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プロ野球、今年は本当に大丈夫?(2005.2.10)(news053)

2005 年 2 月 10 日 木曜日

いよいよキャンプが始まった。昨年の球団合併問題から派生した球界の”金属疲労”ともいうべき不祥事と構造的な問題点は、改革への扉を開くことにはなったが、根本的な改革への展望は見えない。従って、キャンプ地での人気も新球団の楽天、新庄人気の日ハム、番長清原などの個人人気に支えられたファン(報道陣)動員の傾向が強い。盟主巨人の観客動員は最高時と比べると見る影もないという。一方、ワールドカップを来年に控えたサッカーは、最終予選が始まり、ナショナリズムを巻き込んだ熱狂的なファン獲得に成功しつつある。世界で活躍する選手が代表のために馳せ参じるシステム。五輪にさえチーム事情を優先させる野球とは大違いである。

新年あけましておめでとうございます。昨年からの天変地異の災害は、何を問いかけているのか?(news052)

2005 年 1 月 19 日 水曜日

これは今年の大きなテーマです。温暖化は世界の気候をはじめ、社会生活全てに影響を与え始めました。地下では地球が生きている証拠でもあるプレートの活動が“悲鳴”をあげているかのようです。「さて、どうする人類?」などと高尚なことを宣っていられる現状か、とわが業界はとっくに“悲鳴” をあげています。めげずに一年を……。

という通信129号を18日に発送しました。今年は“終戦”60年、戦後の社会も還暦です。敗戦のショックと価値観の崩壊で、いわゆる戦後民主主義が謳われ、戦前の“一等国”を目指した軍事大国化への道を転じて、平和で豊かな経済大国に向かって、かつてと同じ“追いつけ、追い越せ”をモットーに“働き蜂”を演じた人たちも、老兵として消え去りつつあります。様々な問題はありましたが、この60年間は「平和で安定した国」であったことは確かです。不満はありながらも、この社会を支えてきたのは象徴天皇制と平和憲法でしょう。
今年は、憲法改正を党是としてきた自民党がこの還暦を期に、「憲法改正案」を作ります。改正を議論するのは、日本国民である限り、異を唱える気はありません。しかし、国の形、すなわち理念無き改正議論に陥れば、現憲法の条文の単なる修正議論に矮小化される危惧があります。普通の国としての軍隊、自衛権の発動や国際貢献という名の海外派兵可能にする9条改正はかまびすしいが、天皇制に関する議論はあまりありません。憲法は本来、国民を守るだけでなく、国家を規制するものでもあるのです。権力者が憲法に規制されて都合が悪いというのが、そもそもの憲法なのです。
独裁国家とか独裁者と呼ばれるものは、すべて自分に都合の良い憲法を持っています。
わが国の為政者、代議士先生方の議論に注目して行きましょう。

編集部だより(No.12 2005・1)

2005 年 1 月 4 日 火曜日

1980年 12月の暮れの寒い夜のことを今でも鮮明に憶えています。
千代田区富士見の現在の地で、彩流社を立ち上げるため部屋を借りて、会社設立の準備をしていたのです。期待と不安が入り交じるなかで、暖房の無い寒い部屋で棚の組立などの作業をしていました。
ビルの管理会社から譲り受けた机や椅子は、作業をしているうちにわかったのですが、ガルシア・ロルカなどの本を出していて、その後廃業した「牧神社」という文学専門の出版社が使っていたものでした。また、その時はじめて知ったのですが、借りた部屋はベストセラーになった深田祐介の『新西洋事情』や、ロングセラーの江藤淳の『夜の紅茶』、吉本隆明の『心的現象論序説』などを出したのですが、10年もたたないうちに店終いした「北洋社」が使っていた所だったのです。

