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小売店消失

近所の「かぶらき」さんが、近々店を閉めて、今は搬出作業をやっているのを目にします。駄菓子屋に弁当、居酒屋必需品、宝くじ・・と、それも隣のミニストップ、ファミマに、値段を超値下げ、例えば135円を92円とか・・で、とても頑張っていたと思えるお店でした。店を手伝っていた?おばさんも、本はお好きなようで、近くの文教堂で文庫を立ち読みなどしているのを見かけていたりしました。前兆はあって、つい3~4ヶ月前、「え、だってそれでモノが入らないわけにならないでしょ!?」とおそらく店長さんが、問屋かメーカーと交渉しているのを聞いたりしていました。いつものように「何の欲望も持たず、人の不幸の見物人」という欲望ならぬ欲求で、何の支援もしませんでした。小売と言えば、小社にとって取引先である書店さんもそうで、やはり、もっともらしい注文取り(=店員の時間盗り=店員の気力体力奪い+書店の返品率上昇、閉店廃業後押し)で、自社(版元)だけ持っているからいいか とまたも欲求のみの、欲望に至らずの、とはいっても、果たして、どうすれば支援改善になるのか?版元だけ助かり、小売はつぶれても、ネットと図書館受注で、生き延びれば と考えるだけであり、いったい書店に何ができるのか見当がつきません。昔の新左翼?のように、銀行強盗即、奪った金を各書店さんに直納するのが、もっとも正しい「支援」というぐらいで、どんな優良店でも、店頭売上だけでは、まるで、店員さんの給料が払えない小売の現状には、増刷2000円くらい5500刷りで、4000売れでも、足しにならないのが苦しいところです。サルトルのように、第三世界に文学は可能か?という構造は、文学売って全額寄付でも肝心の売れ数が不足と、まるで助けれません。昔、図書新聞の記事で、英文学者?の高山宏が「知性というのは資本主義的なものですよ」というようなこと言ってましたが、文脈覚えてないので誤読かもしれませんが、そもそも、「もっともらしい知性=商品」を流通業している版元が、前提から差別万歳の自分だけ の現実で、商品でしかない知性を持ったつもり  しても「非生産的、不健康な、場違いな興奮に安心する」だけで、初発から支援など端から関係ないのにそのつもりという欺瞞性 ということにしかならない ということかと。そうはいっても、書店があるのは、大変自分にとり必要なことであり、どうしたものか。そんな逡巡を感じる歌。アイリメンバー、フエンウィーワーヤング と22歳くらいで歌ってしまう、やはり欲求だけで、欲望に至らなかった?この歌。洞察が洞察にならず、現実の隠蔽に利用されているような曲??(玉崎)