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★ウチの本が国会で!

2005 年 4 月 26 日 火曜日

新刊『ハコモノ再生請け負います!』が、衆議院で取り上げられました。

4月25日、衆議院、決算行政監視委員会第三分科会でのこと、田嶋要議員(民主党)が社会保険庁長官への質問で、この本をかざして全国のハコモノのあり方について質したようです。
「この『ハコモノ再生』という本、わたくし昨日ご本人と会ってきました。ご存じかと思いますが、土佐のグリーンピア、いちばん赤字の大きかったところを、1年ちょっとで黒字化された方ですよ。こういう方も民間にはいらっしゃる。
ですから、さまざまなリスクをとって、民間の知恵で、お役所とは違った民間の発想で、いままで考えられなかったようなことを成し遂げていける、そういうことがいくらでもあると思うんです」
ということでした。
郵政がどうなろうと、カンポの宿は民営化するようですし、全国には「再生」を待つこのような施設が沢山あります。机上の空論ではない、実際の体験から生み出された知恵がつまった本書を、役立てていただけたらと思います。
【05.4.26オフサイド通信・杉山】

サッカー、ワールドカップの最終予選始まる。“運も実力のうち”のジーコ・ジャパン!(news054) 2005 年 4 月 5 日 火曜日

2005 年 4 月 5 日 火曜日

アジア最終予選の前半が終わった。アウェーのイラン戦は負けたが、ホームの2試合はどうにかものにした。北朝鮮戦はそれなりの勝ちであったが、バーレーン戦は押し気味ながらも、相手ミスによる勝ちである。幸運と言えなくもない。そして、イラン戦に海外組を入れ、フォーバックに変更して負けたジーコ采配に疑問を呈する向きもある。かつてトルシエは、個々の力不足を補う組織戦戦略のもとに徹底した機能主義起用を採用。それ故、中田と俊輔のどちらかははずれる運命にあった。だが、ジャパンの力は確実に上がっている。世界で通用する選手の力はゲームをこなすごとに組織化され、機能性を高めて行くものだ。あのブラジルを見よ。前回の予選でも苦戦続きであったが、頂点を極めた。ジーコ・ジャパンも個性ある選手達が自ら機能化できる段階にあり、後半戦は楽しみである。(4月5日)

編集部だより(No.13 2005・3)

2005 年 3 月 1 日 火曜日

「映画『ハレンチ(仮)』 助監督Y」という名刺が手元に残っています。
名刺をくれた20代?と思われる「井筒組」の青年から、1年ほど前に話を聞きたいという電話があって社で会ったことを思い出しました。
赤軍派議長であった塩見孝也著の『赤軍派始末記』を読んで、1968年頃の京都の話が出てくるのでぜひ話を聞きたいということでした。

今、話題の映画『パッチギ!』の最初のタイトルが「ハレンチ」だったことがこの名刺からわかります。これは1968年当時はやった永井豪のマンガ「ハレンチ学園」をもじったイメージだったのでしょう。(68年発売の「少年ジャンプ」創刊号に読み切り作品として登場し、「スカートめくり」の流行語を生みだしたのでした。)
京大中退でもある塩見さんを紹介するので直接会ったらどうですか、と助監督のYさんに伝えたところ当人と会うのは…という感じでした。68年頃の京都の学生運動の取材が主な理由でした。なぜかあの頃、京都へよく行っていたので、多少知っている当時の京都の話をしました。
映画を見てなるほど当人に会わなかった理由がよくわかりました。
当時の京都の学生運動の主流であった塩見グループらしき人はもちろん出てきますが、彼らを影のように描き、「中核派」の人物が京大のサークル会館(?)前で演説し、赤ヘルメットを「全共闘」として、その人物が塩見さんの有名な「世界同時革命」を語るという描き方になっていたのです。
また京都の府立高校の教師が『毛沢東語録』を片手に、「ベトナム戦争をはじめとする『反革命戦争』にたいして『革命戦争』」で闘うのや」というアジ演説に近い授業が出てきます。このキャラクターそのものも、まさに当時の「塩見孝也」そのものであると思いました。
もうひとつ大河ドラマ「新選組!」でブレークしたオダギリジョー扮する「坂崎幸之助」の存在です。「イムジン河」を主役の康介(朝鮮語の歌詞を日本語に訳してザ・フォーク・クルセダーズに歌わせた松山猛の役)に教える役です。彼が「アメリカの自由やスウェーデンのフリーセックスがどんなものか見てくるわ」といいながら海外に出て行く…。結論の「たいしたことないわ」というセリフは当時を彷彿とさせます。
この映画の面白さはこのような多少の「ひねり」を入れながら当時の雰囲気を見事に再現したところにあったといえます。
また、これらのシーンは本題のほんの一部にすぎず、この映画の凄さは、暴力と「イムジン河」など当時のフォークに込められた時代の歌、そして朝鮮人と日本人の恋(リ・キョンジャ役の江尻エリカがとても可憐です。)にあったのです。
圧倒されたのは北野武の映画とはまたひと味違う朝鮮高級学校生と日本の高校生との暴力シーンです。差別され続けた怨念が爆発するという感じです。高岡蒼佑が演じるリ・アンソンが主役を食ってしまう熱演です。(彼はたしか昨年の秋のテレビドラマ「人間の証明」で松坂慶子の息子の役で出ていました。)出演者は全員が日本人だそうです。映画のパンフに在日の女優さんが「在日のリアルさ抜群! そんな作品が作り上げられた事を在日として嬉しく思います」と書いています。

