ほんのヒトコト

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第38回 『ワーキングガールのアメリカ』その後
──山口ヨシ子(『ワーキングガールのアメリカ──大衆恋愛小説の文化学』)

2016 年 1 月 4 日 月曜日

 一冊の本を出版した後は、つねに後悔がつきまとう。扱うべきであったのに、紙幅の都合上などで扱うことのできなかった作品や資料が多々あるゆえに、後悔の念にとらわれるのである。『ワーキングガールのアメリカ──大衆恋愛小説の文化学』を上梓して三か月になろうとしているが、校了した直後に、以前に注文していた一冊の貴重な本が届いたことから、今回も、その思いが強い。 (続きを読む…)

第37回 気さくなトニ・モリスン
──木内徹(『トニ・モリスン──寓意と想像の文学』共訳者)

2015 年 12 月 14 日 月曜日

 2年越しの翻訳書『トニ・モリスン──寓意と想像の文学』がようやく出版の運びとなった。明治学院大学の森あおいさんを中心として、青山学院大学の西本あづささんと私の3人による共訳である。2年前の2013年にはこの仕事にすでに着手していたが、2013年9月19日に本書の研究対象であるトニ・モリスン本人と会う機会があった。 (続きを読む…)

第36回 本を出すことの喜び
──吉原豊司(『カナダ戯曲選集』『カナダ現代戯曲選』ほか訳者)

2015 年 10 月 27 日 火曜日

 私は彩流社に、たくさんの本を出してもらっている。改めて数えてみたら8冊に及んでいた。いずれもカナダ戯曲の邦訳本である。

 戯曲はシェイクスピアや井上ひさしなど、超ポピュラーな作家のものは別にして、出版してもなかなか売れない、というのが業界の常識らしい。そんな売れない戯曲を8冊も刊行してくださった彩流社さんに、私は足を向けて寝られない。

 戯曲本は、一時的にどっと売れるのではなく、時間をかけてボツボツと売れるもののようだ。さまざまな劇団に所属する演劇関係者が「さて、来シーズンにはどんな芝居を上演しようか」と考えるとき、過去に出版されている戯曲を漁り直すかららしい。 (続きを読む…)

第35回 音楽評論には「実証」と「妄想」が必要だ。
──スージー鈴木(『1979年の歌謡曲』著者)

2015 年 10 月 17 日 土曜日

さて、いよいよ来週、新刊『1979年の歌謡曲』が発売されます。自信を持ってオススメします。すでに出来上がっています。

目次はこんな感じ。

 

さて、中山康樹氏が亡くなっていたことを、つい先ごろ知りました。ワタシは彼の、一曲一曲、丹念に聴き込み、そこの積み上げから、実証的・建設的に評論していくスタイルに影響を受けています。まずは、そういうスタイルを自分でも試してみたかったのです。

なので、目次にあるように、1979年にヒットした曲を、発売順に一曲一曲聴き込み、そして、そんなミクロな分析を総合したかたちで、マクロな分析をするというスタイルを採用しました。そういう意味では、中山康樹に対するオマージュと言えます。 (続きを読む…)

第34回 ヘブリディーズ諸島へ至る三つの町
──江藤秀一(『大人のためのスコットランド旅案内』編著者)

2015 年 8 月 18 日 火曜日

 18世紀イングランドの著名な作家ドクター・サミュエル・ジョンソンはスコットランドに強い偏見を抱いていたが、そのジョンソンにスコットランド人のジェイムズ・ボズウェルという若い弁護士が惚れ込んだ。ボズウェルは何とか自分の故郷のスコットランドを案内したいと願っていたが、ついに1773年にその夢が実現し、スコットランドのハイランドとヘブリディーズ諸島への3か月に及ぶ旅をしたのである。ジョンソンはその旅の日記をA Journey to the Western Islands of Scotland(『スコットランド西方諸島の旅』)として刊行した。その旅日記を読むと、当地には今では消滅してしまった氏族制を基盤とした独自の社会と文化が残っていたし、言語も英語ではなく、ゲール語の一種であるアース語が話されていたことが記されている。そんな光景は現在ではまったく見当たらない。一体、何があったのだろうか。それを解明すべく、私はジョンソンの旅日記を手にジョンソンとボズウェルの足跡をたどってみた。その一部がこのたび刊行した『大人のためのスコットランド案内』の第8章「ハイランド地方からヘブリディーズ諸島へ――ドクター・ジョンソンの島巡り」である。 (続きを読む…)