なんとも縁起の悪い場所での出発だったわけです。
それは当時の業界事情に疎いというか、良く言えばそれらと関係のないところでやろうとしていたといえるのかも知れません。
すでに出版不況が言われはじめていた頃でしたが、この時、出版とはベストセラーを出したからといってそれだけで上手くいくものではないことを知りました。
この頃の忘れられない思い出がもう一つあります。
「泰流社」という会社がやはりベストセラーに近い本を出した時期でした。作家の田中小実昌さんが「ミミのこと」などの作品で直木賞をもらったのです。それで泰流社の社名が知られるようになりました。
スタートしたばかりの小社は当然のごとく社名が知られていなくて、「彩流社」と言うとほとんどが、「泰流社」と勘違いされたものです。書店の営業をしていて何度も間違われるので、最後には説明が面倒になり、泰流社に成りすまして話をしたこともありました。そういえば泰流社も店終いをしてしまいました。
コミさんと呼ばれた田中小実昌さんも亡くなりました。コミさんがまだそれほど知られていなかった頃ですが、彼のホームグラウンドの新宿のゴールデン街でお酒をごちそうになったことがありました。一緒にいた人に英文学の優れた翻訳者ですよ、と紹介されたことがとても印象に残っています。確か当時、白水社などで翻訳書を出されていました(調べてみましたら主に早川書房からレイモンド・チャンドラーをはじめ膨大な量の訳書が出ています)。
創立時の思い出の記の続きはまたの機会にするとして、お正月休みに読んだ本で印象に残った『父の肖像』(新潮社)の著者である辻井喬さんについて一言。四六判上製で645頁の大著は、今話題になっている西武一族のルーツを事実と著者の豊かな想像力で見事に描いた本といえます。関心があった学生運動のことも明らかにしています。この本は、これまで噂として流布されていたことを白日のもとに曝したノンフィクションとしても読めますし、優れた小説としても楽しめるという二つの要素を持った作品です。
著者の辻井喬さんと小社は、少しだけ接点があります。

昨年出した詩人の小川英晴編著『芸術の誕生』の冒頭に美学者の今道友信氏と小川さんの司会で対談しています。「芸術と神話」というテーマですが、なかなか中身の濃い内容の話です。同じくロルカ生誕百周年に出した『ロルカとフラメンコ』のイベントの時にも協力してもらい、詩の朗読をしていただきました(『父の肖像』にも書かれていますが彼は詩人としてスタートしています)。
そういえば昨年の春、九段の知人の事務所で行われた30人くらいの桜を見るホームパーティーにも出席されていたのを見て、とてもこまめな人だなと思いました。(K.S)

師走、早いものです。もう一年が終わろうとしています。忘年会の季節に思うこと……(news051)

2004 年 12 月 15 日 水曜日

「ここ数年、右肩下がりの業界はまだ当分トンネルを抜け出せそうもない。売り上げは下げ止まらず、書店の廃業も加速度的である。読書離れを嘆き、企画の貧困を嘆いても出口は見出せない。出版点数の増大が売れ行き不振の要因とも言われるが、価値観の多様化が深化している現状では、そのニーズに応える道であるのも確かである。むしろ、問題は多様化した読者に本を知らしめ、届けるシステムの確立が課題なのだ。読者が見える企画、読者に繋がる情報、読者に訴える品揃え、これが今年のスローガンでありたい」が年頭の挨拶であった。果たして自己採点は? どうにか売り上げは前年度を上回った。しかし、返品率も上昇している。新刊の部数は抑えているとはいえ、点数は増えている。P-NETやPubLineの利用による販売実態の把握にもそれなりの力点をおいて、効率化を目指しているが、一朝一夕には成果は上がらない。かつてのように新聞広告の反応も期待できないPRも、ネットを利用した新展開が必要のようだ。小出版社としてもやらねばならぬ事は目白押しだ。その意味では、今年の流行語大賞にはならなかった“自己責任”で、努力をしなければならないと肝に銘じている。だが、現在の出版界の低迷は、個別企業の努力の総和で解消できるようなものではない。川上から川下まで、とくに両者をつなぐ取次の使命は重大である。読者というパイを如何にふくらますか、如何にその要望に応える流通のスピード化と情報化を確立するか、来年の課題である。

ブッシュ再選、歴史に名を遺すのは“悪名”か“自由の偉大な指導者”か!(news050)

