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こういう本が出て本当によかった―『いいがかり』(七つ森書館)

様々なニュースの中で、とりわけ自分にとって深くつきささる出来事がある。
私にとって、昨年9月の朝日新聞の社長の謝罪・記事取り消し会見がそうだった。
この社長は、なんてことをしてくれたんだ、と落胆した。
記事を読み直しても、なぜ朝日がこんな対応をしたのか、よくわからない。
私はまわりの人をつかまえては、これはどういうことなのか、今回のことをどう受け止めたかを聞いて回った。

『いいがかり』は、取り消された原発の吉田調書報道に関する本。
多くの人が「思い」を寄せているが、なかでも花田達朗氏の論考は、この記事取り消し問題の<本質>を理解するうえで欠かすことができないものと言えるだろう。

本の紹介の前にぜひとも確認しておきたいのが、問題とされた2014年5月20日の一面・大スクープ記事に続いて、担当記者が書いている、吉田調書の教訓である。
過酷な事件が起きたら、原子炉を制御するために必要な電力会社の人間が現場からいなくなる事態が起きうるのであり、そのとき対処するのは誰なのか、消防や自衛隊なのか、特殊部隊なのか、それとも米国に頼るのかと述べられたあと、
「現実を直視した議論はほとんど行われていない。自治体は何を信用して避難計画を作れば良いのか。その問いに答えを出さないまま、原発を再稼働して良いはずがない」
と核心をつく問題が提起されている。
政府が決して公表しようとしなかった吉田調書の存在を明らかにしただけでも大変な価値があるが、
その資料が私たち市民にとってどんな意味があるかを、同時に提示している。

『いいがかり』で花田氏は、ジャーナリストの役目について述べる。
「出来事を観察して、何がニュースかを主体的に考え、その際に人々に伝えるべきストーリーは何か、どのようなストーリーに乗せてファクトを伝えるかを考えるものである。ファクトがどこかに裸のまま存在していて、それを右から左へと伝える」のではない、と。
「笑えた」のが、現場から撤退したのは何よりも企業ジャーナリズム、会社ジャーナリズム、組織ジャーナリズムにいた記者たちであり、彼らは会社の「命令に従って」、福島第一原発に近い30キロ圏内という取材すべき現場から撤退した、という点である。

もう一点、この問題の本質を見ようとするときに、朝日新聞そのものの「傾向」への評価やましてや好みなどとはいっさい切り離して考えないと混乱するばかりだと思うが、それについても花田氏の論考はヒントを与えてくれる。
記事取り消し事件は、ジャーナリズム全体にとっての、ひいては私たちの情報を得る権利をゆるがすような性質の事件であった。

4月20日、この本にも執筆している山田厚史さん(元朝日新聞編集委員)のお話を聞きに行った。
記事はふみこんで書けばかならずや批判され、抗議される、訴えられることもあるが、記者の仕事とはそういうものであり、もし批判されたらどうしましょうと言われて、上司に聞いてみましょう→今回は強い表現はやめておきましょう、というような対応ではジャーナリズムは総崩れする、自分はこれで良いと思う、これでいく、と言えないサラリーマンでは、ジャーナリズムは成立しないという趣旨のことを言っておられた。
私たち出版人にも当然このことは言える。

彩流社でも『朝日新聞「吉田調書報道」は誤報ではない』を近く刊行する。
こちらは長年、原子力に関する訴訟を数多く担当してこられた海渡雄一・河合弘之両弁護士と、原発事故情報公開原告団・弁護団によるもので、
一貫してファクトで勝負する本だ。乞うご期待。(出口)