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連休は全滅、献本は怒濤のヘヴィー級三昧

いやはやGWは最悪だった。やはり厄年は「実在」することを
痛感した次第。神秘体験なのか?! ウイルスに内蔵を侵略され、
猛烈な高熱と激しい下痢に苛まれたのだ。
とはいえ不幸中の幸、5・1が土曜だったので池袋メトロポリタン内
にあるクリニックに駆け込み、医師に大量のヤクは処方してもらい、
帰宅して常温のスポーツドリンクを飲んで養生し、自己との対話を
続けた。ある意味、「ブランショ的連休」だった。慶賀すべし。

ともあれ、ヘヴィーな献本を紹介しよう。
弊社で近日刊行予定の「平岡正明追悼論集」もいよいよ追込み
段階であるが、平岡氏の新刊が七つ森書館より刊行された。
『芸能の秘蹟』である。
本書は雑誌『MJ無線と実験』に連載された「耳福記」(2006年2月
~2009年8月)を再構成したものである。
オビには「ジャズから演歌、江戸物、音曲、落語、フラメンコまで、
平岡正明的超絶技法で贈る街場の芸能大祭典」とある。
冒頭は「セシル・テイラーVS山下洋輔 一騎打ち」で始まる。
平岡氏曰く「「セシル・テイラーと山下洋輔のピアノ一騎打ちは
人類の財産だ」なのだ。

次は弊社刊行の『語りのポリティクス』の編著者である岩野卓司氏の
新刊『ジョルジュ・バタイユ』(水声社)である。
本書はパリ第四大学に提出した博士論文と雑誌掲載論攷を合わせて、
加筆修正したもの。岩野氏が研究者として追究してきた「バタイユ論」
のひとまずの総括といえる。
岩野氏曰く「ブランショの助言によって可能となった経験のコペルニクス
的転回のおかげで、バタイユはいかなる外在的な根拠も踏まえることも
なく、また実体化した自己根拠化とも捉えることもなく、経験をあるがまま
に考えることができるようになった。経験は充足根拠の原理の外に位置
しているのだ。また、『何か』という形而上学の問いに従うこともなく、笑い、
恍惚、不安としての効果を同時に可能にして不可能にする『未知なるもの』
そのものを探求する道も開けた。現前と不在の共存、近接性の中の遠ざかり、
視覚なき視覚によって特徴づけられながら、経験と『未知なるもの』は
『無神学』の新しい地平を告知しているのだ」

最後はウルトラ・ヘヴィー級、マドリン・ギンズ+荒川修作『ヘレン・ケラー
または荒川修作』(新書館)である。監訳者・渡部桃子先生からの恵贈。
愚生も本書のプロジェクトに編集者として関わったことがあったが、二転
三転、版元も新書館におちついて、十数年かかってようやくカタチになった。
感慨無量である。
ともあれ本書は「読むこと」自体を問う畏るべき書だ。翻訳するにあたって
渡部先生は苦悩し、共訳者の方もおそらく和語を捻出するのに悶絶した
であろうことは容易に想像がつく。
渡部先生曰く「そのタイトルにもかかわらず、本書はヘレン・ケラーについて
書かれた本でもなければ、マドリン・ギンズのパートナーである荒川修作に
ついての本でもなく、荒川の作品についての本ではない」と訳者あとがきに
記す。では何の本のか? 「本っていったい?」ということを考えるための本
ということか。一生読み続けるためにはもってこいの本である。
まさに「終わりなき対話」ができます。
平岡正明新刊_1.jpgバタイユ_2.jpg荒川_1.jpg
[筆・南葵亭樂鈷]