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第42回 カナダの歴史と文学を彩るヒロインたち
──長尾知子(ちかこ)(『英系カナダ文学研究──ジレンマとゴシックの時空』)

 英系カナダの国民文学を扱った本書『英系カナダ文学研究――ジレンマとゴシックの時空』には、カナダの歴史と文学を代表するヒロインが登場する。1人目は、カナダ史上随一のヒロイン、ローラ・シコード(Laura Secord, 1775-1868)。本書第9章で「女性ゴシック」として論じたジェイン・アーカート(1949-)の『ワールプール』(1986)の中で、軍事歴史家デイヴィッドが惚れ込む歴史上のヒロインである。彼の妻フリーダは、夢に出てきたローラと瓜二つという。作品のヒロイン、フリーダの人生行路にも影を落とすローラとは、どんな女性だったのか。知る人ぞ知るエピソードを紹介しよう(https://www.historicacanada.ca/content/heritage-minutes/laura-secord参照)。

 ローラは合衆国生まれだが、ロイヤリスト(英国に忠誠を誓う王党派で、英系カナダの礎を築いた)の家族と共に、18世紀末にカナダに移住した。アッパーカナダ(現オンタリオ州)のクイーンストン(ナイアガラ大瀑布の下流)に入植したシコードと結婚。後に語り継がれるローラの愛国主義的なエピソードは、英米戦争(1812年戦争)のさなか、1813年6月21日の夕べに端を発する。

 カナダに侵攻中のアメリカ軍の士官たちは、民家に押し入ると、農夫の妻ローラに、夕食を用意するよう命じた。ローラは、ご馳走とワインで上機嫌になった彼らが口を滑らせた軍事計画を聞き洩らさなかった。「ビーバーダムのフィッツギボン(司令官)に奇襲攻撃をしかけてやろうじゃないか」という。ローラは後片付けをしながら、英軍の本拠地が危機に瀕していることを知る。目配せした夫は、半年前に「クイーンストン・ハイツの戦闘」で負傷しており、歩くこともままならなかった。

 意を決したローラは、明け方、農婦の質素な身なりでビーバーダムに向かった。スパイ容疑で捕まったら暗殺は免れない。主要道路を避け、32キロの道のりを18時間かけて歩き続けたローラの悪戦苦闘ぶりは伝説として語り伝えられている。目的地の砦を前にして、イロコイ族の先住民に取り囲まれたとき、ローラは恐怖に凍り付きながらも、酋長にナイアガラ半島が存亡の危機に立たされていると訴えた。酋長は彼女の勇気に心打たれ、部下に命じて、英軍の砦までローラをエスコートさせたという。2日後、英軍はアメリカ軍の侵攻を阻止し、降伏に導いた。

 シコード夫人が、その功績を認められたのは1860年になってからである。イギリス王室より100ポンドの報奨金を支給され、死後は戦場跡のクイーンストンとランディーズ・レーンにモニュメントが建立された。国民的ヒロイン、ローラ・シコードの画像は、Library and Archives Canadaの公式ホームページで公開されている。ローラが山道をゆく雄姿を描いたカナダの記念切手(1992年9月発行、42c.)を筆頭に、ローラがフィッツギボンと面会した時の様子を描く絵画、シコード家やローラ晩年の写真、ローラの記念碑がアップされている。もっとも、一般のカナダ人にとって、その名は、創業100年を迎えたチョコレートブランド「ローラ・シコード」として馴染みがあるようだ。

 カナダ史を彩る2人目のヒロインは、植民地時代の文学を代表する英国移民スザンナ・ムーディ(Susanna Moodie, 1803-85)、本書第4章「女性移民作家スザンナ・ムーディの軌跡」で取り上げた女性作家である。時代的には、王党派移民だったローラ・シコード(1775-1868)が、18世紀生まれながら長寿を全うし、カナダ自治領成立(1867)を迎えたのに対し、ムーディ夫人は、結婚直後に入植した(1832)英領北アメリカで、艱難辛苦の果てに、カナダ太平洋鉄道の完成した1885年、カナダ念願の大陸横断国家が実現した年に亡くなっている。

 カナダ史上では、同時期に入植した姉キャサリン・パー・トレイル(Catherine Parr Trail, 1802-99)と共にカナダの開拓時代の暮らしを描いた作家姉妹として位置づけられている。以下のシャーロット・グレイによる伝記(_Sisters in the Wilderness_, 1999)や、それに基づいて製作された同名の映画(2004)、またマイケル・ピーターマンによるヴィジュアル伝記(_Sisters in Two Worlds_, 2007)においても、さらにカナダの記念切手(2003年9月発行)においても姉妹作家としてイメージ登録されているようだ。

 グレイの伝記によれば、二人は仲良し姉妹として成長したが、容姿や性格は正反対だった。キャサリンは明るく大らかで、その青い瞳は幸福感と好奇心できらきら輝き、家族の人気者だった。一方、6人姉妹の末っ子スザンナは、頑固で感情の起伏が激しく、赤毛で大きな灰色の瞳は反骨精神を宿していた。入植後の苦難にかけては似通った境遇だったが、カナダ文学史上で、より批評的関心を呼んだのは妹のムーディ夫人の方だった。代表作『未開地で苦難に耐えて』(_Roughing It in the Bush_, 1852)は、ロンドンのベントレー社より出版された。数多くの版を経て、2007年には研究者向けの決定版 (Norton Critical Edition, 2007)が出版されている。その序文には、「『未開地』が1871年に初めて登場したカナダ版以降、絶版になった試しはなく、カナダ文学を代表する作家たちが小説や詩、戯曲にムーディを登場させている」「ムーディは昔も今も、読者を惹きつけ、挑戦を促す謎」と締めくくっている。

