたものだ。バギーのエピソードでもプードル犬に似た町長の名前がブードルであったように、このマンガでは名は体を表すという名詮自性の論理がしばしば使われている。子分のピーマン、にんじん、たまねぎはその名前そっくりの外見で描かれている。ウソップの鼻がとがっているのは嘘をつくと伸びるピノキオの鼻からきているのだろうし、唇が厚く目立っているのは、しゃべるのが特技だからだろう。ウソップのとがった鼻はバギーの丸い鼻とは正反対だが、目立つところは似ている。
はるか古代につくられたイソップの寓話は動物ものが多い。人間と動物はまだ親密な関係にあったのだ。ウソップはそれがベースにした名前が示すように、このマンガに人間と自然が分化する以前の不思議な世界の文法を持ちこむものだ。魔法的な出来事が通用したり、不思議な生き物が住んでいたりするような世界なのだ。もちろん、これまでにも悪魔の実のような魔法が存在したのだが、それはこの世界では極めて異例なことであった。ゴム人間であるルフィを見てナミは「あんた一体何なのよっ!」(15)とか「人間業(にんげんわざ)じゃないもの!」(16)と驚愕している。つまりそれは魔法がありふれた世界ではない、普通の人間が暮している世界のルールを保持しているということだ。ところが、バギーの話が終わって、ウソップの話に移るあいだに差し挟まれた宝箱に詰まって出られなくなった男の話からおかしくなってくる。この島には鶏のような犬、兎のような蛇、ライオンのような猪が住んでいるのだ。世界の文法が狂いだしている。これは次のウソップの世界を予感させるものだ。魔法的な世界は異例ではなく、普遍的になろうとしているのだ。作者は『ONE PIECE』をどのような世界観で描くか模索していて、ここにきてようやくそれがメルヘン、あるいはファタジーの方向にしようと固まってきたのではないだろうか。
勘違いしやすいが、狼少年とは嘘つきの少年のことではない。その語が由来する寓話を別の面から解釈すれば、言ったことを本当のことにしてしまう言霊の能力をもった人のことなのである。ウソップはたんなる嘘つきではなく、狼少年というコンテクストを背負っており、狼少年の能力は、嘘をつき続けているうちにいつしかそれを本当に実現させてしまうことにある。違う言い方をすれば、嘘を実現する者を呼び寄せるということだ。大富豪のお嬢様の執事は、いっけん真面目そうに見えるが、ウソップの嘘が本当のことに逆転してしまう世界では何かが逆転せざるをえないから、一番真面目で誠実にふるまう者ほど裏で悪事をはたらいている。執事は真面目そうにふるまうぶんだけ悪役にでなければならないのだ。
ウソップは嘘をついたり本当のことを言ったりする。執事も表の顔と裏の顔をもっている。道化の海賊バギーも二つの顔をもっていた。それは道化師という存在性格がそう見せるものだ。道化師が人前に見せるのは、化粧で厚く塗られて隠された表の顔だが、その他に、化粧を落とした裏の顔をもっている。道化師という言葉から人々が連想するのはそうした二面性だ。この物語にはそうした「騙し」がいくつも重ねられている。
ウソップはルフィとどこか似ている。ルフィの海賊王になるという夢は、あまりに大きくて他人にはホラに聞こえる。ウソップも自分は大海賊団のキャプテンだなどといった大ボラを吹くが、それはホラだと自覚している。自覚しているからそれは嘘になる。
ウソップは「海賊が攻めてきたぞーっ! 逃げろーっ!」とウソをつく。村人があわてふためく様を見物して「はー、今日もいい事をした! このたいくつな村に刺激という風を送り込んでやった!」(23)と楽しんでいる。愉快犯なのだが、見方を変えれば、毎日、緊急避難訓練をしているとも思える。そもそもウソップはなぜ嘘をつくようになったのだろうか。彼の父親は海賊になるため幼い息子を置いて島を出てしまった。ウソップに母親がいるのかはわからない。ウソップが「海賊が攻めてきたぞーっ!」と嘘をつくのは、海賊になった父親に戻ってきて欲しいという願望だろう。そして平和で退屈な暮しをしている村人のようにではなく、父親のように生きたいのだ。
実はウソップが「海賊が攻めてきたぞーっ!」と叫ぶのは嘘ではない。海賊は執事になりすましてカヤの家に潜り込んでいたからだ。ウソップ自身、自分の言っている言葉が何を意味しているか気がついていなかったのだ。