2004 年 11 月 22 日 月曜日

世界の注視の中で、ブッシュは再選された。米国内での支持と世界での不支持という特異な状況での再選であった。ブッシュを選んだ米国民は、都市と地方で二分されたともいわれるが、9.11以後におけるアメリカの伝統とも言うべき“力”による安全確保と“正義の戦い”という錦の御旗には抗しきれなかったということか。アルカイダと直接の関係もなく、また戦争の大義でもあった“大量破戒兵器”も存在しなかったイラク戦争。かつてイラク・イラン戦争では“独裁者”フセインと握手をしていた政府高官が、“独裁者”退治という指揮をとる。確かに現在の米軍事力は、群を抜き、世界中どこでもいつでも、“懲罰”を加える力を持っている。しかも、いわゆるピンポイント攻撃という、綺麗な戦争が可能と公言している。これは、かつての総力戦という戦争の概念を変え、同時に国際関係や国際法の無効を宣言することになりかねない。戦後の国際秩序が国連という大義と冷戦というパワー・バランスで維持された時代を終えて、新しい時代の扉を開く時に、ブッシュのリーダーシップは人類の命運を握っているともいえる。

10.13 世の話題とウチの本◆集団自殺はなぜ?

2004 年 11 月 13 日 土曜日

0月12日、埼玉と神奈川で若者たちの集団自殺が報道されました。小社から『自殺願望 どうすれば「抑止力」になるのか』を出しているロブ@大月氏はコメントを求められ、13日朝はTBS「ウオッチ」などのマスコミに登場しました。すでにこの『自殺願望』の中でも、「ネット心中に至る心理」という章を設け、集団自殺について考察しています。その一部をご紹介しましょう。

……
ネット心中に関しては、その後も多数のマスコミ媒体でコメントをしてきたが、必ず聞かれる質問があった。それは、
「見ず知らずの人と死ぬ気になるのですかね」
というものだ。
この質問への答えは、出会い系サイトの事件にも通じている。
カウンセラーや精神科医に悩みを打ち明けたときに、悩みを共有できたと思い、相手との距離感が急激に縮まる感覚を覚えることがある。精神医学でいう、「転移」という現象だ。
インターネットや携帯でメールのやり取りをしてるだけで、この手の現象は頻繁に起きる。つまり、ネット心中は、同じ悩みを共有できたという錯覚から始まるのだ。
この事件で、インターネットが悪いとか、精神医療体制の不備などが指摘されているが、どれかひとつ悪いわけではない。すべてが、連鎖して、これらの事件を引き起こしたのだと思う。
僕はこれまで、自殺系サイトの運営者や、自殺願望者となどとおよそ1万通を超えるメールのやり取りをしてきたが、サイトの運営者で自殺を推奨している人などいなかった。ただ、自殺願望者は、背中を押したらすぐに死んでしまいそうな人が多かったのは事実である。

とにかく、きっかけさえあれば自殺を行動に移しそうな人間は、年齢を問わず大勢いる。そんな人たちを救うには、どうしたらいいのか。
その答えは、「周囲の人間の態度次第で救える可能性は高くなる」としか言いようがない。……

「集団自殺」の問題を考えるうえで、重要な視点を提供していると思います。ロブ氏が本日、こんな言葉を寄せてくれました。
「ネット集団自殺は特殊な自殺ではありません。この本を読み、家庭で、学校で、職場で自殺について語る機会が増えることを筆者は強く願っています」
▼ロブ氏のホームページです
http://homepage2.nifty.com/robmoon/ootsuki.htm

余談ながらひとこと。ロブ氏も述べていますが、これから予想される「インターネットを規制しろ」云々の議論は、問題の矮小化というべきでしょう。年間の自殺者が3万人を超すという事態が示している、社会をどんよりと覆っている不安。この不安が問題です。リストラされるかもしれない不安、先がみえない不安……。こうした不安は間違いなくわたしたちの心を苛んでいきます。
プロ野球球団合併騒動において示された、ファンによるオーナーたちへのNONは、この不安をもたらす者たちへの無意識の抵抗だったとも考えることができるのではないでしょうか。
【オフサイド通信04.10.13杉山】

編集部だより(No.11 2004・11)