「パッチギ」(頭突き)から連想されるように、この主役を食ってしまったヘディングの男リ・アンソンは、サッカーの朝鮮民主主義人民共和国の代表としてワールドカップに出ることを夢見て北へ帰る在日朝鮮人の役でもあったのです。このあたりの屈折した状況はぜひ映画を見て欲しいものです。
60年代といえば、私の故郷である九州の佐世保近郊は、特に在日朝鮮人が多い炭坑地帯であったので、同じようなことがありました。北へ帰った人、炭坑が閉山して北海道の炭坑へ移った人、ブラジルへ渡った人、米軍基地の兵隊さんと結婚してアメリカへ行った人。日本人を含めて身近にそういう人たちがいた時代でした。(K.S)

プロ野球、今年は本当に大丈夫?(2005.2.10)(news053)

2005 年 2 月 10 日 木曜日

いよいよキャンプが始まった。昨年の球団合併問題から派生した球界の”金属疲労”ともいうべき不祥事と構造的な問題点は、改革への扉を開くことにはなったが、根本的な改革への展望は見えない。従って、キャンプ地での人気も新球団の楽天、新庄人気の日ハム、番長清原などの個人人気に支えられたファン(報道陣)動員の傾向が強い。盟主巨人の観客動員は最高時と比べると見る影もないという。一方、ワールドカップを来年に控えたサッカーは、最終予選が始まり、ナショナリズムを巻き込んだ熱狂的なファン獲得に成功しつつある。世界で活躍する選手が代表のために馳せ参じるシステム。五輪にさえチーム事情を優先させる野球とは大違いである。

新年あけましておめでとうございます。昨年からの天変地異の災害は、何を問いかけているのか?(news052)

2005 年 1 月 19 日 水曜日

これは今年の大きなテーマです。温暖化は世界の気候をはじめ、社会生活全てに影響を与え始めました。地下では地球が生きている証拠でもあるプレートの活動が“悲鳴”をあげているかのようです。「さて、どうする人類?」などと高尚なことを宣っていられる現状か、とわが業界はとっくに“悲鳴” をあげています。めげずに一年を……。

という通信129号を18日に発送しました。今年は“終戦”60年、戦後の社会も還暦です。敗戦のショックと価値観の崩壊で、いわゆる戦後民主主義が謳われ、戦前の“一等国”を目指した軍事大国化への道を転じて、平和で豊かな経済大国に向かって、かつてと同じ“追いつけ、追い越せ”をモットーに“働き蜂”を演じた人たちも、老兵として消え去りつつあります。様々な問題はありましたが、この60年間は「平和で安定した国」であったことは確かです。不満はありながらも、この社会を支えてきたのは象徴天皇制と平和憲法でしょう。
今年は、憲法改正を党是としてきた自民党がこの還暦を期に、「憲法改正案」を作ります。改正を議論するのは、日本国民である限り、異を唱える気はありません。しかし、国の形、すなわち理念無き改正議論に陥れば、現憲法の条文の単なる修正議論に矮小化される危惧があります。普通の国としての軍隊、自衛権の発動や国際貢献という名の海外派兵可能にする9条改正はかまびすしいが、天皇制に関する議論はあまりありません。憲法は本来、国民を守るだけでなく、国家を規制するものでもあるのです。権力者が憲法に規制されて都合が悪いというのが、そもそもの憲法なのです。
独裁国家とか独裁者と呼ばれるものは、すべて自分に都合の良い憲法を持っています。
わが国の為政者、代議士先生方の議論に注目して行きましょう。

編集部だより(No.12 2005・1)

