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『ゆきゆきて神軍』を観た

公開から30年たち、いま改めて『ゆきゆきて神軍』が渋谷・アップリンクで上映されるというので即予約し、観に行った。 観客の9割が初めて見たとのこと、私もその一人だ。 

冒頭から、奥崎謙三の強烈なキャラが爆発した。 「こんなに面白いドキュメンタリーがあったのか」とたまげっぱなしだった。

「こりゃ、ドキュメンタリーも撮りたくなるな」と思わせる人物である。

上映後の原一男監督のトークによれば、劇映画と間違われることがしばしばあったという。それぐらい奥崎は、「主演男優」を演じていたともいえる。

そして、戦争というテーマを扱いながらも、こんなに笑えるシーンを盛り込んだセンスに、心の中で大いに拍手した。
しかし、途中から笑えなくなってきた。

激戦地ニューギニアで、奥崎のいた部隊は1300人中生還したのは100人。

その戦地で、数人の兵士が上官により処刑され、なかには戦後になってから射殺された者もいた。

その事件の真相を、その元上官自身のくちから白状させようと奥崎は本人たちのもとを訪れ、くちごもりその場を立ち去ろうとする者には殴りかかった。

原監督は、あれは証言のインタビューではなく、対決シーンだと、この映画はアクション・ドキュメンタリーだと言っていた。

警察が来ようとも、もちろんニューギニアの地獄を生き抜いた(そしてすでに前科者でもあった)奥崎は、へとも思わない。

複数の元上官たちはしぶしぶ証言し始めるが、話をすりあわせると嘘も交えた証言であることがわかり、徐々に「真相」らしきものがみえてくる。

この映画を観ながら、私は「人道」という言葉がずっとアタマに浮かんでいた。

人道とは、あまりにも厳しい現実、むごたらしい現実を前にしたときに問われる、あなたの・私の、極限の選択だ。

いまここで上官の「殺せ」という命令に背いたり反論すれば、自分が殺されることが明白である状況で、もしくはこの人を殺さなければ自分が生きて帰れないことがわかっている状況で、さいごの糸一本、人間らしさを保てるかという選択を迫られることだと私は理解している。

もちろんそんな人道的な選択をする人はほとんどいないわけだが、選択しないで生還しても、そのときのことをあとでこんなに執拗に追及されるとは…。

奥崎に、死んだ兵士たちの霊がのりうつっているのかというぐらい。

登場した元上官たちのなかで、人道的な選択をしなかった苦悩がもっともあらわれていたのは、入院先で「天罰だ」と奥崎に言われる山田元軍曹のように見えた。しかしこの人とて、したたかだなと思わせるシーンもあった。
それにしても…。地獄の沙汰を生きてきた元兵士たち(と遺族)の、このような生々しい感情を目撃することが、今はほとんどない。それを映画の中で目撃するだけでも、意味があると思う。
以上、戦後世代の、上映直後の未整理な極私的感想でした。(出口綾子)