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第49回 新たな楽園を探して
──小林理子(『アイスランド紀行ふたたび』著者)

20代のころからかなりの旅好きだった。会社員だったが、休みが取れれば必ずと言っていいほど旅に出ていた気がする。といっても日本国内だけで、青春18きっぷを使って各駅停車で巡る旅である。北海道など早朝に出ても東京からでは八戸までで一日が終わってしまう。夜間フェリーに乗って北海道入り、なんてことをやっていた。のんびり旅は私にとって最高なのだ。で、車窓を見て「あ、ここステキ」と思ったら電車を降り、その地点までてくてく歩いて首から下げた一眼レフでフィルムに収める。次の電車が2時間待ち、も気にしない。

その「あ、ここステキ」がエスカレートしたのが、アイスランドをこよなく愛するようになった理由のひとつかなと思う。その前の「あ、ここステキ」ステップとして1年間にわたるオーストラリア一人旅がある。オーストラリアも人里を少し離れると「あ、ここステキ」がたくさんある国だ。もしオーストラリアへ行っていなかったら、アイスランド人バックパッカーのハルパとヘルマンに出会うこともなかっただろう。ふたりも相当な旅好きで初対面の時から話が合った。

ふたりに「ぜひ私たちの国へも来てね」と言われ、1996年3月初旬にアイスランドへ新婚旅行に出掛けた(当時はガイドブックも日本大使館もなく、旅行会社も詳しい情報を持っていなかったから、実現するのが大変だった)。ふたりの案内でいくつものダイナミックな「あ、ここステキ」を体感して帰国した。滝壺に吸い込まれそうな感覚に陥る大瀑布、大規模間欠泉、広大な溶岩流の原野などだ。私たち夫婦ともにどっぷりハマってしまう国だった。

普通、都心部はいわゆるコンクリートジャングルで、ちっとも楽しくないのに、アイスランドの首都レイキャヴィークは違う。最近は新しい建物もあるが、都会なのに「あ、ここステキ」がいっぱい見つかる。教会の高い展望台から見下ろすとおもちゃ箱をひっくり返したようなかわいらしい街並み、こぢんまりしたおしゃれなカフェ、店主自ら手編みしたニットを売っているショップetc.etc.。地方へ行けば、フィヨルド道路からは航空写真のように美しく広がる眺望、直接飲めるような清涼な湧水、たくさんの野鳥が巣作る断崖、どこまでも青く澄んだ氷河湖など、数え上げればキリがないほど「あ、ここステキ」が詰まっている。新婚旅行から3年後の1999年にはひとり、2ヵ月のアイスランド一周の旅に出掛けていた(このときの旅行記を2001年に『アイスランド紀行』として、さらに2007年に「その後のアイスランドとハルパ一家」を加えて『増補版 アイスランド紀行』として出版した)。

◉左:グトルフォスの滝。アイスランド語で「黄金の滝」の意(筆者撮影)
◉右:ハトリグリムスキルキャ教会展望台からのレイキャヴィーク市街の眺め(筆者撮影)

20世紀終盤にオフシーズンのアイスランドを二度旅し、今回、21世紀になってハイシーズンのかの国をふたたび訪れた。すごい! と思ったのは、自然環境が20年ほど前とまったく変わっていないことだ。観光客が増えても、人口が増えても、自然を守る。人の手はほとんど加えない。『アイスランド紀行』の帯で記したように、まさに北の楽園と呼んでふさわしい国だと思った。

ふたりに出会った1991年、ハルパが23歳、ヘルマンと私が25歳の若き旅人だった。ふたりは婚前旅行にオーストラリアに来ていた。当時の私は彼氏もおらず、ふたりを羨望のまなざしで見ていた気がする。アイスランドは事実婚が社会に広く浸透しているから、婚前旅行はもちろん、入籍が済んでいない妊娠・出産も一般的だ。実際、ハルパとヘルマンの間にも双子が生まれ、双子ちゃんに手のかからなくなったころに婚姻届を出し、挙式している。その双子ちゃんが小学校に上がった時、もうひとり女の子を儲けた。私たち夫婦には子供がいないが、互いの家族全員の誕生日にはプレゼントを贈り、クリスマスギフト(主に新年のカレンダー)のやり取り、折を見て写真付きの手紙を書いたりメールを打ったり、たまに国際電話でおしゃべりしたりしてきた。これらが四半世紀もの交友につながっている。遠く離れていても友情は続くものなのだ。

今回の旅のホームステイでお世話になったハルパ一家の現在を少し書くならば、ハルパは別の幼稚園の園長先生に昇格した。3月末に電話をしたところ「土曜も代替で出勤しなければならないことが多いのよ。午後3~4時間くらいだけどね」と笑って言っていた。末っ子シグリードゥは高校へ進み、ボーイフレンドができたの、と、ツーショット写真をメールしてきた。彼女の高校では、選択科目として日本語クラスがあり、次年度から日本語を取ろうと思っているそうだ。双子の女の子スーリードゥは獣医学のさらなる勉強のために英語で講義が受けられるスロヴァキアの大学に留学し、2021年に卒業してアイスランドへ帰ったら、本格的に獣医として働きたいとのこと。双子の男の子イングヴィは大学を卒業しソフトウエア・エンジニアとしてレイキャヴィーク市内の優良企業でバリバリ働いているという。ヘルマンはといえば、解体業の自分の会社の経営に飛び回っているそうだ。同時に家の改築の週末大工に精を出している。

生き方もステキでありたい。彼らを見ていて、そう思う。

◉断崖に巣作るパフィンの群れ。
漁解禁の時期には捕獲して食用にできる(Harpa Ingvadóttir 提供)

◉『アイスランド紀行ふたたび