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「3.11以後の建築」は非常に示唆に富んでいた

3.11以後の建築(@金沢21世紀美術館)を見に行った。
難しいと言われる建築の展示だが、建築家たちがいかに社会とのつながりの中で試行錯誤してきたか、
その実験的で建設的な試みがおもしろいように伝わってくる展示だった。

我々は3.11で
「大金をかけてさらに強いハードを作るだけでは、津波や地震には対抗できない」
ことを学んだ。そうではなく、

「人と人とのつながり、 あるいは街と人との関係といったソフト面からのアプローチが重要視されている」
これに伴い、
「かたちから、関係性のデザインへと、
建築家の役割も変化している」

こうしたことは、
震災によって問題が出てきたのではなく、
「震災によって我々が考えるべき課題が前倒しにされ」明らかになったことだという。
これらは、キュレーターである五十嵐太郎さんのことばである。

この思想がいかに、3.11に限らず、私たちの社会や地域での自治と建築についての関係にもあてはまる、
示唆に富むことか、すぐに思い浮かんだ具体例を2つ紹介する。

●横浜・寿町はバリアだらけ
バリアフリーとは、お年寄りや障がいのある人のことを考えて設計されたものだという。
しかし、完全バリアフリーの建物だからといって、
人々が助け合う関係性になければ、本末転倒というものだろう。
私が18年以上かかわっている横浜の寿町は、バリアだらけであり、
そういう意味では障がいのある人には暮らしにくい町のはずである。
しかし、困った人たちがたくさん集まってくる。福祉の街だと言われている。
不思議な倒錯が起きている、ようにも見えるだろう。

●北鎌倉、緑の洞門はコモンズである
いま、JR北鎌倉駅沿いの貴重な史跡であり、人びとが日常的に使い、慣れ親しんできた
「緑の洞門」が、鎌倉市によって破壊されようとしている。
1万7000人以上の人が署名をし、この洞門を
なんとか保存してほしいとの願いを市に提出しようとしている。
4月28日に、鎌倉市は突如、ここを封鎖し通行禁止にしてしまった。
「人とまちの関係性」など、ここではいっさい、無視されている。

私は、こうしたところはコモンズだと思っている。
つまり、国や自治体や企業、個人などが独占するのではなく、
市民がみんなで日常的に利用し、保存していく共有財産なのである。
それをある日をさかいに、自治体が一方的に管理し、それまで自由に通行していたのに、
いまでは特別な許可がなければ中に入ることができなくなっている。

世界遺産の登録を希望している鎌倉市の、これが実態である。
ぜひともその名に見合うような対応をしてほしいものである。(出口綾子)