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『ごみとトイレの近代誌』著者・山崎達雄さんインタビュー

山崎達雄さんの著作『ごみとトイレの近代誌』が、一般社団法人・廃棄物資源循環学会の<廃棄物資源循環学会著作賞>を受賞されました。

この本は、京都新聞、神戸新聞、毎日新聞、『週刊金曜日』や『新潮45』などの雑誌をはじめ、『都市と廃棄物』、『生活と環境』、『紙業雑誌』ほか、多数の業界紙誌で紹介していただきました。

山崎さんは、京都大学衛生工学科を卒業されたあと京都府に勤務され、廃棄物・環境・水道などこの本のテーマにつながるお仕事に関わられました。そして、なんと京都府亀岡市の副市長まで経験された方です。

今回の受賞を期に、気になるけどまだ本を読んでいないという方にぜひ本を手にしていただきたく、山崎さんに、イケ彩のためにインタビューをお願いしました。

● 山崎さん、受賞、おめでとうございます。

本では、貴重な絵葉書や入手困難と思われるような幻のトイレットペーパーなどが紹介されています。京都府に勤務されていたときのお仕事と、テーマ的には重なると思いますが、史料の収集はまったくの「趣味」的なこととも言え、お仕事とは関係ないところで手がけられました。何年ぐらいかけられたのですか?

 

ありがとうございます。

今回の著作賞の受賞は、長年収集してきた絵葉書や新聞広告などを使って、ごみとトイレの近代の歩みを読み解いたことが評価されたと思います。原稿を最初に『都市と廃棄物』に掲載頂いた環境産業新聞社、出版された彩流社には本当に感謝しております。

史料の収集をはじめた時期ですが、はっきり覚えていません。神田の古書店で、明治中頃から大正までの「大日本私立衛生会雑誌」約200冊の一括購入や、昭和初期にはじめて建設された東京の屎尿処理場「綾瀬作業場一般図」を手に入れたのが最初と思います。私が廃棄物の仕事を担当した昭和50年代頃と記憶していますから、史料を収集してもう30年以上になります。その後、廃棄物関係の仕事からは離れましたが、よく続けてきたものと、自分でも感心しています。

 

●史料を集めるときに一番苦労されたのは、どんな点ですか? また思い出深い史料のエピソードをひとつ聞かせてください。

 

最近では、インタ-ネットが盛んになり、古書の情報が氾濫しています。しかし、私が史料を集めた頃は、神田や京都の古書店を一軒一軒廻ったり、古書目録を丹念に見て、史料を探したものです。

苦労といえば、京都に住んでいますので、東京からの古書目録が届くのが、どうしても遅くなります。このため、目録でこれは絶対欲しいと思った史料を見つけても、もう既に他の人が注文して、残念に思ったことは幾度もありました。

でも、今振り返ると、苦労というよりも、新しい史料を見つけた時の喜びの方が大きかったですね。史料との出会いは不思議なものです。一度見つけると同じ種類の史料が次々と出てきて、驚きました。根気良く捜していると、自然と「ツキ」が生まれるのかと思いました。

そのなかで、やはり思い出深いのは、大正期から昭和初期にかけて、日本で初めて作られた神戸の島村商会の幻のトイレットペ-パ-です。ネットオ-クションで見つけて、競合しかかったのですが、入手した時は、本当に嬉しくてちょっと眠れなかったのではないかと、記憶しています。

 

●近代史において、公衆衛生に関する啓蒙的役割を絵葉書が果たしたということを、私はこの本で初めて知りました。本の冒頭に掲載している明治時代「違式かい違(いっしきかいい)罪目図解前編」などは、ごみの投棄や立ち小便などが、これからは罪になりますよということをわかりやすく図解していておもしろいですね。ごみ焼却施設などの絵葉書も盛んに発行され、啓蒙のために使われました。ごみの焼却をめぐっては、さまざまな試行錯誤が近代史においてなされたことが書かれています。京都府でお仕事をされていたお立場から、当時の役人たちの仕事の軌跡をご覧になって、どんなふうに感じられたり、評価されたりしますか?

