イケ彩ダメ彩

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「どうすることも出来なかった。」…のか?

 あの時はそうする以外になかった、どうしようもなかった、ということがあると思う。究極的に考えるため、戦争の場合を考えてみる。
 もし自分が戦時、捕虜となり、強制収容所に入れられたらと想像してみる。

 長期にわたる飢餓、死の恐怖、極度の寒さ、過酷な労働あるいは戦闘を強いられている。
 自分が生きるためには他を侵すことも辞さない状況にみんなが置かれているから、
 敵軍兵士だけでなく、自分以外の全ての存在が敵になる。
 
 そういう極限状態であれば、私なら当然、相互不信に陥るし、私自身が他の生命を脅かす存在ともなり得るだろうと想像する。そしてそのことを、そうするしかなかったのだ、他にどうしようもなかったではないか、と当然のように思うのではないか。
 
 しかし、「それは堕落である」とキッパリ言い切った人がいる。
 石原吉郎というシベリア抑留者だ。
 シベリア抑留についてはこの夏すでに本を出し、美しい数々の絵から、淡々としたあまりにも過酷な史実を感じ取っていた
 
 しかしこの石原吉郎は、ふつうの軍事捕虜ではなく、刑務所の囚人として抑留されていた。だから一般捕虜よりもさらに過酷で、<生きていることが不自然>というぐらいの状況に置かれ続けた。
 それゆえ、自己の人間性を突き詰めるこの人の言葉は、あまりにも鋭く、深く、厳しい。
 極限状態にあらわれる人間性から、人間の本質・真実を読み取る。
 石原が突きつける鋭利な刃物のような言葉を、どう受け止めたらいいのか。
 
 それを導いてくれるのが新藤謙さんの『体感する戦争文学』なのだが、これから出る本なので、予告編はこのへんで!(出口綾子)