ワンピースのマンガ学

【著者紹介】

見崎 鉄(みさき てつ)
1965年、長野県生まれ。ライター。
マンガ学の著書に『ドラゴンボールのマンガ学』(彩流社)、歌詞論関係の著書に『阿久悠神話解体』(彩流社)、『Jポップの日本語』(彩流社)、『さだまさしのために』(KKベストセラーズ)、『音楽誌が書かないJポップ批評』(共著、宝島社)。サブカル批評に『ドラゴンボールはいつ終わるか?』(風塵社)、『船井幸雄大研究』『2時間ドラマ大事典』『エヴァンゲリオン完全攻略読本』(以上、共著、三一書房)他がある。

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【巻0】

『ワンピース』についての事前知識はほとんどない。知っているのは、夏休みに蝉とりでもするような麦わら帽子に半袖半ズボンの姿の少年が主人公だということ、それが格好に似合わず海賊の物語であるということ、そしてワンピースという言葉の響きだけである。それが服のワンピースなのか、 one peace なのか one piece なのかさえ知らない。インターネットで調べればあるていどのことはわかるが、これからマンガを読んでいくので偏見をもたないように、これも見ない。
にもかかわらずこのマンガについて書いてみようと思ったのは、二〇一〇年に第60巻の初版発行部数が国内最多の340万部だったとか、累計2億部を突破したとか、また、これは二〇〇九年の一二月だが、朝日新聞の朝刊に、9ページにわたって広告が掲載されていて驚いたからだ。
テレビのトーク番組やあるいは私の身の周りでも同世代の人がこのマンガについて面白いと口にしているのに、私自身はこのマンガについて全く知らない。特に知ろうとも思わなかったのは好きな絵柄ではなかったからだ。だからこれから全巻を読んで批評するといっても、もしかしたら第1巻で挫折してしまうかもしれないし、あるいは5、6巻で飽きて投げ出してしまうかもしれないし、あるいはまとめて読み出したら面白くて最後まで読み遂げるかもしれない。私としては「世間に追いつく」ためにどちらかといえば最後者を期待しているし、世の中の多くの人が面白いといっているのだからそこには何かあるのだろうからそれを知りたいと思う。何の知識もなく読み始めるのは、読んでいくうちに私の考えが変化していく過程も記したいからだ。
書き方としては、コミックスを1冊ずつ読んではその巻の批評をしてゆくというやり方をとる。だから、第1巻について書いているときは、第2巻以降どのような展開になるかわからないで書いていることになる。ここに書いている「0巻」というのは、まだマンガそのものにはふれていない状態で書いている。近々上梓する『ドラゴンボールのマンガ学』との最大の違いは、『ドラゴンボール~』の方は、連載が終了し、全体を眺めわたすことができる地点から、自由に随所を参照し、その構造を取りだしていたのにたいし、今回の『ワンピース~』は、1冊ずつ読んでは、いわばライブ感覚で批評し、それを積み上げてゆくことにある。

とりあえず、じっさいに読み始める前に手持ちの知識だけで書き出してみよう。
まずタイトル。もしこれが『one peace』だったらどうか。 peace というのは平和とか平穏という意味だ。少年マンガで平和というと偽善に聞こえるし、平穏では冒険が始まらない。となると one piece だが、one piece は辞書的には服(水着)のワンピースが一般的だが、海賊の物語にはそぐわない。 piece という語からはシェル・シルヴァスタインの絵本『ぼくを探しに』(THE MISSING PIECE)が思いうかぶ。これは、失われたピース(かけら)を探しもとめるという「本当の自分探し」の話である。何かの piece であるという前提があると、全体の中の一部ということで喪失した全体性を取り戻す運動がはじまる。あるいはジグソーパズルのように最後の一片ということなら、これも埋めるべき欠如があるということで、最後の一かけらを探すべく旅がはじまる。すでに完結して充足しきったものでなく、一部分、かけらであることが重要だ。
ところが one piece という熟語になると、one とか piece といった断片的な意味の言葉が反転して、ばらばらになっていない、分裂していないという意味になる(水着のワンピースも同じだ)。それ自体で充足したひとつのまとまり。『ドラゴンボール』は七つにばらばらになった球(宝物)を集めることが運動を喚起していたが、one piece ならそれとは逆に一つのものをめぐる冒険になるだろう。
次は「海賊」ということである。海賊は山賊よりカッコいい。山賊は身なりが汚く埃くさいイメージがあるが、海賊はゴシックふうの衣装でオシャレなイメージである。船という閉鎖的な空間に暮しているので疑似家族的な共同体になっている。居住場所は閉鎖的だが、大海原という広大な空間を旅し見聞が広く、先進的なものを媒介する。山賊は山の中で獲物が通るのを待っているだけだが、海賊はこちらから出かけてゆく(交易が盛んな場所で待ち伏せていることも多いが)。同じ賊でも海と山ではアフォーダンスがまるで違うから行動原理も異なる。海は山より環境がはるかに不安定だから環境との戦いもある。
マンガの『宇宙海賊キャプテン・ハーロック』とか、映画の『パイレーツ・オブ・カリビアン』『カットスロートアイランド』など海賊は人気がある。人気のある泥棒は匪賊だが義賊でもある。身なりの面からすると、このマンガの主人公は海賊なのに身を飾っていない。永遠の夏休みにある少年の夢の中としての海賊であるかのようだ。