 

大阪市公文書館で、昭和初期の「大阪市塵芥焼却場要覧」や「都市塵芥の處理」等の原稿を見つけました。ごみの処理に対する市民の理解を深めるため、絵葉書の発行といい、大変苦労したんだなあと、自分が京都府で、『産業廃棄物の手引き』を作成した記憶と重なって、非常に感慨深いものがありました。

昔の時代は、今と違って時間がゆっくり流れ、仕事ができたのだと思います。でも、現代でさえなかなか思いつかない、塵芥焼却場の絵葉書の発行等、市民の理解を得るためにいろいろ知恵を出して、ごみの処理に取り組んできたことを思うと驚きました。

先人達のごみ処理にかけた思い、苦労をしっかり受けとめていかなければならないと思っています。

 

●本書で紹介されている史料のもうひとつの側面として、当時の大衆文化が感じられたり、風俗史がわかるということがあります。トイレの歴史に関しても、排泄のスタイルを調べられて、紹介されていて、歴史を知る上からも、大変興味深いですね。

 

調査して改めて気づいたのですが、排泄の仕方にも歴史があることです。特に、女性の立小便は、今では忘れられた存在になりましたが、活動弁士でもあった石野馬城が描いた「此處小便無用」絵葉書や、東京大学の明治新聞文庫を創設した、宮武外骨の『滑稽新聞』の挿絵「天神祭の共同便所船」も本書で紹介しています。いづれも印象に残る史料です。

「此處小便無用」や「蛙に小便」の絵葉書は、見ていて思わず微笑みたくなる佳品です。また、「天神祭の共同便所船」は、明治41年刊行の滑稽新聞の挿絵ですが、大阪の天満天神祭で、小便桶を据えた小舟が「姉さん小便は如何です」と言って、幾ばくかのお金で使用させていたものです。近代の有料トイレのル-ツは、明治36年に大阪の天王寺・堺で開催された第五回内国勧業博覧会ですが、ここにもその萌芽をみることができます。

男性の立小便は、劇作家別役実は、「天に対する一種の示威行為」としていますが、現代の家庭での男の子の座り小便をみると、男性としては少し感傷的になります。

 

●収集家というのは世の中に多々いると思うのですが、山崎さんは史料集めだけでなく、整理、分析・推察までを粘り強く、また独自の視点で展開されました。その過程を見ると、学者・専門家でいらっしゃることがよくわかるのですが、この本は専門書ではなく、一般の方におもしろく感じてもらえる本だと思います。山崎さんが、一番伝えたかったおもしろさや醍醐味はどんな点にありますか?

 

彩流社にお願いして、『ごみとトイレの近代誌』の表紙カバ-や冒頭のカラ-ペ-ジをはじめ各頁に、ごみとトイレの近代化への歩みが視覚的にわかるように、当時発行されていた絵葉書や新聞広告などを、なるべく多く掲載するようにしました。

近代大阪を象徴する日本銀行大阪支店の前を曳航されるごみ船を巧みに捉えた「大阪市立塵芥焼却場絵葉書」、「有料便所」や「洋式大便器」の絵葉書、滑稽新聞社の「女学校便所」や「三番叟」の絵葉書、更には大正・昭和の広重といわれる吉田初三郎の鳥瞰図などです。

また、現代の「軽犯罪法」にあたる「違式詿違条例」や「違警罪」を解説した「御布令之訳」や「違警罪之訳」は、大変珍しいものです。

これらの図版や写真を眺めて楽しんでもらえればと、著者としてはとても嬉しいです。

その上で、これらの図版を見ながら、本文を読み進んで頂ければ、当時の社会風俗がよくわかり、歴史の面白さが無限にひろがるのではないかと考えています。

 

●これから新たに取り組もうと思っているテーマはありますか?

 

今、ごみの処理は、市町村の仕事で、自分達とは無関係と考えている人が大多数ですが、明治33年の汚物掃除法により、初めて市町村の業務となりました。それまでは、町=共同体の仕事として取り組まれ、ごみの問題は、市民の身近な関心事でありました。

行政としての清掃事業の歩みは、東京や大阪等、多くの自治体で百年誌等として記録されていますが、社会や人間が、ごみや屎尿の処理に、どれだけ苦労してきたのか、私は、もう少し時代を遡ってまとめてみたいと考えています。

ごみ問題が都市問題として表面化し、共同体としてその解決を図ってきた近世から、当時肥料として利用され、有価物であった屎尿も含めて、私達の生活のなかでどのように取り組まれたきたのか。もっと、わかりやすい形、皆さんが読んでも楽しくなる形、年表というものをまとめみることできればと考えています。

各都市をすべて網羅することはとても出来ませんが、都市として有数の歴史を誇る、京都に限ってできればと思い、史料の調査・整理を改めて始めたところです。

 

ありがとうございました。

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『違警罪之譯』に描かれた女性の立小便姿。囲いを設けられた路上の小便桶(小便所)に、立小便をする女性)

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(天神祭の共同便所船(『滑稽新聞』第169 号、明治41 年8 月20 日)。共同便所船は、7 月25 日の本宮船渡御をみるために仕立てられた)

※図はいずれも『ごみとトイレの近代誌』(山崎達雄・著)より