ほんのヒトコト

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第51回 『中央駅』刊行にまつわるほんのヒトコト――生田美保(『中央駅』訳者)

 

はじめまして、『中央駅』の訳者です。今回お世話になった編集者さんから、刊行にあたり「ほんのヒトコト」というコーナー向けに裏話的な紹介文を書くよう依頼されました。「ほんのヒトコト」というタイトルに沿って、ほん、ヒト、コト、そしてほんの一言に分けて、短く(それほど韓国通でない方々にむけて)綴ってみたいと思います。

ほん:

『中央駅』という小説は2014年に韓国で出版されました。書いたのはキム・ヘジンという若い女性作家で、執筆当時30歳でした。内容は、中央駅に流れ着いた若いホームレスの男の独白です。読んでいて視覚、嗅覚が苦痛を覚えるほど、路上での生活がリアルに描写されています。

私がこの本に出会ったのは出版から2年後の2016年でした。勤め先の図書室の、決して充実しているとはいえない一般書コーナーに、なぜかこの本がありました。一切の事前情報なしに、ただタイトルに惹かれて手に取ったのですが、そこで一気に惚れこんで、K-BOOK振興会が当時毎年出していた「日本語で読みたい韓国の本」という出版社向けの冊子に、おすすめ30選のうちの一冊として紹介していただきました。その後はしばらくお蔵入りしていたのですが、今年になって上記冊子の記事が編集者さんの目に留まり、このたび日本語版『中央駅』が出るはこびとなりました。

小説が書かれてから5年という月日が経っていますが、古臭くなるどころか、むしろその間に日本も格差や貧困が深刻化し『中央駅』がより身近な物語になっているのは皮肉なことです。

ヒト:

作者のキム・ヘジンは29歳で作家デビューしましたが、上京して大学院を出たのちアルバイトを転々としていたそうです。故郷・大邱の母親はそんな彼女をとても心配していたようで、東亜日報の新春文芸で当選した際には「それで東亜日報に就職はできないの?」と言ったり、『中央駅』で中央長編文学賞に輝いた際にも「賞も取ったし、本も出したんだから、もうやめて就職してもいいんじゃない?」とコメントしたというエピソードがあります(そんなことでやめるわけないでしょうけど、やめないでいてくれて本当によかった! おかげで次の作品『娘について』が誕生しました)。

一方、キム・ヘジンという作家は、ものごとをじっと観察して書く人です。中央駅はどこの国の都市にでもありそうな架空の駅ですが、作者自身がソウル駅で見聞きしたものがベースになっています。執筆中にも自転車であちこちをまわったそうで、作者の目にうつったソウルという街が作品にもそっくり投影されています。ソウルでは常にどこかでデモが行なわれていますが、そんな人々の様子もちらりと描かれていたりします。

写真は、モデルとなったソウル駅の全景です。奥に現在の駅舎、手前に旧駅舎、地下鉄の入口が見えます。午後7時現在、家路を急ぐ人々をよそに広場のそこかしこに座り込んだホームレスの姿と、黄色いチョッキを着た支援センターの関係者の姿が見られました。ソウルは明日はやくも氷点下になるとの予報です。みなさん無事に冬を乗り切れるとよいのですが。

コト:

刊行直前の11月9日、東京の神田神保町でK-BOOK FESTIVALという催しがありました。この催しは韓国の本を扱う日本の出版社などが共同で開催したもので、トークショーやクイズ大会のほか、各出版社のブースでは小説やエッセイ、絵本などの販売が行なわれ、朝から盛大なにぎわいを見せました。この様子は「日韓関係冷え込むも韓国文学人気でにぎわい 神田神保町」としてNHKニュースでも報道されました(こちらからご覧いただけます)。訳者の私も彩流社のブースにお邪魔して、読者のかたに直接販売するという貴重な機会をいただきました。

そして、翌11月10日には、同じく神保町の韓国専門ブックカフェ「チェッコリ」にて、(まだ読んでいない)読者を集めた『中央駅』読書会も開催しました。急遽決まったスケジュールでしたが、冒頭の編集者さんと装幀を担当したデザイナーさん、『娘について』の訳者の古川綾子さんも駆けつけてくださり、ほかでは聞けないエピソード満載の会となりました。また、会の最後には、参加者のみなさんにお願いして作者あてに色紙を書いていただきました。キム・ヘジンの訳者であるまえに一人のファンとして、日本の読者の声をはげみにこれからもどんどん良い作品を書いてくれという思い(大きなお世話?)からです。

 

ほんの一言:

『中央駅』は韓国で生まれた小説ですが、韓国に限らずどこの都市にでもあり得る物語であり、いろいろな読み方ができる小説です。どうぞ主人公の「男」と一緒に底辺をさまよってみてください。そして、あなたなりの答えを見つけてください。社会のどん底で「愛」は救いか、それとも。

 

『中央駅』『中央駅』ためし読みはこちら!