箱男

ここで、バギーとウソップのあいだに挟まれた箱男の物語について若干ふれておく。箱男はそうした「騙し」に対極的な誠実さを象徴する。箱男の物語はバギーの物語を一旦忘れさせ、仕切りなおす役目をはたしている。
箱男は人をあざむくには極端に不自由すぎる。むしろ彼は宝箱の中身がカラであることも確認できずに20年も過ごしたのだ。宝を見るためには大岩の上に登らなければならないが、地を這ことしかできない箱男にはそれができない。箱男は人をあざむくよりむしろ自分をあざむく者である。箱男は結局ルフィによっても救出されなかった。20年のうちに体が箱に「ミラクルフィット」しており、箱を壊したら体がいかれてしまうからだ。箱男はいろんなものの象徴である。箱男のいびつな体は、海賊の財宝を獲得したいという欲望にとりつかれた者たちのいびつな欲望の象徴である。また箱男が大切に守ってきた宝箱がカラだったというのは、ひとつなぎの財宝であるワンピースも、もしかしたらそんなものは存在しないものなのかもしれないことを暗示している。そして宝を守るうちに、いつしか島の珍獣たちに愛着がわき珍獣を守ることが生きがいになったように、宝探しは宝そのものが重要ではなく、宝を見つける過程が重要であり、それじたいが喜びなのだということを教えるものだ。そもそもルフィはワンピースを見つけてそれで贅沢な暮しをしようというわけではない。ただ海賊王の名誉が欲しいだけだ。このマンガはその最初からワンピースという目的は、目的それじたいではなく、別のものが指向されていたのである。
箱男のエピソードで、このマンガの地理が具体的に説明される。地球は紐のように細長い陸地が惑星を一周して海を二分しているという、神話的な配置になっている。こういう不思議な地形では、いろんな不思議なことがおこりそうだ。松本零士の『惑星ロボ ダンガードA(エース)』のプロメテがちょうどこんな感じだった。

キャプテン・クロ(執事)と催眠術師ジャンゴ

富豪のお嬢様カヤの執事クラハドールは海賊のキャプテン・クロが化けた姿なのだが、この執事には眼鏡を両手で「クイッ、クイッ」と持ち上げる癖がある。それはマンガのキャラ造形として面白いのだが、一方、私たちの現実においても、眼鏡がずり落ちるのを気にしてブリッジの部分を指で押し上げる人がいて、それはじっさいにずり落ちるのを防ぐほかに、緊張をやわらげる、間を持たすといったような意味合いでブリッジに触れる場合がある。この執事が眼鏡を神経質に気にするしぐさを見て読者は、この執事の無意識のふるまいには何か隠されているものが違うやり方で露にされているのだと感じるのである。眼鏡がきちんとかけられているかということに絶えず気を使うのは、この執事の芝居の役がうまくこなせているかということに絶えず気を使っているということだ。
執事とカヤは対照的だ。執事は黒髪で上下黒服なのだが、カヤは髪も服もベッドもシーツも枕もみんな白だ。アニメなどでは着彩されるかもしれないが、白黒二価のマンガでは白なのである。執事の仲間のジャンゴも黒い帽子に黒いスーツと、これまた同類であることを示している。
面白いキャラクターがまた一人出てきた。「うしろ向き男」こと催眠術師ジャンゴである。ジャンゴは海賊クロの手下だ。『鏡の国のアリス』の住人のように背中からあべこべの向きに歩くのである。マイケル・ジャクソンのムーン・ウォークをパロディにしたものだ。黒い帽子や足つきなどもマイケルを模している。「うしろ向き男」のあべこべは、黒人のマイケルがあべこべに白人になろうとしたように、嘘と本当が反転するこのエピソードを象徴している。誠実な執事は実は財産の乗っ取りをたくらむ海賊で、にもかかわらず彼はウソップを誹謗して、「財産目当てにお嬢様に近づく…!」「何か企みがある」(25)と言っている。それは自分のことなのにあべこべに他人に向かってそう言うのである。ジャンゴは催眠術師なのに、あべこべに自分が術にかかって寝てしまう。催眠術というのもまた、起きている状態とはあべこべの状態にしてしまうものだ。
ウソップはカヤの屋敷に忍び込んで口からでまかせの物語を聞かせてはカヤを慰めている。ウソップの嘘は、たんなる嘘ではなく物語作者としての才能が発揮されたものだ。アラビアンナイトのようにカヤに聞かせるには作り話という枠組みがあるからいいのだが、村人の日常にそれを直に持ちこむと嘘になってしまうのである。海賊クロは「計算された略奪をくり返す事で有名」(26)である。クロとの戦いはバギーのように体を使った戦いではない。頭脳戦だ。クロは「忠実な執事がお嬢様から遺言で財産を相続する」という物語を3年かけて築きあげた。それを打ち砕くためにウソップによる対抗物語が必要なのだ。
このマンガの特徴のひとつに回想が多いことがあげられる。回想部分はコマの枠線の「外側が黒く塗られるのでよくわかる。この巻では、バギーとシャンクスの若い頃、箱男が箱のはまった経緯、ルフィとウソップの父親とのからみなどが回想されている。回想は過去を謎として持ち越し引きずるのではなく、その場ですぐ解き明かしてしまう。明快でじれったさがない。また、時間的な現在だけでなく過去を織り込んでゆくことで物語に厚みが出る。
※2011.9.5更新 見崎鉄