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第36回 本を出すことの喜び
──吉原豊司(『カナダ戯曲選集』『カナダ現代戯曲選』ほか訳者)

 私は彩流社に、たくさんの本を出してもらっている。改めて数えてみたら8冊に及んでいた。いずれもカナダ戯曲の邦訳本である。

 戯曲はシェイクスピアや井上ひさしなど、超ポピュラーな作家のものは別にして、出版してもなかなか売れない、というのが業界の常識らしい。そんな売れない戯曲を8冊も刊行してくださった彩流社さんに、私は足を向けて寝られない。

 戯曲本は、一時的にどっと売れるのではなく、時間をかけてボツボツと売れるもののようだ。さまざまな劇団に所属する演劇関係者が「さて、来シーズンにはどんな芝居を上演しようか」と考えるとき、過去に出版されている戯曲を漁り直すかららしい。

 という訳で、だいぶ前に上梓した拙訳戯曲の上演申し込みが、思いもかけないところから思いもかけないタイミングで舞い込んでくることがしばしばある。

 最近の例をいくつか挙げると、昨年は5月に札幌の「演劇公社ライトマン」が『洗い屋稼業』(2011年刊)を、10月に沖縄の「総合学園ヒューマンアカデミー」がクラス公演で『7ストーリーズ』(2003年刊)を上演。今年に入ってからは、5月に東京の「劇団新和座」が『パレードを待ちながら』(1999年刊)を、8月に東京の「演劇ユニットキャットミント隊」が『血のつながり』(1999年刊)を上演したほか、来る11月には宮城県の「SENDAI座」と東京の「平泳ぎ本店」というグループが『洗い屋稼業』を同時並行的に上演してくれることになっている。

 昨今は日本でもカナダ演劇の認知度が高まり、「劇団民藝」「文学座」など大手劇団が競ってカナダ戯曲を上演してくれるようになった。嬉しいことである。

 でも私としては、日本の全国津々浦で、上述のようなアマチュア劇団・学生劇団が、目立たないながらも地道にカナダ演劇に取り組んでいてくれるのを見る方が喜びは大きい。大袈裟に言えば、カナダ演劇受容の裾野が広がり、私の仕事がそれに幾分なりとも貢献していると実感できるからである。

 先日、上述の「演劇ユニットキャットミント隊」による『血のつながり』の舞台を観る機会に恵まれた。それと前後して「平泳ぎ本店」の主宰者にも親しく会うことができた。

 劇団に「キャットミント隊」とか「平泳ぎ本店」とかいう名前を付けるのは、我々昭和生まれ・昭和育ちの旧弊人間には、とんでもなく不真面目に映る。だが、実際に会ってみると、そこにいたのはいずれも真面目でひたむきな若者たちだった。

 「キャットミント隊」による『血のつながり』の主演女優は、モーニング娘。の元メンバーという芸達者な美少女だった。演出家も今風のファッションで身を固めた長身の美女。そんな今どきの若い女性たちが、牢固な因習から抜け出せずに苦しむ100年前の女を描いた『血のつながり』に、今までにない若々しい切り口で新しい光を当ててくれたことに私は感動した。

 一方「平泳ぎ本店」は、文学座附属演劇研究所を卒業したばかりの若手数人が、既存の劇団には入らず、自分たちの目指す演劇を苦労してでも自分たちの手で作り上げようとして旗揚げしたニュー・グループである。なんで「平泳ぎ本店」などという奇妙な名前を選んだのかを訊いたところ、答えは実に真面目なものだった。「私たちの目的地は遠い水平線上にある。それに到達するためには、すぐ息切れしてしまうクロールよりも、スピードは出ないが長く泳ぎ続けることのできる平泳ぎが最適だからだ」と。この答えに私はストレート・パンチを食らったような思いだった。「ふざけた名前をつけやがって!」などという古老の偏見は一挙に吹っ飛んでしまった。

 私がこの若手劇団ふたつの中に見たのは、昨今、新しい手法で安保法案反対の大きなうねりを作り出している若者たちに相通じる頼もしさだった。

 そういう訳で、私の世界はどんどん広がっている。儲けにもならないカナダ戯曲の出版を引き受けてくださったうえ、長年にわたって在庫していてくださる彩流社さんのおかげである。