2004 年 11 月 1 日 月曜日

神戸、そして佐世保へ行って来ました。
今年のアメリカ文学会は神戸の甲南大学で10月16、17日に開かれました。
春先に日本英文学会が大阪大学であったので、近い距離で二つの学会があり、珍しく1年に2回も関西に行ったことになります。
甲南大学のある東灘区岡本は、文豪谷崎潤一郎の代表作の『細雪』にも出てくるところで、閑静な住宅街です。関東大震災後、関西に移り住んだ谷崎が暮らしたところでもあり、近くの芦屋には谷崎記念館があるそうです。
この大学では、小社から出ている現代作家ガイド(1)の『ポール・オースター』の著者のひとりであるAさんが教鞭を執られています。今回は学会の当番校なので忙しそうに動き回っていました。甲南大学は、キャンパスの面積に対する学生数の比率が全国的にも高い学校だそうです。たしかにちょっと散歩すると知り合いに会うという感じでした。
編集部だより(No.1)で書いたことを思いだしました。「広大なキャンパス(岩手県立大学)のせいでもありますが、参加者もちらほらという感じで、昨年の京都・同志社大の盛況を思い、販売の方は大丈夫かな、と心配になってきました。」
岩手県立大学とは反対で、狭いキャンパスにもかかわらず、書籍展示会場にみえる人はチラホラで売り上げのほうは大丈夫かな、と同じように心配になってきました。
参加した出版社の数は23社で、クジ引きでの場所はまあまあでした。お隣は英宝社で、英語の教科書をたくさん出しておられます。英語・英文学関係の専門誌「英語青年」(研究社)では小社とともによく広告を出している老舗の出版社です。
売り上げ予想は見事に外れ、同志社大学、岩手県立大学に次ぐ三番目の販売成績でした。販売冊数はそれほどでもなかったのですが、『グレアム・グリーン文学事典』『ポーと日本』『アメリカ文学批評史』などの高単価本が売れたことが大きかったようです。なお売り上げベスト5は以下の通りです。『イエロー・ペリルの神話』『ヘンリー・ジェイムズのアメリカ』『ラフカディオ・ハーンの思想と文学』『越境するトポス』『アメリカ文学批評史』の順です。
そういえば宿泊先は神戸の元町の駅前という大変便利な所でした。このあたりは十年前の阪神淡路大震災でかなりの被害を受けたことを記憶しています。長田地区もすぐ近くです。(一週間後の23日の夕方、社にいましたら震度4の地震を体験することになります)朝の散歩でホテルの真裏が神戸南京街であることに気づきました。震災後、いち早く復興に乗り出した所だったように思います。

10月29日から3泊4日の予定ではさらに西の佐世保の方へ旅することになりました。これは休暇をとってのプライベートなものです。ほんとうは夏に帰らなければならなかったのですが、前号のような事情で秋になってしまいました。
出発の数日前、一泊だけは親戚付き合いをやめて、平戸に泊まる計画を立てました。大橋が架かり観光地化した平戸島ではなく、かつて平戸島に渡るための船着き場であった平戸口から歩いて20分くらいの所にある中瀬草原が目的の地です。中学・高校時代によくキャンプをした所で、草原と海が見事に調和した誰もが多分驚嘆の声をあげるであろう絶景の場所です。
その一角にユースホステルが出来ているのをネットで見つけて急遽行ってみることにしたのです。5時頃着いたのですが、雨の予想が外れ、それからしばらくして夕日の沈む素晴らしい景色を見ることが出来ました。またここのユースホステルには温泉があり、海を見ながらの露天風呂というおまけ付きでした。
『愛と死を見つめて』の著者、河野実さんが平戸を含む日本のオランダとの関係の深い場所を訪ねた『日本の中のオランダを歩く』を作って5年ほど前に営業に来たことがありました。
佐世保といえば、今年は小学生の刺殺事件が起こり、全国の注目を集めた所でもあります。わたしの高校時代の同級生もこの事件の関係者と関わりがあり、他人事ではなく事件の推移を見続けた年でした。
今回は、博多から電車で佐世保へ向かいました。新装なった佐世保駅に電車が停まると駅から海が見える風景に変わっていました。村上龍の『69 sixty nine』の映画で佐世保の海や基地、商店街が出てきましたが、その風景は変わらないものです。(K・S)

