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4月1日からの消費税総額表示雑感。(news046)

2004 年 4 月 15 日 木曜日

いよいよ総額表示がスタートした。飲食店などでも1円単位の端数表示もあれば、丸めて若干値上がりしたものもある。わが業界ではスリップに総額表示をしたものが90%とか。税額表示の扱いが版元各社、書店によって異なるため、1円などの端数の処理で、結果として再販商品とは矛盾する1物2価が出来している。小社は従来通りの「本体+税」表記を”自己責任”で継続する。目下のところは一件だけ、書店を通して確認があった。「お客さんが4月1日以降の新刊は総額表示のはずだが、なぜないのかと聞いています。一応説明したのですが……」という。当然小社の立場を説明、必要があればご本人からの電話を待つと回答。連絡は無かったが、後日談では、問い合わせた人は”税務署”関係の人だった由。もし、調査であれば、消費税アップのための地ならしの始まりか?とも思えるが……

オリンピックの年、イラク戦争は戦闘終結したものの平和は道遠し! パレスチナも暴力の連鎖が続く。米国の大統領選、ロシアの大統領選、日本の参院選……。世界が変わる一年になるのか。いよいよ4月から定価の総額表示もスタートだが、現状維持を。(3月8日)(news045)

2004 年 3 月 17 日 水曜日

ロシアの大統領戦は予測通りのプーチン圧勝。スペインの総選挙は、マドリードの列車爆破テロで、イラクからの撤退を掲げた野党の社会労働党が勝利した。お隣の韓国では大統領の弾劾決議が議会を通り、しばらく権力の空白がつづく。この状況を民主主義の定着と見るのも良しだが、もっとも注目すべきは、現在の韓国の人たちにとっては南北の緊張が全くかつてのような危機意識と脅威にさらされていないということである。これまでなら、北の脅威を叫べば政治の抗争はより大きい敵のために休戦となっていたのである。その意味で、朝鮮半島の現在の緊張は、冷静な判断を日本にも強いるのである。いたずらに緊張を高めることが、北東アジアの未来を開くことにはならないだろう。
さて、選挙の年、台湾の結果は? 日本の参院選は? アルカイーダの予告は? テロと戦うことは極めて政治的なことであり、武力による制圧は不可能なことを歴史が教えているのだが……。(3月17日)

4月から施行される消費税込みの総額表示に関する小社の基本的考え方について(news044)

2004 年 2 月 15 日 日曜日

総額表示の義務化は、今後の税率引き上げ時の痛税感を隠蔽するもので、税率改定時には2種類以上の総額が店頭に混在、現在でも常備品などの定価表示と混在することになり、混乱を招くものです。すでに、「本体+税」という表記で社会的合意が得られている現在、しかも、流通上は全て本体価格で取り引きすることになっており、何の不都合もありません。読者と向き合う書店さんでは、クレームをつける方がいるかも知れませんが、再販売価格は出版社の責任において表示するものであり、その義務については出版社が責任を負うべきものと考えております。従って、小社では現行通りの表示で参りますので、関係各位のご理解とご支援を伏してお願いいたします。

あけましておめでとうございます。多難な一年になりそうな予感。心して前へ!(news043)

2004 年 1 月 4 日 日曜日

ここ数年、右肩下がりの業界はまだ当分トンネルを抜け出せそうもありません。売り上げは下げ止まらず、書店の廃業も加速度的です。読書離れを嘆き、企画の貧困を嘆いても出口は見出せません。出版点数の増大が売れ行き不振の要因とも言われていますが、価値観の多様化が深化している現状では、そのニーズに応える道であるのも確かでしょう。むしろ、問題は多様化した読者に本を知らしめ、届けるシステムの確立が課題なのだと思います。読者が見える企画、読者に繋がる情報、読者に訴える品揃え、これが今年のスローガンでありたいと思っています。。
また、今年は、出版業界にとって大きな問題を抱えています。それは、4月から実施される消費税の重税感隠しが本質の“総額標示”問題です。つまり、消費税を含めた定価を表示した本を作れというお達しです。これが実施されると在庫の本はカバーや帯の作り替えをしないと流通しないという建前になります。かつて、消費税導入の時に、標示カバーを作る経費より、在庫を処分する方が安いため多数の絶版本が出ました。また絶版にしないためには膨大な経費をかけてカバー作りやシール貼りをしたものです。今回の総額標示が完全実施されると、消費税が変わるたびに、在庫本の標示変更をしなければならないという馬鹿げたことをしなければならなくなります。本は知的産物の集積です。単に税金の標示の仕方によって、多数の知的財産を葬り去らなければならないとすれば、“文化国家”も看板倒れというものです。
そういえば、“平和国家”も“国際貢献”という名目で、その実は“アメリカ貢献”の軍隊派兵に踏み切りました。国内では自衛隊ですが、外国では当然ながら“日本軍”です。イラクにおける犠牲者が出ないことを祈るばかりですが、軍隊であることはやがて明らかになるでしょう。
“文化国家”、“平和国家”などという理念が問われる一年になると強く感じます。

編集部だより(No.8 2004・1)