2005 年 1 月 4 日 火曜日

1980年 12月の暮れの寒い夜のことを今でも鮮明に憶えています。
千代田区富士見の現在の地で、彩流社を立ち上げるため部屋を借りて、会社設立の準備をしていたのです。期待と不安が入り交じるなかで、暖房の無い寒い部屋で棚の組立などの作業をしていました。
ビルの管理会社から譲り受けた机や椅子は、作業をしているうちにわかったのですが、ガルシア・ロルカなどの本を出していて、その後廃業した「牧神社」という文学専門の出版社が使っていたものでした。また、その時はじめて知ったのですが、借りた部屋はベストセラーになった深田祐介の『新西洋事情』や、ロングセラーの江藤淳の『夜の紅茶』、吉本隆明の『心的現象論序説』などを出したのですが、10年もたたないうちに店終いした「北洋社」が使っていた所だったのです。

なんとも縁起の悪い場所での出発だったわけです。
それは当時の業界事情に疎いというか、良く言えばそれらと関係のないところでやろうとしていたといえるのかも知れません。
すでに出版不況が言われはじめていた頃でしたが、この時、出版とはベストセラーを出したからといってそれだけで上手くいくものではないことを知りました。
この頃の忘れられない思い出がもう一つあります。
「泰流社」という会社がやはりベストセラーに近い本を出した時期でした。作家の田中小実昌さんが「ミミのこと」などの作品で直木賞をもらったのです。それで泰流社の社名が知られるようになりました。
スタートしたばかりの小社は当然のごとく社名が知られていなくて、「彩流社」と言うとほとんどが、「泰流社」と勘違いされたものです。書店の営業をしていて何度も間違われるので、最後には説明が面倒になり、泰流社に成りすまして話をしたこともありました。そういえば泰流社も店終いをしてしまいました。
コミさんと呼ばれた田中小実昌さんも亡くなりました。コミさんがまだそれほど知られていなかった頃ですが、彼のホームグラウンドの新宿のゴールデン街でお酒をごちそうになったことがありました。一緒にいた人に英文学の優れた翻訳者ですよ、と紹介されたことがとても印象に残っています。確か当時、白水社などで翻訳書を出されていました(調べてみましたら主に早川書房からレイモンド・チャンドラーをはじめ膨大な量の訳書が出ています)。
創立時の思い出の記の続きはまたの機会にするとして、お正月休みに読んだ本で印象に残った『父の肖像』(新潮社)の著者である辻井喬さんについて一言。四六判上製で645頁の大著は、今話題になっている西武一族のルーツを事実と著者の豊かな想像力で見事に描いた本といえます。関心があった学生運動のことも明らかにしています。この本は、これまで噂として流布されていたことを白日のもとに曝したノンフィクションとしても読めますし、優れた小説としても楽しめるという二つの要素を持った作品です。
著者の辻井喬さんと小社は、少しだけ接点があります。

昨年出した詩人の小川英晴編著『芸術の誕生』の冒頭に美学者の今道友信氏と小川さんの司会で対談しています。「芸術と神話」というテーマですが、なかなか中身の濃い内容の話です。同じくロルカ生誕百周年に出した『ロルカとフラメンコ』のイベントの時にも協力してもらい、詩の朗読をしていただきました(『父の肖像』にも書かれていますが彼は詩人としてスタートしています)。
そういえば昨年の春、九段の知人の事務所で行われた30人くらいの桜を見るホームパーティーにも出席されていたのを見て、とてもこまめな人だなと思いました。(K.S)

師走、早いものです。もう一年が終わろうとしています。忘年会の季節に思うこと……(news051)

2004 年 12 月 15 日 水曜日

「ここ数年、右肩下がりの業界はまだ当分トンネルを抜け出せそうもない。売り上げは下げ止まらず、書店の廃業も加速度的である。読書離れを嘆き、企画の貧困を嘆いても出口は見出せない。出版点数の増大が売れ行き不振の要因とも言われるが、価値観の多様化が深化している現状では、そのニーズに応える道であるのも確かである。むしろ、問題は多様化した読者に本を知らしめ、届けるシステムの確立が課題なのだ。読者が見える企画、読者に繋がる情報、読者に訴える品揃え、これが今年のスローガンでありたい」が年頭の挨拶であった。果たして自己採点は? どうにか売り上げは前年度を上回った。しかし、返品率も上昇している。新刊の部数は抑えているとはいえ、点数は増えている。P-NETやPubLineの利用による販売実態の把握にもそれなりの力点をおいて、効率化を目指しているが、一朝一夕には成果は上がらない。かつてのように新聞広告の反応も期待できないPRも、ネットを利用した新展開が必要のようだ。小出版社としてもやらねばならぬ事は目白押しだ。その意味では、今年の流行語大賞にはならなかった“自己責任”で、努力をしなければならないと肝に銘じている。だが、現在の出版界の低迷は、個別企業の努力の総和で解消できるようなものではない。川上から川下まで、とくに両者をつなぐ取次の使命は重大である。読者というパイを如何にふくらますか、如何にその要望に応える流通のスピード化と情報化を確立するか、来年の課題である。