 伝記や記念切手に登場する姉妹の写真画像にまつわる裏話にも触れておこう。元来は、1820年代に姉妹の従兄が一人ずつ描いた三姉妹の肖像画を組み合わせたものである。もう一人の姉妹は、長女で、『英国女王列伝』(1840-48)で名声を博したアグネス・ストリックランド(1806-74)である。カナダに入植する前の娘時代の肖像画は、キャサリンとスザンナのルーツが祖国イギリスにあることを示しており、移民作家姉妹がいかにして英系カナダ文学の礎を築くことになったのか、筆者が好奇心をかき立てられたのはその点だった。Library and Archiveの公式サイトには、カナダの姉妹としての写真が公開されている。

(左)スザンナ・ムーディ(1860頃) (右)キャサリン・パー・トレイル
© Public Domain Source: National Archives of Canada C-007043, C-067325

 さらに、ムーディ夫人は、カナダ史とカナダ文学史上のヒロインという枠には収まらない人物像を見せることになった。カナダの現役作家マーガレット・アトウッド(Margaret Atwood, 1939-)は、詩集_The Journal of Susanna Moodie_ (1970)で、ムーディ夫人を語り手ヒロインに仕立て上げた。カバーデザインには、上記の1860年の肖像画があしらわれている。日本では、詩集『スザナ・ムーディーの日記』(平林美都子/久野幸子/ベヴァリー・カレン訳、国文社、1992)として邦訳紹介されたことにより、作家としてのムーディ夫人より、アトウッドが再創造した語り手ヒロインとして知られている。『英系カナダ文学研究』ではむしろ、代表作『未開地』出版に至る経緯と受容のプロセスを辿りながら、移民女性作家としてのムーディ像に注目した。

 最後に、ムーディ夫人と並び称せられるカナダ小説のヒロインを紹介しよう。本書第7章「シンクレア・ロスの時空とジレンマの構図」で取り上げたロス(Sinclair Ross, 1908-96)の代表作『私と私の家に関しては』(1941)の語り手ヒロイン、ベントレー夫人である。作品は、平原州サスカチュワンの田舎町に赴任した夫との牧師館での暮らしぶりを、夫人の1年間に及ぶ日記で綴っている。ロス研究者のデイヴィッド・ストウクは、架空の登場人物であるベントレー夫人を、ムーディ夫人と並置し、カナダ文学の深層に根付く双璧ともいうべき女性像とみなした。さらに、アトウッドがムーディ夫人の声を代弁したように、詩人ローナ・クロージャー(1948-)は、『取り柄――ベントレー夫人詩集』(1996)で夫人を詩人として再創造している。ムーディ夫人の『未開地』とロスの『私と私の家』は共に女性の一人称語りだ。それが本質的に孕む「騙り的性質」こそが、読者の「解釈を拒む」テクストとして、名だたる作家や評論家を惹きつけたに違いない。男性作家が創造した類まれなヒロインでもある点が、解釈を紛糾させてもいるようだ。

 英系カナダ文学は、カナダが建国100周年を迎えた1960年代に開花したとみなされている。1941年出版のロスの『私と私の家』は、本国でカナダ文学研究が黄金期に入った1980年代以降に再評価され、英系カナダ文学史上でランドマークとして位置づけられるに至った。出版時期によって異なるカバーデザインは、セールスポイントの変遷を反映しているようで興味深い。

◉左より、1941年NY版初版/1991年版/2008年版

 1941年NY版の初版は、作品のタイトルが、旧約聖書の聖句「私と私の家とは共に主に仕えます」(「ヨシュア記」)由来であることを示唆している。マクレーランド&ステュワート(M&S)社の新カナダ文庫シリーズに仲間入りした1957年以降は、何度も再版されているが、1991年版の二つ目のカバーデザインにある挿絵は、不況の1930年代、平原州の架空の町ホライズンをイメージしている。1989年以降のM&S社版には、ロバート・クロウチ〔『言葉のうるわしい裏切り』(久野幸子訳、彩流社、2013)の評論家〕による「あとがき」が入るようになり、三つ目の2008年版にも引き継がれているが、このカバーデザインは、ベントレー夫人の自己実現のツールであったピアノが登場している。作品評価の論点が、語り手ヒロイン、ベントレー夫人に注がれている証でもあろう。

 『英系カナダ文学研究』では、ルーツをなすムーディ夫人や、現代カナダ小説の先駆けを告げたベントレー夫人以外にも、現役女性作家アトウッドとアーカートが描いたヒロインたちを俎上にのせている。第IV部では、アトウッドの『レディ・オラクル』のヒロインが、いかに若き女性作家の自画像を示しているのか、アーカートの『ワールプール』では、19世紀末の2人のヒロインが、いかに時代的な呪縛から解放されるのかについて論じている。いずれにせよ、ヒロインたちの背後にはカナダ独自の国民文学の時空が広がっている。

 

◉『英系カナダ文学研究──ジレンマとゴシックの時空