イケ彩ダメ彩

最新の記事5件

このコーナー内を検索

月別一覧

『戦場体験キャラバン』を読んで

2014年に出版した『戦場体験キャラバン――元兵士2500人の証言から』(戦場体験放映保存の会/中田順子・田所智子編著)の読書感想文が届きました。
書いてくださったのは、愛葉由依さんです。愛葉さんは、広島で戦争中に被爆されたお祖父様の体験とライフヒストリーの聞き取りを続けておられる若者です。愛葉さんのライフワークはお祖父様のお話の聞き取りから始まり、大学院入学後は、広島・長崎で被爆後、愛知県で暮らす人々との対話へと広がっています。
ご自身の聞き取り体験と重ね合わせた感想文になっていて読み応えがありますので、ご本人のご許可を頂き、彩流社のウェブサイトで公開することにいたしました。ぜひ、本とあわせてお読みください(編集部・出口綾子)

==
『戦場体験キャラバン』を読んで

全体として、数え切れないほどの人が命を落とす場面、遺体がゴロゴロと転がっている場面の描写を、どの人も淡々と語っていることが印象的でした。そういった語り口は、極限状態にある戦場を経験した人々が、人の生死を語ることを可能にするある種の手段になっているのではないかと思いました。数え切れないほどの人の生と死に直面した人々の感情の麻痺は、私がこれまでに対話をしてきた広島・長崎で被爆した人々との共通性を感じました。一方で、p.38,39にあるような歓迎パーティー等の側面についても切り捨てることなく、戦場体験の一部とすることで、戦場の暗く、悲惨で、血なまぐさい部分だけを強調していないところに好印象を持ちました。

また、私自身も、生の語りにこだわるなかで、方言をどう記述したらその土地以外に暮らす読者にも伝わるのか、ということに悩んできましたが、まず本書を読んで、ほとんど方言のまま記述してあることに驚きました。私が暮らす地域に近い方の語りを読んでいると親近感を覚える部分もあり、馴染みのない地方の方の語りでも、方言の難しさというものを超えて伝わってくるリアリティがありました。そして、あえて方言のまま記述することで、日本全国に戦場体験者が暮らしていることが読者にも伝わっているのではないかと思います。どの地域に暮らす人々に対しても、誰かしらの語り口に親しみを感じさせ、ひとりひとりに訴えかける構成になっていると私は解釈しました。

そして、戦場体験といっても幅広く、私自身のそれらに対する知識不足を痛感しました。ナショナルな視点だけでなく、グローバルな、各国の横のつながりを意識した知識を持って見ることの重要性も感じました。「取材メモ」という形で、個々の小文字の歴史以前に大文字の歴史を振り返りつつ、大文字の歴史に小文字の歴史を組み込んでいく構成により、私は個人の語りのなかへすんなり入っていくことができました。

読み始めたときは、聞き手の存在が見えず、戦場体験者の一人語りになっている点が少し気になっていましたが、最後まで読み進めていくと、それは聞き手のバイアスを外すための工夫だったということがわかりました。ただ、聞き手の対談を読んでいると、それぞれの人柄が伝わってきて、その人にだからこそ特別に話すということはなかったとしても、それぞれが持つ雰囲気や関心等が、語り手の語りに与える影響は少なからずあり、そういった人との対話のなかで語りが再構成される部分もあると思います。私個人の考えとしては、そういった点も記述の対象にしてもいいのではないかとも思います。

その他、個人的におもしろく読むことができた部分や、私が被爆した人々から聞いた語りと重なった部分もありました。例えば、p.161あたりにあるような、「捕虜」という立場になってしまったことは、家族には言えず、烙印にもなってしまっていたことについての語りは興味深かったです。これは、被爆した人々が「被爆者」であることを隠そうとしてきたこととも少し共通性があると思いました。p.187あたりに話題に出てきた東邦高校は、愛知県民の私にとっては、よく知っている高校でしたが、その高校で戦時中に行われていた教育や先生の話は、はじめて聞く話でした。p.134あたりにあるような、人を殺したときの話では、オノマトペを使って状況を説明する語りが印象的でしたが、被爆した人々もオノマトペを使う方が多いこととの共通性を感じました。一般的に使われる動詞や名詞、形容詞などでは表現できないことがオノマトペに込められているのではないかと私は解釈しています。

沖縄での戦場体験の話もありましたが、私が対話をしてきた人のなかにも、通信兵で沖縄戦の電報を受け取っていた方がいました。そういった方の語りと、本書に出てきた沖縄での戦場体験の語りがどんどん繋がっていき、聞き書きで得られる語りの貴重さ改めて感じました。恥ずかしながら、まだ私は沖縄には行ったことがありません。沖縄というと、やはり今では綺麗な海がある観光地という印象が強いですが、昨年グアムに行ったときに、家族に我儘を言って戦争の跡が残る場所へも足を運んで目にした光景と近いものが、今の沖縄にも残っているのだろうかと想像します。若いうちに、沖縄にも足を運んで、肌で感じてきたいと思いました。

対談の部分のp.290あたりに書かれていたような、聞き手がマスコミから取材を受ける中で、マスコミから一定の答えを求められているようになんとなく感じてしまう気持ちには、共感しながら読んでいました。私自身も、マスコミからの取材時に、流されそうになったり、うまく乗せられたりして、マスコミが欲しい言葉を言ってしまった経験があります。それは自分自身の力不足であったにもかかわらず、一時期、マスコミ嫌いになっていた時期もありました。しかし修士2年になってからは、しっかりマスコミともコミュニケーションをとって向き合い、自分の考えを伝えることの大切さを学びました。研究を学問の世界にとどめるのではなく、マスコミ等ともうまくバランスをとりながら積極的に交流して、社会へ発信していくことも一研究者の重要な役割だと今は考えております。

最後に、p.295あたりの、3.11の津波のあとの光景と戦時中の焼け野原がリンクしてしまうことについてですが、私が対話した人々のなかにも、3.11の津波の映像と原爆投下直後の煙の様子が重なり、錯乱状態になった方はいました。その方は長崎で被爆した方です。このようなことは、まだあまり知られていないことなのかもしれません。また、戦場体験とは言えないのかもしれませんが、被爆した人々のなかにも、兵隊としての経験がある方もいますし、必ずしも、一般的に抱かれるような被害者意識ばかりが強いわけではありません。そういった点についても、被爆した人々からお話を聞かせてもらった私がしっかり記述していかなければいけないと感じました。

2018.5.8 愛葉由依

9784779119965.jpg