10.29「立読み」コーナー◆いまどきの「親」に驚く

2004 年 10 月 29 日 金曜日

改訂・新版にして装いも新たに出した『子どもをケアする仕事がしたい!』ですが、今回は「子どもの危機的状況」に、増補ページを割きました。仕事の紹介ではありませんが、そのなかで驚くべき親の姿が……。ちょっと立読みしてみてください。

…………
その年の新入生の様子は、就学前の健診と学校説明会に出れば、まず把握できる。親の姿もみられるからだ。
授業参観の場でおしゃべりしたり携帯電話を鳴らしたり、期限が過ぎても提出書類を出さない。定収入があるのに給食費を1年滞納したり、修学旅行代金が払えないからと子どもを参加させない――これも親の姿。振り回されるのは、子どものほうだ。……略……
ネグレクトの問題も深刻という。
「1週間、着たきり雀の男児は、母親も風呂嫌いで子どもも同じ。寝るときも服を着たまま。夏はさすがに臭うので、プールの時間、シャワーを最後に浴びさせて先生数人でその子の頭からつま先まで洗い、養護の先生が服を洗濯する。下校するころには服も乾いています」……略……
ネグレクトが疑われる子どもに、保健室の予備の下着と替えさせても、それが洗濯されて戻ってきたり、親からの礼の言葉を聞くことはない。もっとも「親は、子どもが着替えたことにも気づいていないかもしれません」
運動会当日、「センセイ、起きたらお母さんいないの」と半べそをかく男児からの電話を受けて、先生が家に駆けつけた。「ごはんと、冷蔵庫に1つあった納豆を食べさせて、お弁当は近所でよくしてくれる人が作ってくれた。洗ってない体操服しかなかったけれど、それを着させて登校させました」。母親は、子どもが寝たあとに(父親ではない)男性とカラオケに出かけ、そのまま外泊したと、あとでわかった。
…………
という具合です。「ごはんは太るよ」と言って、子どもに米飯を食べさせない母親なども登場します……やれやれ。基本的に仕事ガイドの本ですが、このようなレポートも載っておりますので、この周辺に興味のある方はぜひ。

【オフサイド通信04.10.29杉山】

版元ドットコム http://www.hanmoto.com 「版元日誌」に掲載したものです。

2004 年 10 月 13 日 水曜日

美術館にて――本をめぐる事ども
第193回●2004.10.13(水)
書き手●塚田敬幸

9月末、東信濃、塩田平にある「無言館」と「信濃デッサン館」という小さな美術館を訪れた。村山槐太の絵を観たかったのだ。私の郷里から車で30分ほどのかの地には、たびたび足を運ぶ機会があったものの、美術館に立ち寄ったのはこれがはじめてであった。
実は3年前にも行ってみたのだが、正月休みで閉館中だったのだ。仕方なく隣接する未完成の三重塔で有名な前山寺に参詣し、ついでに美術館のグッズを販売している喫茶店で、窪島誠一郎氏の『鼎と槐太』という評伝、森口 豁の『最後の学徒兵』を購入。せめてもの慰めとしたのだった。もっともそのときは「槐太」という限定発売の地酒(辛口安価美味)もその店で手にいれ、帰り際の路傍では地元で試みに栽培しているという「ヤーコン」なる南米原産の不思議な野菜(その後ミニブーム)を100円で分けてもらったりし、思わぬおまけがあり、冬の塩田平をじゅうぶん堪能したのだけれど。

『鼎と槐太』と『最後の学徒兵』はすこぶるおもしろく、とくに『鼎と槐太』は槐太の奔放な天才ぶりが鮮烈で、どうしても絵を観たくなり、今回の訪問となった。
その心残りの美術館、まずは「無言館」。(1997年開館、画業の志半ばで戦没した画学生の絵を展示し話題をよび、来館者がひきもきらず観光コースにもなっている)は厳粛な雰囲気で胸に迫る絵が多い。また、館長でもある前述窪島氏設計の館内のそこかしこに氏の個性が感じられ、「反戦」「夭折」美術館という喧伝されるイメージとは違った、なにかあたたかみがあり少々意外だった。ここの鑑賞料は300円以上の評価制。500円を払って、ついでに窪島氏の『「無言館」の坂道』というエッセイ集(このひとは多作である)も購入。
さて、もう一つの「信濃デッサン館」。1979年窪島氏が私財を投じてつくりあげた「夭折画家」の素描コレクションが中心だが期待に違わず素晴しく、とりわけ槐太の迸るような才気の奔流には圧倒される。ただ鋭い才気というより、どこか愛嬌、野趣のある画風は槐太ならではのものだろう。ここの入館料は700円。帰りにまたしても裏手の「槐太庵」というミュージアムショップで信濃デッサン館の画集、安売りしていた別の画集も購入。帰り際、今回は妻のリクエストで前山寺の名物「くるみおはぎ」を縁側で塩田平を遠望しながらいただきコース終了、念願成就と相成った。

