ほんのヒトコト

最新の記事5件

このコーナー内を検索

月別一覧

第37回 気さくなトニ・モリスン
──木内徹(『トニ・モリスン──寓意と想像の文学』共訳者)

 2年越しの翻訳書『トニ・モリスン──寓意と想像の文学』がようやく出版の運びとなった。明治学院大学の森あおいさんを中心として、青山学院大学の西本あづささんと私の3人による共訳である。2年前の2013年にはこの仕事にすでに着手していたが、2013年9月19日に本書の研究対象であるトニ・モリスン本人と会う機会があった。

 モリスンを研究する学者が世界から集まるトニ・モリスン学会という学会が、事務局をオハイオ州のオバリン大学に移すのを記念して、2013年9月19、20日に同大学で講演会と昼食会を開くというので、私も参加してみることになった。お近くに住むケント州立大学伯谷嘉信氏のお宅へ泊まって、オハイオ州ケントから同州オバリンまで一緒に出掛けた。

 オバリン大学はまだ黒人には大学教育の門戸が開かれていなかった19世紀に、早くも1835年に黒人学生を受け入れたことで知られている、リベラルアーツの大学で全米トップ5に入る一流大学である。ここにはフィニー教会(Finney Church)という歴史の古い教会があり、そこで夜7:30~9:30まで黒人文学研究者として著名なハーマン・ビーヴァーズ(Herman Beavers)のモリスン学会オバリン移転記念講演が開かれたのだが、そこにモリスンが聴衆の一人として来ていたのには驚いた。モリスンは体調がよくないと聞いていたので、この会に来るとは思わなかったからだ。

 翌日、9月20日には、参加者のための昼食会が行なわれ、その会場になんとモリスンがおそらく秘書と思われる若い女性に押されて車椅子で廊下から入ってきた。そのようなことを聞かされていなかった参加者は、一同騒然となってしまった。モリスンはかなりご機嫌で、体調がとてもいいのだろう。腰に金属の薄い板を入れて、それが engage したから、もうすぐ marriage するので、そのあとはよくなるなどと言っていた。医学的な説明が私にはよく理解できなかった。しかし、非常に気分がいいのだろう、モリスンは手術がうまくいったとのことで、機嫌よく我々の質問に答えてくれて、なんでも話してくれた。

 モリスンは、いまちょうど書き上がった最新作のタイトルが『子供の怒り』(Wrath of Children)だと教えてくれた。しかも、その小説の最初の1行は「それは私のせいじゃない」(“It’s not my fault.”)だということも教えてくれた。そのようなことまで話してくれるのか、と思った。あとから、2015年に出版されたその小説のタイトルは、God Help the Child となっていたが、最初の1行は確かに“It’s not my fault.”だった。

 またそのほか、モリスンがオバマ大統領から自由勲章をその1年前の2012年にもらったときの話も面白おかしくしてくれた。そしてちょうどその会場に来ていた、モリスンの出生地オハイオ州ロレインの小学校時代のクラスメートであるメアリーのこと、102歳になったその小学校の先生がモリスン自身もすでに忘れたことをすべて覚えていて感激したこと、高校時代にこのオバリン大学に進学することも考えたがここは同じ州内であまりに近いので、ワシントンDCのハワード大学に入ったこと、その大学時代に演劇部の一員としてシェイクスピアを上演したこと、父親がジョージア州カーターズヴィル(Cartersville)で知人の黒人3人がリンチされたことを知って他の州へ逃げたこと、彼が硬い芋ばかり食べていたので歯が丈夫になってあとから1本も抜けなかったこと、ノーベル賞をもらったときに4万クローナの小切手をどう使ったか、などなど次々に30分以上にわたって質問に答えながら話してくれた。

 モリスンがこの学会を非常に大事にしていることがよくわかる。どの作家も自分を研究する研究者の集まりを大事にしてくれるかというと、必ずしもそうはいかないことが多いので、私たち研究者としても大変ありがたいことである。モリスンのピーター・セラーズ〔1957年生まれ、アメリカの演出家・映画俳優・脚本家でカリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)教授でもある〕とのインタヴューが YouTube に載せてあって、そのとき非常に具合が悪そうな様子だったが、そこからよみがえったかのように元気だった。この様子ならもう1作くらい小説を書けると思われた。

 オバリン大学図書館にモリスン学会の事務局が設置されることになったので、その事務局に、今回参加した一同が案内された。大学でこのように扱うというのは破格の扱いとのことで、モリスンがいかにオバリンで大事にされているかわかるというものだ。

 夕刻には、オバリン大学内のカーネギー・ルート(Carnegie Root)という広間へいって夕食会が始まった。この夕食会はまずオバリンの学長が話をし、次にモリスンがスピーチをするかと思ったが、昨日だけで疲れてしまったのか、すぐに出て行ってしまった。夕食会は30以上もある小さなテーブルに分かれていて、それぞれのテーブルにはオバリン大学の学生が学長に招待されて座っていた。私はこの学生と話したが、彼は歴史を専攻していると言い、まるですでに大学教師であるかのように大人の雰囲気を持っていた。私は思わず彼に何を大学で教えているのか、と尋ねそうになったくらいだ。聞いてみるとまだ大学4年生だという。あつかましくなく、しかも知的で、彼はイギリス留学の奨学金ローズスカラー(Rhodes Scholar)に応募してすでに合格が決定しているという。生意気なところは少しもなく、かといって、日本の歴史を知っていて、芭蕉の話ができ、もちろんモリスンの作品をすべて読んでもいた。ヴァレリー・スミス著『トニ・モリスン――寓意と想像の文学』は、プリンストン大学の学生に行なう授業をもとにした研究書である。本書を訳しているとき、夕食会の席で隣り合ったこのオバリン大学の学生ならどう理解するか、と彼のことが頭をしばしばかすめた。

 

◉(左)モリスン学会事務局オバリン大学設置記念講演会プログラム(木内徹撮影)

◉(右)『トニ・モリスン──寓意と想像の文学