イケ彩ダメ彩

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帰国病

17年ぶりにインドに行った。3回目とはいえ長いブランクがあるので、行く前はかなり緊張した。

道には牛が、数が少なくなったように感じられたがそれでも健在で、堂々とゆったりと歩いていた。
ヤギや犬やブタたちも、道にぼーっとたたずんでいたり、往来していて、何だかほっとしてしまった。
ガイドの人から案内される高めのレストランにうんざりして町の安食堂に入ると、
19年前、マハラシュトラ州の農村で食べたダルカレーと同じ味がする。
初めてインドに行ったのは、村に井戸を掘るツアーに参加するためであった。
そのうちコーヒーや紅茶のフェアトレードを自分でやってみたくなり、
今度は南インドに紅茶農園を見に行った。

さらにその翌年、有機栽培をしているコーヒー農民に会いに、
メキシコのチアパス州に行った。話がインドからそれるが、
チアパスとはメキシコでもっとも貧しい州で、サパティスタ民族解放軍というゲリラが
世界的にも多くの理解者・支持者を得ながら活動している地域である。
これが私にとって紛争地体験の最初となった。
チアパスのコーヒー農民たちは、殺されたり焼き討ちされたりしながらも、
自分たちの何世代も先の子孫のことを考え、命がけで有機栽培をしていた。
詳細は省くが、貧しいコーヒー農民たるもの、モノカルチャーのプランテーションで暮らしていくことになっているのに、
そのことに異議を唱え、そこを抜け出して有機栽培を始めたために狙われていた。
この野心的な彼らに惹かれて、私はますますこの人たちと結びついて
第一次産品のフェアトレードをやってみたくなった。
でもそのためには、最低でも年間数トンという大量の仕入れをしなければならず、
当然のことながらあきらめることになった
(そんな当たり前のことなのだが、若いとはオソロシイ)。

ところでインドではいたって健康そのものだったのに、成田空港に着くなり重い頭痛になり、インドでは使わなかった鎮痛剤を飲み、さらにはその夜、明け方から脱水症状になった。
なぜインドで脱水症状にならなかったのに日本でなっているのか、自分でもわからない。
それで休み明け出社初日に半休をとるという、社会人として大変恥ずかしい事態に陥った。
そういえば前回のインドでも、ずっと元気だったのに帰りのデリー空港で急に具合が悪くなった。
フィリピンの時は帰るのがイヤで、空港で子どものように泣いていたら、職員が荷物検査をほとんど省略し、私の肩をたたいて慰めてくれた。
ラオスでもペルーでもそんな感じだった。
おかしい。これではまるで私が日本を嫌っているようではないか。
そんなはずはない。私は日本国を愛する忠実な国民なのに。(出口綾子)