この「美術鑑賞物語」の間、私は実に5冊、8000円分も本を購入してしまった。窪島氏の本は確かにおもしろく、買う価値もあり、両館の館長ということもあるがそればかりでなく、美術館という雰囲気、旅、そしてそこに本があったから買ってしまったのだ。
昨年訪れた馬籠の「藤村記念館」でも『夜明け前』を自宅本棚の奥底に眠っているのを知りながら、『藤村の童話』(だったと思う)と藤村カルタともどもつい買ってしまった。
美術館ばかりでなくテーマパーク効果というか、映画館、博物館、コンサート会場、ライブ会場、講演会場、学会会場、寄席などは書店よりずっと効率よく本が売れる。好きな人=目的買いに近い人たちが集まるのだから当然である。書店売りに比べ絶対数は少ないのであくまで本道ではないけれど、確実に売れるという実感がある。私は営業も担当しているが、管理的な仕事が多く、特定の担当書店をもたないのでいきおいこうした異種流通、直販を多く扱うことになる。

●美術館では同じ信州安曇野の「碌山美術館」(文覚上人のブロンズ像がある)で小社の『文覚上人の軌跡』が15年くらい売られ続け500冊を超えている。書店では惨敗だけど…。

●3年くらい前上野にプラド美術館展が来たときは『スペイン宮廷画物語』が2ヶ月弱で200冊売れた。これは店頭でもよく売れ2刷目である。レンブラント展は京都と東京で『レンブラント』が計150冊。
●映画館では一昨年アイリス・マードックの生涯を描いた「アイリス」が渋い映画館ばかり15館ほどでロードショーをし各館でアイリス・マードックの最後の小説『ジャクソンのジレンマ』が140冊ほどの売上。おもしろいのは銀座で2ヶ月弱で80冊。関内が2週間で12冊売れたのに地方が惨敗でとくに仙台では2週間で1冊も売れなかった。
●同じく映画館、渋谷のシネ・アミューズと池袋文芸座ほかで連合赤軍をテーマにした高橋監督の「光の雨」。1ヶ月弱で『あさま山荘1972』のほか関連書含め300冊を超えた。これは小社の特色かつヒットシリーズなので当然なのだが、映画を観にきたのは20代の若い層が多く、新しい読者を開拓できたことがうれしかった。
●今年上映されたスペイン映画「女王フアナ」では10館ほど『狂女王フアナ』2ヶ月で200冊。
●博物館では「発掘された日本列島2004」の巡回展で『関東古墳散歩』が100冊ほど売れて関連書も少し置かせてもらって売れている。

●神社で売れた本もある。『卑弥呼と宇佐神宮』(品切れ)は宇佐神社で400冊くらい。
●著者が路上で売ることもある。昨年末私が編集した新宿の路上書家、大西高広君の『一笑を大切に』は2200冊作って在庫が500冊くらいだが彼が路上で600冊売ってしまった。
●そして最近2刷になった『天下御免の極落語』。寄席の爆笑王の異名を取る芸暦50年、73歳、誰にも文句は言わせない川柳川柳師匠が、爆笑ネタとともに高座で大宣伝するのだから客は買わざるをえない。6月初刷り3000部、寄席の販売500弱、市場でも好調で増刷決定となった。

