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そして「シーズン」は開幕する

今年はシーズン開幕まえからWBCがあったり、現在、甲子園球場ではセンバツ大会が開催されていたり、野球ファンにはたまらない春先といえよう。

ともあれ、WBCでは日本代表は米国に惜敗し(4強入)、きょう(3・28)開催予定のセンバツ大会では初の二試合連続15回延長での引分け再試合という快挙もあって、「主題の核心」を考えるには良い機会となった。

WBCでは当初、日本代表の投手陣は公式球の「滑りやすさ」を気にしていたが、ほとんどの投手は対応しており、その質の高さを示していた。もちろん4強国の投手もみな、すばらしい投手たちばかりで、現に日本の強打者はなかなか打てなかった。そして、高校球児の投手たちも「ピッチング」の技の向上が目覚ましいと感じさせられた。

さて「主題の核心」とはなにか。それは、投手は「ストライク(打てる球)」を投げねばならない、ということである。

というわけで、打者は「打て(ストライク)!」とコールされる球を打ちにいくが、ピッチャーの技量もあって、「ココに来る(と感じていたはずの)球がソコには来なかった」ため凡打(失敗)になってしまう。ともあれ、投手と打者の技術向上のせめぎ合いがあってはじめて、日本の「野球」も米国の「ベースボール」もここまで進歩してきた。もちろん、そこには選手が使用するさまざまな「道具」の質的向上もある。

それにしても好打者の条件の打率の基準が「3割」という数字がまるで魔法のようにいまだに歴然と存在する。現にMLBでもテッド・ウィリアムズの打率「.406」以降、4割打者は誕生していない。ということはやはり、「野球」も「ベースボール」も打者(攻撃)を基準に考えれば「失敗」が前提のゲームとなり、投手(守備)を基準に考えれば「成功(抑えること)」が前提のゲームとなる。これまで多くの監督・コーチたちはおそらくこのことを基本(どちらに軸足を置くかは別)にしてチーム編成を考えてきたはずだ。奏功するかはどうかは「確率」の問題なので、また別の話ではあるが。

それにしてもこの「ゲーム」、見るのもするのも、「球(モナド)」のやりとりは飽きることがない。まさに「ホモ・ルーデンス(遊ぶ人)」である。

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[筆・南葵亭樂鈷]