ブッシュ再選、歴史に名を遺すのは“悪名”か“自由の偉大な指導者”か!(news050)

2004 年 11 月 22 日 月曜日

世界の注視の中で、ブッシュは再選された。米国内での支持と世界での不支持という特異な状況での再選であった。ブッシュを選んだ米国民は、都市と地方で二分されたともいわれるが、9.11以後におけるアメリカの伝統とも言うべき“力”による安全確保と“正義の戦い”という錦の御旗には抗しきれなかったということか。アルカイダと直接の関係もなく、また戦争の大義でもあった“大量破戒兵器”も存在しなかったイラク戦争。かつてイラク・イラン戦争では“独裁者”フセインと握手をしていた政府高官が、“独裁者”退治という指揮をとる。確かに現在の米軍事力は、群を抜き、世界中どこでもいつでも、“懲罰”を加える力を持っている。しかも、いわゆるピンポイント攻撃という、綺麗な戦争が可能と公言している。これは、かつての総力戦という戦争の概念を変え、同時に国際関係や国際法の無効を宣言することになりかねない。戦後の国際秩序が国連という大義と冷戦というパワー・バランスで維持された時代を終えて、新しい時代の扉を開く時に、ブッシュのリーダーシップは人類の命運を握っているともいえる。

10.13 世の話題とウチの本◆集団自殺はなぜ?

2004 年 11 月 13 日 土曜日

0月12日、埼玉と神奈川で若者たちの集団自殺が報道されました。小社から『自殺願望 どうすれば「抑止力」になるのか』を出しているロブ@大月氏はコメントを求められ、13日朝はTBS「ウオッチ」などのマスコミに登場しました。すでにこの『自殺願望』の中でも、「ネット心中に至る心理」という章を設け、集団自殺について考察しています。その一部をご紹介しましょう。

……
ネット心中に関しては、その後も多数のマスコミ媒体でコメントをしてきたが、必ず聞かれる質問があった。それは、
「見ず知らずの人と死ぬ気になるのですかね」
というものだ。
この質問への答えは、出会い系サイトの事件にも通じている。
カウンセラーや精神科医に悩みを打ち明けたときに、悩みを共有できたと思い、相手との距離感が急激に縮まる感覚を覚えることがある。精神医学でいう、「転移」という現象だ。
インターネットや携帯でメールのやり取りをしてるだけで、この手の現象は頻繁に起きる。つまり、ネット心中は、同じ悩みを共有できたという錯覚から始まるのだ。
この事件で、インターネットが悪いとか、精神医療体制の不備などが指摘されているが、どれかひとつ悪いわけではない。すべてが、連鎖して、これらの事件を引き起こしたのだと思う。
僕はこれまで、自殺系サイトの運営者や、自殺願望者となどとおよそ1万通を超えるメールのやり取りをしてきたが、サイトの運営者で自殺を推奨している人などいなかった。ただ、自殺願望者は、背中を押したらすぐに死んでしまいそうな人が多かったのは事実である。

とにかく、きっかけさえあれば自殺を行動に移しそうな人間は、年齢を問わず大勢いる。そんな人たちを救うには、どうしたらいいのか。
その答えは、「周囲の人間の態度次第で救える可能性は高くなる」としか言いようがない。……

「集団自殺」の問題を考えるうえで、重要な視点を提供していると思います。ロブ氏が本日、こんな言葉を寄せてくれました。
「ネット集団自殺は特殊な自殺ではありません。この本を読み、家庭で、学校で、職場で自殺について語る機会が増えることを筆者は強く願っています」
▼ロブ氏のホームページです
http://homepage2.nifty.com/robmoon/ootsuki.htm

余談ながらひとこと。ロブ氏も述べていますが、これから予想される「インターネットを規制しろ」云々の議論は、問題の矮小化というべきでしょう。年間の自殺者が3万人を超すという事態が示している、社会をどんよりと覆っている不安。この不安が問題です。リストラされるかもしれない不安、先がみえない不安……。こうした不安は間違いなくわたしたちの心を苛んでいきます。
プロ野球球団合併騒動において示された、ファンによるオーナーたちへのNONは、この不安をもたらす者たちへの無意識の抵抗だったとも考えることができるのではないでしょうか。
【オフサイド通信04.10.13杉山】