第33回 アジア発、ポストモダン・アートの現在ーー 麻生享志

2015 年 8 月 3 日 月曜日
蔡國強『帰去来』とディン・Q・レ『明日への記憶』

 

◆この夏、首都圏のアートシーンが熱い

まずは横浜。7月11日から横浜美術館で蔡國強(さいこっきょう)の個展『帰去来』が始まった。蔡といえば、筑波大学で学んだこともある親日の中国人アーティストだ。2008年北京オリンピック開会式でのように、火薬とアートの融合をテーマに、これまでにはなかった芸術の地平線を切り開いたことで知られる。

一方、7月25日から東京六本木ヒルズの森美術館で始まったのが、ディン・Q・レの個展『明日への記憶』。拙著『ポストモダンとアメリカ文化』(2011)でも紹介した1.5世代ヴェトナム系アメリカ人アーティストのレは、 (続きを読む…)

第32回 モランゲイロへの路
──杉田敦(『静穏の書──白い街、リスボンへ』)

2015 年 7 月 10 日 金曜日

そろそろ動き出さないと、そんな想いに追い立てられるように、シャワーを浴びて窓から身を乗り出すと、街の喧噪とイワツバメの鳴き声、そして、高台を抜ける風音が一気に押し寄せてきた。せっかく前向きになろうとしていた気持ちが、まただらしなく融けだしてしまう。気を取り直してテラスまで出てはみるものの、再び、同じことが繰り返される。もう少し、ここで、このまま……。どうにか踏ん切りをつけ、らせん階段を周り降りて外へ出る。 (続きを読む…)

第31回 18世紀のアイルランド語詩を訳して──春木孝子
(京都アイルランド語研究会訳・著『ブライアン・メリマン『真夜中の法廷』──十八世紀アイルランド語詩の至宝』翻訳・執筆メンバー)

2015 年 5 月 12 日 火曜日

 2014 年末に『ブライアン・メリマン『真夜中の法廷』──十八世紀アイルランド語詩の至宝』が彩流社より出版された。京都アイルランド語研究会として活動を続けてきた10人のグループが3冊目の活動プロジェクトとして2007年に取りかかって7年目になっていた。なぜ、こんなに時間がかかったかという苦労については、後で触れることにして、まずは、この詩作品がどのようなものであるのか手短に記したい。 (続きを読む…)

第30回 マーク・トウェイン〈新作〉?の魅力
──里内克巳(マーク・トウェイン『それはどっちだったか』訳者)

2015 年 3 月 30 日 月曜日

 得体のしれない小説タイトル。一般に私たちが〈マーク・トウェイン〉という名前で思い浮かべる、健全でおおらかなイメージとはおよそかけ離れた、鮮烈かつ不穏なカバーデザイン。私が翻訳を手がけた『それはどっちだったか』という本は、まずはそんな意外さで書店を回遊する人たちを立ち止まらせるだろう。そして、こう思わせるにちがいない――トウェインって、こんな小説書いてたっけ? ほんとにあのトウェインが書いた作品なの? と。実はこの長編小説は、トウェインが1910年にこの世を去って半世紀近く経ってから、ある遺稿集のなかの一篇として公表されたものの、その真価が見出されないまま長らく埋もれたようになっていた作品である。単独の作品として刊行されるのは海外でも先例がなく、この日本語版が初めてとなる。だからこれは、トウェインの〈新作小説〉と呼んでもいい作品なのだ。 (続きを読む…)

第29回 ポーランドの変化とともに 変わるものと変わらないもの
──加須屋明子(『中欧の現代美術──ポーランド・チェコ・スロヴァキア・ハンガリー』ポーランド担当)

2015 年 3 月 27 日 金曜日

 初めて中欧(当時は東欧)地域を訪れたのは1988年の夏、ポーランド留学を控えてワルシャワ大学での語学のサマーコースに参加した時のことでした。あまり前知識なしに出向いた場所で、あまりにも大きなギャップに驚きながらも、初めて見る風景に驚き、惹かれました。当時は社会主義体制の末期でしたが、ちょうど夏休みだったせいかどうか、広い道はからっぽ、英語がほとんど通じない、物がない、電話が通じない(当時国際電話をかける、というのはものすごく大変なことでした。申し込んで一日待っても繋がらないこともありました)、というような困難な状況に直面しました。 (続きを読む…)