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『はだしのゲン』

誠に恥ずかしながら、初めて『はだしのゲン』(全10巻)を読んだ。
広島での被爆に始まり、これでもかこれでもかと、
つらく悔しく悲しい出来事の連続の中で、
陳腐な言葉だが澄んだ目で強く生きるゲンのことが、大好きになってしまった。

父、母、姉、弟、生まれたばかりの妹を原爆で亡くし、
苦しい生活をともにした友人たちも次々と死んでいく。
うまく行きそうな「夢」もどんどんつぶされていく。
10巻目で、初めて好きな女の子が出来るので、あ、これでこの子とハッピーエンドかなと思ったら甘かった。
彼女も死んでしまう。
ゲンは何度も「どうして僕の好きな人、大切な人たちがみんな死んでいくんだ!」と嘆き悲しむ。

数年前、このまんがを学校で閲覧することを拒否する動きがあった。
理由は、戦争中、中国人を殺す場面や女性に対する酷いシーンが出てきて描写が過激であるなどであった。
しかし、これはうわべの理由だろう。
作品を通して、天皇の戦争責任をきびしく表しており、
なるほどこれを学校に起きたくないわけね、と納得した。

もう一つ印象的だったのが、
「広島は一つではなかった」ということが、繰り返し描かれていること。
ゲンの父は戦争中から「この戦争はまちがっている」と公言していたために、
ゲンの一家は周囲の人たちからはじかれていく。

戦後も「ピカ」の語を吐き捨てられ、彼ら被爆者がいかに広島の中でも差別されていたか、子どもでさえ犯罪に手を染めるなど「まとも」に生きてはいけなかったことが描かれている。

こうしたことも含めて、戦争の体験を後々まで継承する必要があると思う。
広島は一つではなかったし、「日本は唯一の被爆国」という日本としてのまとまりの心性も疑わねばならない。
「『唯一の被爆国』という神聖不可侵な記憶」が、
「戦後日本の最も平和的なナショナル・アイデンティティを軸とする
戦後日本のナショナリズム」となっていた。
この小菅信子さんの言葉が改めて思い出された。(出口綾子)