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立松和平さんのこと

 その人に会うと必ず心が洗われたような気持ちになる、という人はあまりいるとは思えないが、立松和平さんはそういう方だった。

 以前在籍していた出版社で、3冊の作品を作らせていただいた。去年も晩夏まで、原稿のやりとりをさせていただいていた。
 打ち合わせのあとの帰り道で、まるで仏様とでも話したかのような気がいつもしていた。救われた気持ちになったことが何度もある。
 事情が少し複雑になった時、私をかばってくださっていたこと、そして関わった人のだれをも傷つけずにいたことを、亡くなった後に知った。
 これではなんだか、作家と編集者の立場が逆転しているようだ。若い(?)編集者ということで、面白がってくださった面があったのかもしれない。
 
 昨年11月末に出た、山中桃子さんの『おばあちゃんのくりきんとん』(長崎出版)という絵本を、桃子さんからいただいていた。桃子さんは、立松さんのお嬢さんだ。
 絵本のなかで、桃子さんのお子さんがモデルと思われる「たろうくん」が、すでに仏壇の写真の人となったおじいちゃんの若いころの話をおばあちゃんから聞くシーンがある。家族の「死」を受け入れること、その人の生と残したものを伝えていくことがテーマになっている絵本だ。
 桃子さんは、これまで「死」や「いのち」がテーマの絵本を立松さんと何冊か作っている。絵本の中で、読み手である子どもに対して、死の悲しみや孤独をむしろ前面に打ち出して、ありのままに伝えているところに感動する。
 桃子さんは、第二子を立松さんの手術の直前に出産されたと聞く(たしかご長男は2月生まれだったと記憶している)。私は、桃子さんのなかに、立松さんの魂が生きているような気がしていたが、今回改めてその思いを強くしている。

 
 それにしても、『週刊朝日』(2月26日号)の記事はひどすぎた。記者は、立松さんの生き方や作品を知らずに書いたとしか思えない。久しぶりに買った『週刊朝日』だったが、あまりにも低俗であるばかりでなく悪意のある文章に、がっかりした。
 
 『週刊読書人』(2月19日号)の黒古一夫さん(評論家)との対談のなかで、立松さんの作品には、インテリと正真正銘の悪人が出てこないと語られており、納得してしまった。
 
 思い出す場面は数々あるが、ある時、地方の図書館に行ったら昔の自分の作品が棚にあったのを見つけた、という話をされ、「たとえぼくが死んでも、ぼくの本は図書館で生き続けるんです、だから(図書館は)ありがたいですね」とおっしゃっていたことを、ふと思い出した。
 
 いまも、立松さんの事務所に行けば、「不思議な体験だったんですよ」と、自らの死の体験までも「あの声」で語る立松さんに会えるような気がする。
 立松さん、これまで、ありがとうございました。いつまでも、本を通して生き続けてください、そしてもっともっと教え導いてください。(出口綾子)