と、このほか学会売りなど実例を挙げるとキリがないし、失敗例もこれに輪をかけてキリがないのでこの辺でやめておくが、これらの営業活動は書店にきちんと本があれば本来不要なものも多い。そしてやはり、本は「書店で売ってナンボ」である。ただ小社の本はジャンルにもよるが、「平積みよりも棚差し」が売れると書店員さんに言われることが多い。すると小社の読者のかなりの数が平台には目もくれぬ「棚差し族」ということになる。それはまあいいのだが、店頭における商品生命がますます短くなり、単品管理が可能な店とそうでない店の格差が広がる一方の現在、貴重な「棚差し族」と本の出会いは相対的にどんどん減っているのだ。
そうした流通事情を鑑みれば異種流通営業は、逆説的にきちんと商売になると思う。また、書店で売れずとも、ほかの場所なら売れるケースはかなり増えているのではないか。生協はもちろん美術館専門の代行屋さんもあったりして、地味だがそれなりの売上を確保する手立てとして有効であろう。
そして面倒は多いけれど読者の顔が見えるというメリットも大きい。多くの版元さんに通じることだと思うが、小社の商品は多分野にわたるとはいえ専門書に近い。一般書的なものの店頭売上をみるにつけ、今後ますます大量部数販売が厳しくなることが予想される。これらの営業活動とそのノウハウが小出版社として生き延びるヒントのひとつなるのではないかと思う。

さて、窪島氏『「無言館」の坂道』を読了した。氏は1941年生まれで前述の二つの美術館を苦労されながら「個人」で経営しているので、その話が多く出ている。小社社長と同世代でもあり小出版の状況と大変よく似ていて、示唆に富んでいる。以下引用する。(窪島誠一郎著『「無言館」の坂道』平凡社 2003年 より)

「――どんなに美術文化の向上、芸術至上の理想をうたっていてもやっていることといったら――中略――観光地の門前で店びらきしている土産物屋センターなんかとたいした違いはないのである。――中略――「個性派美術館」を自認し「個性派コレクション」を標榜する美術館であっても、けっきょくは美術館というものが一定の集客を目的とした不特定多数相手のサービス機関であるいじょう、その「個性」の腹八分目化もしくは不完全燃焼化(ああ何と不健康なことよ!)を強いられてしまうという現実だろう。やりたいことをやり、見てもらいたいものだけ見てもらって世の中を渡れるほど美術館業界は甘くない。個性派美術館がその矜持と理念とを投げ棄てることなく、また明日への展望と夢を見うしなことなく、最小限の「個性派」たる自己の理想をつらぬくためにはそれ相応の努力と知恵が必要なのである。――」
小版元そっくりそのままではないか。窪島氏は全国の画学生の遺族から作品を委託されている性質上「無言館」は公益化する意向ということだが、二つの美術館を核にした4年制大学「信濃浪漫大学」を構想しているということだ。そこでは芸術家を育てるのではなく感性豊かな「鑑賞者」を育てるのだという。そして氏の経験を生かした「放浪科」も予定しているとか。なんとも楽しい構想でこれまた知恵である。
版元ドットコムもまた小出版の知恵と努力のひとつのカタチだと思うが、私も「個性派」出版社の端くれとしていずれ、何か知恵とひねりださずばなるまい。

10.1/世の出来事とウチの本◆シスラーは投手だった!

2004 年 10 月 1 日 金曜日

イチローのMLBシーズン最多安打記録へのカウントダウンが始まって以来、毎日のようにその名が聞かれる「ジョージ・シスラー」。いったいどんな選手やねん、と思う人も多いはず。そんなときにぴったりなのが出野哲也編著『メジャー・リーグ人名事典』なのです。「シスラー」を引いてみましょう。こういう記録をつくった人は当然載っています。1893年生まれで、1915年から15年間メジャーリーガーでした。2812安打しており、監督もやってます。よく読むと当初は投手で、15試合に登板して4勝4敗防御率2.35という好成績を残し、野手転向後も散発的に登板していたとあります。そういう時代だったんですね。ちなみにシスラーが257安打を記録した1920年、彼の打率は.407(さすがのイチローもこれを今年超すことはできそうにありませんが。でも来年あたり?)、所属したセントルイス・ブラウンズ(現在のミルウォーキー・ブリュワーズ)は、ア・リーグ8チーム中4位でした。……これって、トリビアねた?

【オフサイド通信04.10.1杉山】