2004 年 1 月 4 日 日曜日

小社は24年目の春を迎えましたが、おめでたいのかどうか、私たちの業界にとっても大変厳しい年明けですが、今年もよろしくお願いいたします。
昨年の今頃は、『臨床文学論』の赤字だらけの校正紙を抱えてその修正に追われ、お正月気分になれず苦闘していたのを思い出します。著者の執念というか、こちらの乗せ方が悪かったのか、様々な要因が重なりシッチャカメッチャカでした。でも出版されるとすぐに朝日新聞で、「(本書は)帰結点があらかじめ決まっている不毛な精神分析批評とはまるっきり違う。言葉の用法に徹底的にこだわりながらも、テクストの構造分析のような内在分析に終始することもない。自らの体験を通じて理論を咀嚼し、自前の方法で作品に係わっているからこそ、読者もスリリングな読みに誘い込まれるのだろう。」(2003・3)という高い評価が出て、著者ともども疲れが一気に吹き飛んでしまいました。
前置きが長くなりましたが、何が言いたかったかというと、最近の編集者の仕事は、旧来のスタイルから一変したということです。つまり、編集者の作業が旧来の印刷所の領域にまで入り込み、すべてではありませんが本文の組版までを編集者がやるようになったのです。この流れは冷酷な「資本の論理」として貫徹され、決して後に戻ることはないでしょう。なぜなのか、少し歴史を振り返ってみたいと思います。
思い出しますと植字のおじさんが、芸術的な技で活字を一字ずつ拾って本文を組付ける活版の時代。これは戦前からの長い歴史を持っています。私たちが活版にかかわっていた80年代までは、校正の終了後に間違いを見つけたりすると、職人のおじさんに一升瓶をさげて行き、頭を下げて再修正をしてもらったものです。今でもごくわずかですが活版の仕事は残っています。活版の歴史が長いので、出版社には組版の原型である紙型が大分残っており、再版する時にはそれを使って印刷したほうが安上がりだからです。
小社は国内の活版印刷の単価が高かったので、創業時は台湾の印刷所の組版もかなり使いました。紙型を航空便で送ってもらい国内で印刷をするわけです。漢字に関しては日本の職人さんよりも優れていたように思います。活版でいうゲタ(〓)がなく、間違いもほんとうに少なかったように思います。日本の植民地時代の教育がいかに徹底していたかを改めて感じたものです。その後台湾は高度成長を迎え、単価が上がってしまい仕事は自然消滅しましたが。
次に多くのお姉さんたちが内職としてやっていたタイプ印刷。もちろん内職だけではなく小冊子やパンフレットなどはこの印刷方法が主流でした。今のワープロ打ちとはちがって、活字を直接手打ちするので、使用頻度の多いものは活字のかどが欠けるという欠点がありました。本の美観を気にする編集者はそのことを大変嫌ったものです。また印字に力がいるのでオペレーターの多くが腱鞘(けんしょう)炎になることもしばしばありました。小社の初期の本は活字のかどが欠けた本がかなりあります。タイプの組版を使ったのは、それで他社との差異をはかり競争力を高めようとしたのでした。
若い男性の仕事として一時期脚光を浴びた写真植字、通称「写植」といわれた時代はほんとうに短いものでした。レンズをもちいて活字を拡大・縮小・変形できるので、本の見出しなどに活版やタイプでは表現出来ないさまざまな書体をつくることができるものです。いわゆるビジュアル化の時代の波に乗り、持てはやされたこともありました。この機械は、タイプと違い値段がはるので、誰もが買いそろえるというわけにはいきませんでした。しかしその後ワープロになり、すぐに写植の機能もそなえたパソコンの時代になり、あっという間に消えていくことになりました。小社と付き合っていた業者の方が大変苦労されているのを目の当たりにすることになります。
そして現在です。昨年の秋、ニューヨーク在住の画家ロス郁子さんの『息子からの手紙』という本をつくりました。ロスさんは1960年代の初め画家への志に燃えニューヨークに渡った女性です。渡米してから40余年、ブルックリン美術学校で知り合ったユダヤ系の画家と結婚、自らを「クラスX」(1996年に『ニューヨーク・クラスX』というタイトルの本を出しました)と称され、志を忘れずに二人で頑張っておられます。『息子からの手紙』は苦学してアメリカの大学の先生になった二人の子供のことと、親としての生き様について書かれた本です。
この本がどのようにしてつくられたかを最後に書いておきたいと思います。まずロスさんからパソコンソフトのワードで印字された原稿がニューヨークから送られてきました(96年の前著の出版時は手書きの原稿でしたが)。その原稿を読み、編集者としての意見や修正した点を書き添えて返送しました。ロスさんがそれを見て修正し、メールの添付ファイルで小社あてに再び送り返して来たわけです。それを「Quark(クオーク)」というソフトに流し込み、私自身が組版をつくるわけです。写真に関しては、この本ではやりませんでしたが、遠距離の場合は「J-PEG形式」で写真の画像を送ってもらい本文に組み込むこともやるようになっています。
これらの作業は、ほんの少し前まで原稿用紙などに計算して赤字指定をし、印刷所へ渡し職人の方にやってもらっていたわけですから、これだけの大変貌がこの間にあったわけです。
これは「革命」そのものです。(S)