編集部だより(No.11 2004・11)

2004 年 11 月 1 日 月曜日

神戸、そして佐世保へ行って来ました。
今年のアメリカ文学会は神戸の甲南大学で10月16、17日に開かれました。
春先に日本英文学会が大阪大学であったので、近い距離で二つの学会があり、珍しく1年に2回も関西に行ったことになります。
甲南大学のある東灘区岡本は、文豪谷崎潤一郎の代表作の『細雪』にも出てくるところで、閑静な住宅街です。関東大震災後、関西に移り住んだ谷崎が暮らしたところでもあり、近くの芦屋には谷崎記念館があるそうです。
この大学では、小社から出ている現代作家ガイド(1)の『ポール・オースター』の著者のひとりであるAさんが教鞭を執られています。今回は学会の当番校なので忙しそうに動き回っていました。甲南大学は、キャンパスの面積に対する学生数の比率が全国的にも高い学校だそうです。たしかにちょっと散歩すると知り合いに会うという感じでした。
編集部だより(No.1)で書いたことを思いだしました。「広大なキャンパス(岩手県立大学)のせいでもありますが、参加者もちらほらという感じで、昨年の京都・同志社大の盛況を思い、販売の方は大丈夫かな、と心配になってきました。」
岩手県立大学とは反対で、狭いキャンパスにもかかわらず、書籍展示会場にみえる人はチラホラで売り上げのほうは大丈夫かな、と同じように心配になってきました。
参加した出版社の数は23社で、クジ引きでの場所はまあまあでした。お隣は英宝社で、英語の教科書をたくさん出しておられます。英語・英文学関係の専門誌「英語青年」(研究社)では小社とともによく広告を出している老舗の出版社です。
売り上げ予想は見事に外れ、同志社大学、岩手県立大学に次ぐ三番目の販売成績でした。販売冊数はそれほどでもなかったのですが、『グレアム・グリーン文学事典』『ポーと日本』『アメリカ文学批評史』などの高単価本が売れたことが大きかったようです。なお売り上げベスト5は以下の通りです。『イエロー・ペリルの神話』『ヘンリー・ジェイムズのアメリカ』『ラフカディオ・ハーンの思想と文学』『越境するトポス』『アメリカ文学批評史』の順です。
そういえば宿泊先は神戸の元町の駅前という大変便利な所でした。このあたりは十年前の阪神淡路大震災でかなりの被害を受けたことを記憶しています。長田地区もすぐ近くです。(一週間後の23日の夕方、社にいましたら震度4の地震を体験することになります)朝の散歩でホテルの真裏が神戸南京街であることに気づきました。震災後、いち早く復興に乗り出した所だったように思います。

10月29日から3泊4日の予定ではさらに西の佐世保の方へ旅することになりました。これは休暇をとってのプライベートなものです。ほんとうは夏に帰らなければならなかったのですが、前号のような事情で秋になってしまいました。
出発の数日前、一泊だけは親戚付き合いをやめて、平戸に泊まる計画を立てました。大橋が架かり観光地化した平戸島ではなく、かつて平戸島に渡るための船着き場であった平戸口から歩いて20分くらいの所にある中瀬草原が目的の地です。中学・高校時代によくキャンプをした所で、草原と海が見事に調和した誰もが多分驚嘆の声をあげるであろう絶景の場所です。
その一角にユースホステルが出来ているのをネットで見つけて急遽行ってみることにしたのです。5時頃着いたのですが、雨の予想が外れ、それからしばらくして夕日の沈む素晴らしい景色を見ることが出来ました。またここのユースホステルには温泉があり、海を見ながらの露天風呂というおまけ付きでした。
『愛と死を見つめて』の著者、河野実さんが平戸を含む日本のオランダとの関係の深い場所を訪ねた『日本の中のオランダを歩く』を作って5年ほど前に営業に来たことがありました。
佐世保といえば、今年は小学生の刺殺事件が起こり、全国の注目を集めた所でもあります。わたしの高校時代の同級生もこの事件の関係者と関わりがあり、他人事ではなく事件の推移を見続けた年でした。
今回は、博多から電車で佐世保へ向かいました。新装なった佐世保駅に電車が停まると駅から海が見える風景に変わっていました。村上龍の『69 sixty nine』の映画で佐世保の海や基地、商店街が出てきましたが、その風景は変わらないものです。(K・S)