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編集部だより(No.8 2004・1)

小社は24年目の春を迎えましたが、おめでたいのかどうか、私たちの業界にとっても大変厳しい年明けですが、今年もよろしくお願いいたします。
昨年の今頃は、『臨床文学論』の赤字だらけの校正紙を抱えてその修正に追われ、お正月気分になれず苦闘していたのを思い出します。著者の執念というか、こちらの乗せ方が悪かったのか、様々な要因が重なりシッチャカメッチャカでした。でも出版されるとすぐに朝日新聞で、「(本書は)帰結点があらかじめ決まっている不毛な精神分析批評とはまるっきり違う。言葉の用法に徹底的にこだわりながらも、テクストの構造分析のような内在分析に終始することもない。自らの体験を通じて理論を咀嚼し、自前の方法で作品に係わっているからこそ、読者もスリリングな読みに誘い込まれるのだろう。」(2003・3)という高い評価が出て、著者ともども疲れが一気に吹き飛んでしまいました。
前置きが長くなりましたが、何が言いたかったかというと、最近の編集者の仕事は、旧来のスタイルから一変したということです。つまり、編集者の作業が旧来の印刷所の領域にまで入り込み、すべてではありませんが本文の組版までを編集者がやるようになったのです。この流れは冷酷な「資本の論理」として貫徹され、決して後に戻ることはないでしょう。なぜなのか、少し歴史を振り返ってみたいと思います。
思い出しますと植字のおじさんが、芸術的な技で活字を一字ずつ拾って本文を組付ける活版の時代。これは戦前からの長い歴史を持っています。私たちが活版にかかわっていた80年代までは、校正の終了後に間違いを見つけたりすると、職人のおじさんに一升瓶をさげて行き、頭を下げて再修正をしてもらったものです。今でもごくわずかですが活版の仕事は残っています。活版の歴史が長いので、出版社には組版の原型である紙型が大分残っており、再版する時にはそれを使って印刷したほうが安上がりだからです。
小社は国内の活版印刷の単価が高かったので、創業時は台湾の印刷所の組版もかなり使いました。紙型を航空便で送ってもらい国内で印刷をするわけです。漢字に関しては日本の職人さんよりも優れていたように思います。活版でいうゲタ(〓)がなく、間違いもほんとうに少なかったように思います。日本の植民地時代の教育がいかに徹底していたかを改めて感じたものです。その後台湾は高度成長を迎え、単価が上がってしまい仕事は自然消滅しましたが。
次に多くのお姉さんたちが内職としてやっていたタイプ印刷。もちろん内職だけではなく小冊子やパンフレットなどはこの印刷方法が主流でした。今のワープロ打ちとはちがって、活字を直接手打ちするので、使用頻度の多いものは活字のかどが欠けるという欠点がありました。本の美観を気にする編集者はそのことを大変嫌ったものです。また印字に力がいるのでオペレーターの多くが腱鞘(けんしょう)炎になることもしばしばありました。小社の初期の本は活字のかどが欠けた本がかなりあります。タイプの組版を使ったのは、それで他社との差異をはかり競争力を高めようとしたのでした。
若い男性の仕事として一時期脚光を浴びた写真植字、通称「写植」といわれた時代はほんとうに短いものでした。レンズをもちいて活字を拡大・縮小・変形できるので、本の見出しなどに活版やタイプでは表現出来ないさまざまな書体をつくることができるものです。いわゆるビジュアル化の時代の波に乗り、持てはやされたこともありました。この機械は、タイプと違い値段がはるので、誰もが買いそろえるというわけにはいきませんでした。しかしその後ワープロになり、すぐに写植の機能もそなえたパソコンの時代になり、あっという間に消えていくことになりました。小社と付き合っていた業者の方が大変苦労されているのを目の当たりにすることになります。
そして現在です。昨年の秋、ニューヨーク在住の画家ロス郁子さんの『息子からの手紙』という本をつくりました。ロスさんは1960年代の初め画家への志に燃えニューヨークに渡った女性です。渡米してから40余年、ブルックリン美術学校で知り合ったユダヤ系の画家と結婚、自らを「クラスX」(1996年に『ニューヨーク・クラスX』というタイトルの本を出しました)と称され、志を忘れずに二人で頑張っておられます。『息子からの手紙』は苦学してアメリカの大学の先生になった二人の子供のことと、親としての生き様について書かれた本です。
この本がどのようにしてつくられたかを最後に書いておきたいと思います。まずロスさんからパソコンソフトのワードで印字された原稿がニューヨークから送られてきました(96年の前著の出版時は手書きの原稿でしたが)。その原稿を読み、編集者としての意見や修正した点を書き添えて返送しました。ロスさんがそれを見て修正し、メールの添付ファイルで小社あてに再び送り返して来たわけです。それを「Quark(クオーク)」というソフトに流し込み、私自身が組版をつくるわけです。写真に関しては、この本ではやりませんでしたが、遠距離の場合は「J-PEG形式」で写真の画像を送ってもらい本文に組み込むこともやるようになっています。
これらの作業は、ほんの少し前まで原稿用紙などに計算して赤字指定をし、印刷所へ渡し職人の方にやってもらっていたわけですから、これだけの大変貌がこの間にあったわけです。
これは「革命」そのものです。(S)